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団塊世代MACCHAN(まっちゃん)の、<人生これから>だよ!

リタイア後17年、人生を日々面白がる楽しみを綴ります。健康と家族と友人を大切にする、年金生活爺さんの「残日録」です。

いやあ、ありがとうござんす!(そのⅡ)

2007-10-31 | 地域交流・地域文化
今週初め篠原のSIさんと、彼の友人で現役時代から私も知っていたIMさんが、「定年祝い兼仲間入り祝い」をしてくれた。場所は市中心街のZAZAシティー1Fの一角にある、老舗の飲み屋。SIさんの40年来の行きつけだそうで、以前は開発前のごちゃごちゃした路地裏にあったらしい。写真は、当日の美味しい料理の一つで、「浜名湖産の赤足海老」。別皿になっていた頭のから揚げもいとうまし。ところで、写真手前のしいたけのてんぷら、なんかの動物に似てません??猫の妖怪かぁ?

SIさんは、私のブログに2度くらい登場した玉ねぎでもお世話になりっぱなしの先輩。地元出身音楽家活動のサポートや、家庭裁判所調停員としても地域貢献活動をしている。IMさんは同じグループ兄弟会社のOBで、グループOBや地域に仲間がたくさんいる顔の広い方。旅が趣味で、たくさん撮りためた写真つきの「デジカメ散歩録」というメール便りを、月1回程度何百人の知人に送って大勢の支持を得ている。私もその固定ファンの一人だ。

仲間入りさせていただいた今回の飲み会のテーマは、今熱を入れてやっていること、三人の共通の知人の話題、互いにやってきた仕事の苦労話、健康のことなどなど。二人は私より4~5歳年上だけど、行動力が凄く、好きなことに深く入り込んで眼を輝かせて話す姿は、これからの生活のお手本そのもの。次々に出てくる美味しい料理と、「とりあえずブランド」の生ビールから早々に切り替えた、それぞれの好みの温度の燗酒で様々な話題に花が咲き、4時間があっという間に経過した。

最近自覚症状は無いものの、少々健康不安を抱えているIMさんの大事に至らぬ事を祈りつつ、「また時々やろうね」というお墨付き?をいただいてお開きになった。


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いやあ、ありがとうござんす!(そのⅠ)

2007-10-29 | 地域交流・地域文化
先週末、近所で家族づきあいがあるMTさんに「還暦と定年を祝ってあげる」と招待されて、行ってきました。これ、出前寿司じゃありませんよ、始まる2時間前から準備してせっせと91個も握ってくれたんだって!上等なネタ、心のこもった握り具合、巻物の海苔がちょっとしんなりしてたのは愛嬌愛嬌!!

MTさん夫婦は、多くの近隣の友達が子供の学校を介して親しくなり家族つきあいしているうちの一組。親しくなったきっかけは子供でも、子供同士は多くの場合もうほとんど付き合いはないようだ。会社は違うが、互いに海外によく行く仕事をしていたので、海外情報通というところとワイン好きというのが共通点。10年以上前かな、地元のミニコミ誌でリレーエッセイを書いてくれと頼まれて、次の書き手としてバトンタッチした人でもある。何を書いたかは忘れてしまったがーーーMTさんは子会社の責任者なので、少し年上ではあるがまだリタイアはしていない、ほぼ同世代。かみさん同士は、どこかの学校で(どこか忘れた)同級生。年に数回、思い出したように電話(最近はメール)して行き来している。

話題は今までは厳しい?仕事のことを少し、結婚した子供たちのことが少し、施設にお世話になっている親のことがやや多く、あとは最近やっていることや行った旅先のことなど、とりとめの無いことをぐだぐだーーいつも4~5時間。おんや、もうこんな時間かえ??と言いながらお開きにする。美味い寿司のお陰か、ボルドー白ワインと吟醸酒をぺろっと空けちまったが、なかなかよか酔いごこちでしたぞい。

今回はお祝いしてもらって「いやあ、ありがとうござんす!」だったが、近い将来MTさんがリタイアする時は、心をこめてさあ何をご馳走しようかねえ? わたしゃ、握りはできんぞえ!
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新酒蔵出し味見会

2007-10-28 | 地域交流・地域文化
深まり行く秋の一日。浜松郊外の花の舞酒造では、20年来毎年この時期に新酒の味見会と称して、来場者に出来たての新酒を無料で振舞ってくれる。浜北区庚申寺の参道にあるこの酒蔵と周辺は、この日を楽しみにしてきた飲兵衛達で大賑わいだ。近頃の飲酒運転の厳罰は、振舞った側にも同じく下されるとあって、チンドン屋まで繰り出して「飲んだら乗るな」のキャンペーンも同時に行われていた。

花の舞酒造は江戸の末期に出来た、浜松に二つ残る老舗の酒蔵のうちの一つだ。正直なところ、浜松に初めてやってきた37年前は誇りをもてる酒とはいい難かったが、この20年来美味い酒造りの研究に余念がなく、最近は全国の銘酒処に比べても遜色がない逸品の誉れが高い。

今日は、朝から台風一過の上天気。浜北出身で家族同士親しくつきあっているSNさんから誘いがあって、数年ぶりに「味見会」にかみさんと軽トラで出かけた。こういう時、酒を呑めないかみさんがいることは、帰りの足を心配しなくてもいいのでとても幸せだ。謝々!謝々!!地元宮口商店会の人たちが出店準備の仕上げをしている参道を抜けて、9時15分ごろ酒蔵前に到着したらなーんと既に100人以上が並んでいるではないか!SNさんが乾き物のつまみを沢山持ってきてくれたので、私は参道に戻って出店のお客第一号となって、枝豆・焼き鳥・味噌付新生姜を仕入れてきた。その後も続々詰めかける人々で、列はどんどん長くなる。遠州鉄道浜北駅からは、5台の無料シャトルバスサービスもあるようだ。10時から開幕するらしいと聞いていたが、長くなるばかりの列に気押されたのか主催者は早めに開門してくれた。

入口でガラス製のぐい飲みを一人一個とごみ袋を受け取って、瓶から新酒を汲んでもらってそのまま蔵の敷地か、寺の参道などで気ままに飲む。ほとんどの人が自前のつまみや料理を持参して、家族友人たちと長時間飲み会の構えだ。私たちは蔵前にあるSNさんの地元の親戚の庭を借りて、通りがかりの人たちも羨むほどのとても贅沢な広さ空間を確保。そのうちSNさんの兄弟や知人も三々五々集ってきての大宴会、つまみも豪華さを増してくる。出入りはあるが、常に10人前後の人たちが集う。時には、通りがかりの年配女性たちも混じる。上天気を愛で、今年も元気に出来立ての新酒を味わえる喜びだけの、シンプルな集いだ。

例のチンドン屋は通る、尺八同好会の虚無僧スタイルの列が通る、青年団の力強い太鼓演奏がある、地元の名産品を売る店が賑わう。軽妙な話題にのんびり楽しく、杯は何杯も重なる。杯を集めてかわるがわる、振る舞いが終了する午後3時まで延々と飲み食べ語って、お開き。参道にはいつものように管を巻き、飲み潰れた人々があちこちにーーーでも今回は救急車の出動はわずかに2回だけ。厳罰規則のせいか、チンドン屋キャンペーンの効果か、今年はとても穏やかに静かに暮れていった。

蔵の成功と更なる繁栄を地元の人々と共に祝い祈る太っ腹の蔵元、そして地元をこよなく愛する人々でこの祭は成り立っている。そんな人々の一員になれた気がして、今日はほんわか幸せ感を一日存分に味わったのだった。
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遊び小屋の準備(そのⅢ)

2007-10-27 | 遊び小屋DIY
冬に備えて沢山の獲物を食べて?丸々太った女郎蜘蛛。三ケ日の遊び小屋建設予定地に行くと、時々自然の中で伸び伸び「立ちション」をする。何を思ったか用をたしながら、たまたま前方にあった女郎蜘蛛の巣に「ション」をかけたらどうなるか? 放出材料が無くなる前に数歩前進、即実験に踏み切った。どうなったと思います? 私の瞬時に予想した答えは、「蜘蛛の巣は切れ切れになり、女郎が泡を食って一目散に逃げる」だったが、さにあらず。正解は、女郎は「ション」が蜘蛛の巣に中っている部分に一気に駆け寄って数秒暴れたが、獲物ではないことを悟ってすぐ元の位置に戻った、でした。女郎は予期せぬものを浴びたにもかかわらず、「へでもない」いや「ションでもない」顔をしていたな。流石は「女郎」である。

旅から戻って畑の手入れや収穫をやっていたが、腰を痛めた棟梁役のUAさんが治ったかどうか気になって、野菜と大分のかぼすをちょいと下げて行ってみた。思ったより元気そうだ。棟梁が作業初日でリタイアして完成形を見ていない「遊び小屋建設用材料置き場」を確認しながら、現地で「遊び小屋」DIYのイメージ・コンセプト詰めをやろうということになって、昨日の朝弁当を持って出かけた。

今まで「遊び小屋」をテーマにした会話は、専ら手順や制作過程からの楽しみ方が先行していたが、いよいよ建設時期が近づいてきて計画を具体的にしようということになったのだった。建築申請が不要な3坪の「作業小屋」から手がけるのだが、それでさえ後々に「遊び小屋」の水周りになるので、母屋との位置を決めをしなくてはならないことが判明した。そのためには母屋の位置・大きさ・形くらいは具体的にしなくてはならない。弁当を食いながらも、私が今までに考えたことを先ず言葉に出して、ああでもないこうでもないと議論した。予定に無かったが、敷地に縄張りをやってイメージを具体化しようということになり、三ケ日のホームセンター「コメリ」でペグやビニール紐を買ってきた。

土地が南北に長いこと、側道から2mくらい高低差があることなどが制約になるので、あまり自由奔放に形状を思い描くことは難しい。広さは予算と技術難易度にもろ影響するしーーー。結局、電気や上下水道などのインフララインを最短にして経費を最小化すること、今までの旅行先で見かけて、いいなと感じた建物の土台構造や古民家の間取りなどを参考にして、母屋を5間x5間の真四角にすることをまず仮定して位置決めしてみた。

2回やり直したが、仮設にせよ紐を張ってみるとイメージが具体化して次々にアイディアがわいてくる。時々雨に降られながらの、5時間に亘る現地打ち合わせ。終了間際には雷鳴まで響いて、前途はそう易しくないぞと気を引き締めてくれたのだった。

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「定年退職記念旅行」は大勢で行くべし?(そのⅢ)

2007-10-25 | 旅行
湯布院インターチェンジ入口にある「湯布院道の駅」トイレの活け花。どうってことない里山に咲く花々だけど、町を挙げて観光客をもてなすというのは、こういうことじゃないかなと感じた。東名高速道路の鮎沢パーキングエリアのトイレもいつもきれいで、活け花がさりげなく空瓶に差してあったな。

さあて、ゆっくりまったり3泊4日の九州旅行は、この2年間で出来上がった新しい家族関係のふれあい作りの場として、またとないよい機会だった。もちろん、昔から家族だった息子達と不足しがちだったコミュニケーションも、今回は結構とれたな。最後の夜の湯布院新御三家?の宿は、男女3名ずつ別々の離れに泊まったんだけど、前2泊の夫婦単位の部屋とはまた違った会話ができた。今回が最初で最後かと感じてたけど、企画の内容によっては、またチャンスがあるかもしれない。次回は孫がぞろぞろできていて、話題は専らそっちに行ってしまうかもしれないけど、それはそれでまた楽しいかもーー

ところで、エピローグ(ハプニング)のご紹介。両方とも阿蘇山で起こったこと。

①世界一のカルデラで現役バリバリ?の活火山、阿蘇山の噴火口は池もきれいだと言うので当然観光予定に入っていたが、ロープウェー乗り場に着いたら運休で入山禁止。風向きの関係で、有毒ガスの危険があるという。しょうがないけど、背に腹は変えられず残念無念!!その後、湯布院の宿で仲居さんから「昨日は天気もよく、きれいに火口が見えたそうですよ」という話を聞いて、無念さが倍増!

②同じく、福岡側から阿蘇山へ向かっている時、つづれ折りの道をかなり上がった時に景色がよいところで記念撮影をしていたら、我々とほぼ同い年のご夫婦?連れの男性の方から声をかけられた。「シャッターお願いできませんか?」とくると思ったら、顔色が悪く声が震えている。「断崖絶壁が見える箇所が多く、高所恐怖症で眼が開けていられないほど怖く、往くも帰るもできません。どなたか運転をお願いできませんか?」と言う。突然の不思議な話で最初は不審感さえ覚えたが、とても真剣だ。運転ができそうな複数の人間が乗っている車を待っていたのだろう。長男夫婦が乗り込んで、断崖がなく坂道がゆるくなるところまで運転を代わってあげることになった。2年ほど前から、今までなかった高所恐怖症状が出てきたという。男性にもあるという更年期障害の一種だろうか?福岡ナンバーだったけど、無事帰宅できただろうか?もしご夫婦でなかったとしたら、絶好のドライブの機会が最悪の結果になったかもーーなどと要らぬ世話の話に進展してしまった。

長いようで短かった3泊4日の「記念旅行」は、様々な発見と「いい感じ」で幕を閉じた。涙を飲んだ?次男夫婦とは、休みが堂々と取得できるようになったら、なるべく近いうちに2組で再チャレンジをしよう。そしてもちろん我々夫婦だけの「記念旅行」も、記念と言えるうちに実行しよう。いつものケチケチ旅行になるかもしれないけどーー


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「定年退職記念旅行」は大勢で行くべし?(そのⅡ)

2007-10-24 | 旅行
これは何でしょう?シリーズ第5弾! お面? 京劇の役者の化粧? うーん、ちょっと難しいかな、今日の問題は。答えは、佐賀有田町の「China On The Park」のトイレの柱にできた自然の模様ですよ。「ふざけんなよ!そんなのわかるわけねーだろ!?」 それもそうですね。

今回の旅行の特徴は、出発から帰着まで観光地でも食事中でもずっと家族だけだったので、会話などのふれあい時間がとても多かったことだ。特に初日の長崎空港で借りたレンタカーで最終日の大分空港までずっと移動したので、車の中でも色んな話ができたのがよかった。私がらみの話では、子供が小さい時にオリジナルの歌で日本の美しい伝統である箸の正しい持ち方を徹底的に教えられたのが、今でも役立っているとか、少ない外食の機会に入ったレストランでクレームをつけて、とても嫌だった話とかーーー へーそうだったのかと思うことが多々あった。

(各地で学んだこと、感じたこと)
〔長崎〕
①キリスト教の禁制が300年振りに解けることになって、長崎にやって来た神父様のもとに隠れキリシタンが何人も集ってきた。数々の迫害に遭いながらも、10世代以上に亘って信ずる宗教を守り続けてきた原動力とは、一体なんだったのだろうということ。
②原爆の爆心地はどうして分かったのか?団体客に説明していた観光ボランティアの次の説明でよく理解できた。被爆直後に長崎に入った学者が、少なくとも3箇所の原爆の強い光でできた影の角度を測定して、三角測量のやり方で爆心地と高度を推定した。
〔佐世保〕
③駐車場もろくに無く1時間も待たせる「佐世保バーガー」は何故人気なのか? 少し高いが大きくて美味くて1個でおなかがいっぱいになる。ハンバーグや卵やバンズを一品ずつ丁寧に焼く。野菜たっぷり。バンズも契約のベーカリーがしょっちゅう納品していて新鮮だ。数種類あるサイドオーダーのポテトも美味くて冷凍ではなさそうだ。店が小さくてごみごみしているけど、多店舗化していないのでここだけ。
〔阿蘇〕
④観光地として一級品。超雄大! 世界一のカルデラ。いつ噴火するか分からないほどの活火山で危うさがある(当日は風向きが悪く、入山禁止でカルデラまでたどり着けず残念!)一般道路の整備がよく、箱根のようにせこい有料道路がない。自然が豊富。
〔湯布院〕
⑤何故、近くの別府温泉の評価を上回って今人気No.1なのか? 町を挙げて観光客を楽しませる仕掛けが豊富(町並み、もてなし心、あなただけ)団体より個人グループ客を大切に考えている。由布岳の美しい姿がどこからも見えるランドマーク。旅館・ホテルが低層で小規模。落ち着ける。温泉がかけ流しで各部屋に露天風呂がある。建物(ハード)よりサービス(ソフト)が徹底している。

その他、有田も博多も歴史・町並みや食材までもよく生かして、自らの強みをよく理解した上で、地域を挙げて「観光で飯を食うぞ」という決意がよく現れているが、押し付けがましさがあまりない。北海道にも何回も感心したが、沖縄を含む九州も侮りがたいぞ。国内にもまだまだ行っていない、素敵なところが他にいくつもあるんだろうなあ。
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「定年退職記念旅行」は大勢で行くべし?(そのⅠ)

2007-10-23 | 旅行
これは何でしょう?第4弾!! 合成写真? 原っぱの大マシュマロ? 原っぱは当たってるけど、ブッブーッ! 答えは、秋色深まる阿蘇高原にダイナミックに繰り広げられる「牧草の収穫風景」でした。この収穫の方法は、数年前北海道に行った時知ったんだけど、昔は牧草を細切れにして「サイロ」に入れて保管してたんだよね。

退職金の一部だと思うけど、会社から「退職記念旅行費用」を出してくれると知ってどこへ行こうかと考えてた時、親友のSS君の奥さんYちゃんが「子供が自立してから行く家族旅行もなかなかいいよ」と言っていたのを思い出した。Yちゃんは、わが家を上回る4名の息子を育てた凄いけど素敵なお母さん。S家は皆で台湾へ行ったと聞いてたけど、今回の行き先は迷った末にかみさんがまだ行ったことがない九州に決めた。九州は新婚のころ夏休みに行く計画を立て、宿も新幹線も苦労の末やっと手配し終えたところで、「クレーム対策」の仕事が入ってドタキャンになった因縁の旅行先。かみさんは暫くの間、当時の上司の課長を5寸釘の対象にしかねないほど恨んでたっけな。

いざ旅行計画が進み、航空券の早割りや人気の宿などの予約が先行した後、次男の転職Uターンの話が決定した。いくらなんでも就職してすぐ、「父親の定年記念旅行に同行するので休ませてください、は通じんよねぇ」というのが圧倒的に多数意見になって、次男夫婦は残念ながら見送り組みになった。企画は息子の嫁さんたちの専権事項だ。この年代は自分の経験をベースに、ネットや友人知人の情報ネットワークを駆使して、実に手際よく緻密に企画を進めていく。

行き先は長崎、佐世保、有田、博多、阿蘇、湯布院、テーマは景色もさることながら〔「食」を通じての思い出作り〕ということで、3泊4日の旅がスタートした。息子達2組が首都圏在住ということで、出発地は羽田だ。日程を有効に使おうと組まれた早朝7時台のフライトにつき、前後泊は3男夫婦宅に決定。前後の浜松~東京間はネット割引一人往復6180円の東名バスという、いつものケチケチ旅行。まあまあ予算を張り込んだ主体の旅行との、異質な段差の「いも継ぎ」具合も同時に楽しめたのだった。
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定年後の或る日(そのⅠ)

2007-10-17 | 還暦・定年
これはなんでしょう?シリーズ第3弾。最近は高所作業をする「とび職」か、祭の若い衆が履いているくらいかな? 正解は「地下足袋」ですよ。私は30年近く前、浜松凧祭に参加するのに買いましたが、いまだに(ちょっと先が破れてきたかも)健在ですよ。

先日佐久間の山で、「遊び小屋DIY」用の杉の木の太さ別本数をかみさんの従姉兄と勘定しに行った時に、急な斜面歩きに久々に重宝しましたよ。最近のウレタン底のシューズでは、余り使用してなくても年月と共に脆くなってボロボロになっていたでしょうね。昔から伝統的に使われている品は、耐久性も機能的にも大したもんだね。

一連のお祝いしてもらったパーティーが終わって、昨日から今日にかけてこれからの定年後の典型的と思われる?「或る日」を送ったのでレポートしよう。ハクビシンと競争で収穫してきた落花生の最後の畝を片付けて、苦土石灰と堆肥を入れて手押し耕耘機を往復させた。堆肥の山からはカブトムシの巨大な幼虫が10数匹も出てきたので、また戻してやった。午前中、篠原のSIさんちに行って頂いてきた玉ねぎの苗を200本(プロに教わり自分で掘り取らせていただいた)と、春に収穫して干しておいたラッキョウを植えた。自主的に生育した冬瓜もまだまだ20数個、茂った雑草やミニトマトの間からごろごろ出てきた。

そして、「退職後にしか手続きできない書類」の準備と手続き。健康保険証の返却、会社の健保への2年間限定任意継続、会社のOB会への入会と会費払い込み、退職後保障付積立金不足額入金、等々。在職中のように、アポを手帳に付けて15分刻みのスケジュールというわけではないので、精神的にいらいらすることなくのんびりまったり、チャリンコで市内のあちこち2時間、交通安全と順法の小旅行でござーる。健康にもいいはずであーる。

因みに、在職中通勤にも使用していたこれから主役?になるはずの自転車は、長男が10数年前まで使っていた高校通学用。修理して親の私が使おうと思って、5年前自分で直せないところを自転車屋に持って行ったら、「これは今では皆無の、部品まで全部日本製だから、大事にした方がいいよ!」と言われたもの。そして農作業は「地下足袋」ではやっていないが、1足1000円以下の中国製ゴム長だ。30年近く前購入の地下足袋は、何処の国製だったか記憶は無いし、今は調べようがないよね。
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「もういいかい?」「まあだだよ」「もういいかい?」「もういいよ」

2007-10-15 | 還暦・定年
畑の近くを流れる馬込川の土手や、あちこちの空き地に生えた「セイタカアワダチソウ」が、この時期になると黄色味が増してくる。「ブタクサ」とも呼ばれ、一時アレルギーの原因ともいわれて皆から嫌われたものだが、最近は色んな種類のアレルギー源が発見されて「一人悪者」にされることはなくなったように見える。知人のタイ人の奥さんが、「こんなにきれいな色の花を見たことがない」といたく感激していたのを毎年思い出す。

10月14日は、私の還暦の誕生日だった。昼に「還暦・退職祝い」をやってくれると言って、前日夕方から首都圏在住の息子たち夫婦も集ってきた。当日は朝から準備があるので、「お父さんとお母さんは、2~3時間畑にでも行ってて」と追い出されてしまった。ハクビシンと競争で収穫している落花生や味噌豆の枝豆を、今日の土産に持たせようと思っていたので、「ちょうどいいわい」と減らず口をきいて出かけた。

もうそろそろいいだろうと家に帰ったら、三男が玄関で見張りをしている。「もういいかい?」「まあだだよ」トイレにも行きたいのに家に入れない。10分位して、「もういいかい?」「もういいよ」と、やっと家に入ったら何やらいいにおい、「ジャーン」、一斉に「おめでとー」の大合唱!!

なになに? ガラスに、「長い間お疲れさまでした。お父さん、お母さんありがとう」の泣かせる文字が入ったフォトスタンド、そしてなんと大画面デジタル液晶TV。「エエッ、おまえら無理しちゃって!」、思わずありがとうの言葉より先に口について出てしまった。いいにおいの素は、4種類の手作りのパスタだった。3種類のスパゲッティとピッツァ。よくも短時間にこさえたなあ。いつまでも子供だと思っていた息子たちが次々に2年間のうちに所帯をもって、娘が3人も一気に増えた喜びに浸っていたら、こんな形で親を喜ばせる術も心得ていた。

折角の緻密なデジタル画面も、時々霞んでピントが合わない。潤んだ目頭をごまかすために、先日の総務部のお祝い時に団塊ブログの元祖HRさんに頂いたフランス産高級白ワインを、昼間から一人で空けてしまった。
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遊び小屋の準備(そのⅡ)

2007-10-13 | 遊び小屋DIY
パイプで組み立てた「遊び小屋建設材料備蓄小屋」の完成形ですよ!

10日の材料購入と加工、11日の用地草刈と組み立て、12日の今までの備蓄材料運び込み、本日13日の空き地全部の草刈とブルーシート張り、以上4日間の工程が全て終了しましたよ。3日目の昨日が一番きつかったかな。愛車軽トラで満載3往復。走行距離160kmで一日がかり。腰が抜けるほど重かった。

当初、備蓄小屋は「建設小屋=後に水周り小屋になる予定」の完成までと考えていたけど、既に備蓄されている材料は遊び小屋完成後に楽しむ家具の材料まで入っているし、これからまだまだ増える材料もあるので最低2~3年は使うかもしれないという耐久度で完成させた。シートは毎年換えなければいけないかもしれない。

今日は、一昨日の杭打ちで腰にきてしまった棟梁が、昨日から大事をとって休んでいるので、昨日から代理で作業に加わっているかみさんと互いに「重い腰」を引きずって、空き地の全ての草刈を先ず3時間がかりでやり尽くした。このところいつも、刈った草を数ヶ月積んでおいて、嵩を少なくしてからB畑に移して堆肥にしている。昨日に比べると急に涼しくなったが、それでも汗だくの作業だった。昼飯は、昨晩の「シーフードお好み焼き」の残りとバナナ。

仕上げはブルーシート張り。組み立てパイプ小屋のサイズは、収納する材料のサイズと周囲に張るシートのサイズで決めた。なるべく隙間なく雨漏りしないように考えたが、どうしても継ぎ目が危ういので、三ケ日のホームセンター「コメリ」に小さなブルーシートを買い足しに行って、対策を講じた。紐を取り付けたり材料の収納を調節したり、結構時間がかかって写真の姿になったのは夕闇迫る時刻。

棟梁の代理と一本締めで完成を祝った。棟梁代理は身内だけにお祝いの?言葉も辛口だ。「とうさん、あんまり張り切りすぎて倒れないようにね!」

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遊び小屋の準備(そのⅠ)

2007-10-11 | 遊び小屋DIY
「遊び小屋」建設地に、材料備蓄小屋を作ることにした。3Mx5.5Mの足場用パイプ組みのシンプルなものだ。数日前から簡単な図面を作り、総務部のメンバーに盛大にお祝いをしていただいた翌日で、正式の退職日(10月13日)の3日前だったが、「遊び小屋」の建設準備に入った。

これから何年かかるか、3年か5年か、はたまた内装に凝ったりやり直ししたりで死ぬまでかかるか? お願いしたら快く棟梁を受けてくれた、一回り近く先輩のアーティストUAさんとのタッグマッチで着手した。浜松市内隣の区の北区三ヶ日町(奥浜名湖の元引佐郡三ヶ日町)の南北に細長い空き地のど真ん中に、今日はパイプを組み立てた。昨日4Mと3Mの単管20本を購入して加工し、今日はクランプ36個を使用して一日がかりで組み立てたのだ。1Mの杭8本を打ち込むのに、最も体力と時間がかかった。

これから三ケ日での作業には「互いに手弁当でいこう」と、昨日の棟梁の有難い気配り申し出に従って、今日は初めて自分の弁当も作ったぞ。タッパーにかつぶしと海苔を載せて、畑のらっきょう漬けと好物の魚肉ソーセージと納豆もおかずに持参した。反省は、かつぶしと海苔は次回から2段にして、醤油味を少し濃くした方がいいということだった。棟梁からは「蒸かした紫芋」のデザートをもらった。酒好きなのに「芋、たこ、なんきん」に目が無い私には嬉しかったな。

ということで、「遊び小屋建設プロジェクト丸」は粛々と出帆したのだった。さあ、何回に亘るか予測がつかぬ「遊び小屋DIY」シリーズが、これから延々と続くぞよ。
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定年退職祝い第2弾、これが本番だぞ!

2007-10-11 | 還暦・定年
10月9日(火)退職日4日前に、在籍している総務部のメンバー33人による「退職祝い」のパーティーを開催してもらった。33人の寄せ書きあり、今年3月までの市行革審でサポートしたIS社長(現会長)の自書メッセージもいただいた。見事な花束、何がいいかと問われて希望したこれから何年も愛用できるスポーツウォッチ、ウォーキングシューズ、そしてジョーク好きの現総務部長AYさんの「中国産肉まん入りダンボール箱」など、盛りだくさんのプレゼントを頂いた。結婚式以来の「一日スーパーマン」になれた至福のひと時だった。

10月9日は最後の出社日。朝礼で最後のご挨拶をして、退職手続きの残りを人事部始め金融機関や保険会社と行ってもまだまだ時間があったので、IS会長やお世話になった先輩に退職の挨拶をして10時半には既にやることがなくなったので、事務所や前庭など思い出の風景をスナップして帰宅した。夕方6時半にアクトシティー34F最上階のパーティールームで総務部の皆が祝福?してくれるという。ほんとに有難いことだ!

数日前から、お返しの品(引き出物?)は何がいいかと真剣に考えて、結局ハクビシンと競争で収穫した「落花生新豆」と最近朝食で気に入っている地元三方原産「3種類の蜂蜜お試しセット」をかみさん手作りの紅型染のハンカチで風呂敷風に包んだ。わたしゃ浜松で骨を埋めるぞ、というメッセージを少し込めた。開会1時間前に会場に運び込んでおいた。

改めて開会15分前に会場に着いたら、元役員の上司でもあり20数年前から研修や経営企画室長としてリゾートの経営分析などで付き合いをしていただいたHS先輩が、わざわざ東京から出席してくれたことを知って恐縮した。2年前まで2年半担当した来客会館長の後任KHさんがが司会してくれ、自らピアノをひいてくれ会館スタッフの7名のレディーの楽器伴奏で、こういう場面に相応しい森山直太郎の「さくら」も歌わせてもらった。次々に続く「ヨイショ」のスピーチ、こういう場面でしか聞けない多分最初で最後の有難い言葉だった。懐かしくも楽しいひと時だった。

先日のブログにも書いたとおり、3月に行革審が終わり7月には運営スタッフで入った「浜松ジャズウィーク」の仕事が終わって、夏休み以降各種休暇を使って週一平均の出社だった。お陰で本来の厳しい仕事を徐々に忘れ?退職に向けて徐々に軟着陸ができた。上司や仲間に頂いた、何にも勝る37年間のご褒美だった。仕事は忘れても、これらの身に余るご厚情は決して忘れることなく永く思い出として残るだろう。
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落花生の収穫はハクビシンとの競争だ

2007-10-08 | 農作DIY
収穫待ちの落花生の根元は動物らしいものに掘られ、付近は豆を食べた跡らしい殻が散乱している。

うちの畑も、ついにやられてしまった。1~2週間前、私が畑を借りているMさんが悲しそうな顔で落花生が何者かに食われたと訴えていたが、ついにうちの畑にもやってきた。根株の中心に近い、大きな豆がなっている部分を集中的に掘って、その場で食い散らかしている。豆の成熟を表す、葉が枯れてきた株を優先して食っている。畑の側道をいつも犬を連れて散歩している物知りおばさんによると、どうやら傍を流れる馬込川の堤防に巣を作って棲んでいる「ハクビシン」の仕業らしい。

ハクビシンは、中国や東南アジアに広く分布する「ジャコウネコ科」の雑食動物で、日本には80年程前に毛皮用の飼育動物として台湾から入ってきたらしい。狸に似た姿形だが、白い毛が鼻筋に通っているのが特徴で、「白鼻芯」の名がついたという。果実、穀物、昆虫など何でも食べ、飼育されている魚鳥類も襲われるほど獰猛さもそなえているそうだが、日本では捕獲禁止動物なので全国中に繁殖している。

浜松郊外にも生息していることは20年位前から聞いていたが、今年はひょんなことから私が住んでいる住宅地にも出没していることを隣人から聞いていた。屋根にネコとはちょっと異なる糞が頻繁に落ちているので、本で調べたら「ハクビシン」らしいというのだ。そんな事件?がインプットされると、あちこちでそれらしい痕跡を目にし出した。一昨日はわが家の金魚を飼っている水鉢の近くにつやつや光った出して間もない糞を発見したし、昨日は北遠(遠州北部)へのドライブ中に猫や狸に加えて、鼻筋に白い筋が通っているこいつが輪禍に遭っているのを見かけた。犬猫狸並に生息が増えているということだろうか。

大都会の生活になんとなく反発して地方都市を選んで就職し、郊外を選んで家も建てた私は、最近周囲に続々と郊外型大型ショッピングセンターが進出するのを少々苦々しく思っていた矢先に、「ハクビシン」の話を聞いて実はにんまりしていたのだ。しかし、具体的に自分が被害を受けるようになると、心は穏やかではない。どうぞゆっくり食べて家族を養ってね、とエールを送れるほど心も広くない。せめて出来ることは、白鼻芯野郎に負けないように競争で収穫を急ごうと、自分に発破をかけることだけだが、嬉しさ悲しさ半々の気持ちが揺れている。
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浜松でも、美味しいりんごができるって知ってた??

2007-10-07 | 日々雑感
浜松でも美味しいりんごができるって知ってました?? 52年前から頑張って農園を経営している、三方原りんご園へ行ってきました。

三方原台地は天竜川の西岸に隆起した河岸段丘で、赤土と河原の石が混ざった痩せた土地だ。先達が苦労の末に開拓し、三方原用水を引いてジャガイモや漬物用大根などを集中的に作っていたが、最近は工夫して西瓜や白菜、サツマイモなども作る一方、畑を防水して水稲まで作る農家が増えている。

10何年か前から三方原でもりんごを作っているところがあるなと意識していたが、今日は思い切って行ってみた。「りんご観光農園」とはいうものの、結構広い面積に10種類以上のりんごを作っていて、9月から10月にかけて次々に来る観光客相手にいい商売をしているみたい。私が小中学校の時は、みかんの北限とりんごの南限は筑波山ですよと教わってきた。浜松でもりんごができると聞いて、際物だと思い込んでいたが、近所の評判もまずまずよく秋になると買いに行く人も多いと聞いていた。

今日は私が住んでいる地域の、有玉神社の「お祭」だ。何ヶ月も前から予告されて、屋台や練り(屋台=中心地域の5月の凧祭に似た山車の囃子隊列と、練り=若い衆の隊列がお施主様への御礼口上を言いながら荒っぽく「よいしょ」をする)が交通規制を必要とするくらい地域中を練り歩く。狭い地域ではあるが、迫力ある花火も打ち上がる。幾ばくかの寄付をしたお施主様の家には、大勢の親類知人友人が集まり夕暮れから飲み食いしている。そこへ練がやってくる。

日本全国どこにもある村祭だが、浜松では比較的新しい、神社が介在しない5月の「凧祭」が有名で規模が大きいが、何百年とやってきた各村集落の祭が影響を与えあって、今の春秋の祭のスタイルが確立してきた。今日はそんな積志地区の、次男の野球部父母会を介して付き合い始めたSNさんの家に招待されて、「人間生きてて楽しい」瞬間を4時間半に亘って確認しあった。数年ぶりに会う面白い話好きのおっちゃんや、SNさんの家族の親戚や新しく親戚になる予定の人などの集まりだった。

どんな人が何人くらい集まるか、当日でもわからないくらい自由な集まりなので、何を持参したらいいかいつもちょっと迷うが、結局自分たちもいいな、重宝だなと感じているものがいいと理解していたので、今日は「地元産のりんご」「三方原の地赤卵」と「こだわりの南信の米」「我が畑の作物(茹で落花生と味噌豆用枝豆)」を持参した。それぞれに懐かしさを覚える人たちに、それなりに話題を提供した。

浜松「三方原りんご園」では、52年前からりんごを作っていたそうだ。今では九州鹿児島にまでりんごを作っている人が広がっているそうだが、信州でも南部では気温の上昇や雨量の増加で、昔ながらの美味しい信州りんごの生産に苦戦している様子。長い間に苦労が積み重なっているとはいうものの、温暖の地浜松でりんご園を経営し、毎年繁盛させるのは並大抵ではなかったろう。誰でも知っている「三ケ日みかんや浜名湖みかん」の名産地で、意外性のある美味しいりんごを作り続け、住人や旅人にちょっとした話題を提供し続け頑張っている人々がいることを、今日は誇らしく思ったぞ。
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定年10日前の心境

2007-10-04 | 還暦・定年
野に咲く花と地酒を愛で、四季の移ろいに涙す!?

格好よく決めたつもりだけど、どうせ知っている人にはわかっちゃうので、白状しちゃおう。我がB畑と道の境界にかみさんが播いたコスモスが、畑の栄養と夏の暑さで背丈だけがぐんぐん伸びて、とっくに2メートルを超えたというのに2~3週間前まで花蕾さえつかなかった。他の家は目の高さ以下で可愛く咲いているのにーーーうちの子はだめだねーーー引っこ抜くか?? 風のたんびに傾いて、道行く人に迷惑かけるしーーー早まらなくて良かったよかった!! と言いながら、やっと咲いたのをねぎらうように(折角咲いたのを摘んできて、どこがねぎらっとるんじゃ!!)食卓に飾った。

「コスモス」って、混沌を意味する「カオス」の対の言葉で、「宇宙秩序」を意味すると、いつかどこかで聞いた気がする。宇宙秩序に素直に従うなら、愛でる気持ちを心底表現するために、花見酒だろう。(なんじゃ、こりゃ?)いつもは2リットルのパック酒だが、今日は気持ちを込めて?奥三河の銘酒「蓬莱泉」の特別本醸造でしょ、と我田引酒? ところでラベルの「テホヘ」ってなんじゃろ?? 苦労して咲き誇ったうちの子コスモスのお陰か、はたまた普段呑みつけない銘酒のお陰か、今宵は大層よか気分になりもうした。

何回かブログに書いているとおり、夏休み以降休暇を取得しながら定年退職X-Dayに向けて、軟着陸を試みてきた。あと10日!! 特別な心境の変化はあるか?? あるかないかを自分で語るより、今の心境を冷静に書いてみてみよう。

①出社する日をカレンダーと手帳に書いて忘れないようにしているが、仕事は大分忘れた。13日の定年退職日までに、出社するのはあと1日、9日(火)だけ。

②「定年決意ブログ」として立ち上げた当ブログではあるが、決意が多すぎてまだまだ整理が足りない。やる気満々、どこかで誰かに認められたい気が、まだまだギラギラしとるぞMACCHAN!

③家にいる時間が長くなると、いまさらながら「家事」って奥深く種々雑多でなかなか大変だ。会社で言う「総務部」みたいだ。手を抜いてもすぐには大勢に影響ないかもしれないが、要所要所をきちっとしないと、家も中の人間も(多分外から見た目も)だらっとなって歯止めがない。

④子育てを終えたかみさんは何年も前から今の私と同じように、定年退職(いわゆる仕事には就いていないが)の軟着陸体制に入っていた。ジェラシーの目で見ていたことは確かだが、私が大層に「決意ブログ」で並べ立てていることを、すでに「素と地」で、肩肘張らずにやっていた。世の中の女性陣は、多かれ少なかれ一緒だ。同輩の男たちよ!見習おう!!

⑤朝は会社に行っている時と同じか、早く起きるのを日課にした方がいい。こうして遅くまでブログを書いてたんじゃだめだに! そして、やるべきことをその日に考えるのではなく、年・月・週・日(できればゆるく時間)単位に計画した方がいい。とかく安易に流れ、計画を先延ばしにしたくなる。熟年はさらに老い易く、計画成り難し。

今日はどうした、なかなかいいぞ! やっぱり晩酌はパック酒や「ビールもどき」でケチらないで、いい酒買うか、ってか??


*蓬莱泉のラベルにあった、「テホヘ」の意味を調べた。(10月5日追記)

愛知県北設楽郡の3町村(東栄町、豊根村、津具村)の17地域に伝わり、保存されている「花祭り」の会場に設けられた「舞庭(まいど)」で様々な神事と舞が夜通し繰り広げられる。「テーホヘ、テホヘ」と観衆から掛け声がかかり始めると、神と舞い手と観衆が一体となって、祭りは最高の盛り上がりを見せるそうだ。
「花祭り」のHPは、http://side-b.jp/bunbun/hana/1hanakoun.html
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