天気に恵まれなかったとて、6日間きのこばかりを眺めていたわけでもない。途中3日間は浦安から三男家族がやってきてにぎやかに楽しんだ。孫1号4号7号を含む5人家族だ。
お盆休みからまだ一週間も経っていないのに、場所が変わると楽しみも異なる。三男Eが30年前夜な夜な亡くなった爺ちゃんに連れられて、Toenecの庭でカブトムシやクワガタを捕まえに行ったことを覚えていた。こういう環境ならではの子から孫への楽しみの伝授。
長野県は北海道に次ぐ「ジンギスカン」文化がある。子供たちに羊肉は無理があるかなという思いは杞憂に終わって、むしろ豚肉より人気があったみたい。たらふく食べた後でも、ちょうど9歳の誕生日に当たった孫1号Kはみなの2倍の大きさのケーキをゲットしてペロッと平らげにんまり。

不思議に魚の影がまったく見えない渓流でおたまじゃくしを夢中で追い回したり、エネルギー博物館では展示物より普段の公園の10倍は長いブランコに何度も並んでスリルを味わった。

大町ダムの急な何百段もの階段も3歳から70歳まで7人全員が上がり降りできた。ちひろ美術館の無料の公園でも楽しんだ。絵日記の宿題があったら、材料に事欠かないだろうね。
爺婆は浦安家族と別れてからは、帰途ふるちゃんの故郷大桑村の清流阿寺渓谷でもしばし涼んだが、浜松に戻ってからぶり返した猛暑日に連日あえいでしまったのだった。





雨が降らなかったのは2日間だけだが、おかげで涼しく毎日のように新しいきのこが顔を出す。


花が少ない今の季節は、きのこが代わりにさまざまな彩と形で目を楽しませる。さしづめ辺りは「きのこの山」と言っていいかも。子供たちに人気のロングセラーの菓子から題名を頂いたけど、こればかりは危険で食べられそうもない。



あまりにも絵になるので、昨年に続いて写真で楽しんでもらおうかな。なんと13連発!
わが家の夏休み帰省ラッシュ、今年は4日間。人口は普段の6倍、12人だよ!
爺婆旅館は寝具リネン付きだけど、洗面台は旅人たち持参のマイグッズが占拠中。それにしてもすごい数だね。
ピンポン台はないけど、昔ながらのサッカーゲームが人気なのは変わらないね。仕事疲れのパパがそばで爆睡中なのはご愛嬌かな。
毎晩空に打ちあがっているお盆の花火より、子供花火のほうが百倍人気だよね不思議だね。今年はやけど事故ゼロ、えかったえかった。
婆ちゃんと一緒に寝るのも変わらない人気。
エアコンがない「遊び小屋」も、楽しさがわかってきたみたいだね。カンボジア土産のハンモックを2重連にして、ブランコみたいに揺すられるのは順番待ちだからね。
にいにねえね達がスライダープールに行っている間は、あたちはおかあしゃんと専用プール独り占めだもんね。
12年前86歳の誕生日を目前にして亡くなった父は墓をもたなかったので、晩年を過ごした浜松の公営墓地に母が墓を建て埋葬した。そしてその母も6月に92歳で亡くなり、また共に眠ることになったのだった。
戒名には共に関わり愛した書道に由来する文字を入れた。父は書道師範名の「湘風」母は硯の墨を溜める部分を意味する「硯海」、姓も松が生える海辺を意味するのでMacchanはとても気に入っている。
35度はあろうかと思われた炎天下、皆で協力して墓石を持ち上げ父母の骨壷を並べた。寺のおっさま(和尚様)の世話にならず、10年前まで唯ひとり母だけが諳んじていた「般若心経」を皆で読んで弔った。
畑も見回ったが重く実ったヘチマの縦横支柱が曲がったくらいで、被害はほとんど無かった。しかし台風が過ぎた後も暫くは風が強く、曲がった支柱を修正し支柱の支柱を増補強するのに骨が折れた。
7月初旬の梅雨明け直前から鳴きはじめたクマゼミ、夏の終盤に入った今頃はとっくにアブラゼミやツクツクホウシにバトンタッチしているはずだが、今年はまだまだかまびすしく鳴いて頑張っている。裏庭では劣勢の油蝉が羽化して、網戸で飛び立つ前の羽伸ばしをしている。
写真はMacchan畑の作物が植えられていない休耕スペース。いずれ秋冬野菜を植える計画だが、土がカラカラ状態で根を地中深く下ろせる限られた種類の草だけが異常に元気だ。通常は各種雑草がびっしりはびこるのだが、今夏はたくましいはずの植物たちでさえこんな極端な生育状態だ。左方は既に深く根を下ろして助かっている大豆や黒豆、右奥は明らかに育ちが悪いサトイモ。
2~3週間前に種を蒔いた小豆は、保湿のために藁で覆ってやったが全く効き目がなくまだ一つも芽が出ていない。


