昨秋ふるちゃんが自宅裏の田んぼで収穫した稲、苦労して脱穀したが更なる難問。籾を玄米にするのにあれこれ調べてすり鉢やソフトボールを使ってやってみたが、一食分の玄米にするのに30分はかかることがわかった。
これでは人生を面白がる「遊び小屋」仲間の集いが、やがて苦痛の集いになってしまうだろう。数十年前の精米機を持っている先輩が籾摺り機能もあるよと貸してくれることになったが、そこで棟梁のうーさんが「ちょっと待ったぁ~」と手を挙げた。
小屋の隣保のさおちゃんちから薪用ストックの欅の丸太を貰い受け、数ヶ月かかって苦労しながら木臼を作っているのだ。先月末に何とか使えそうな目処が見えてきたが、今月に入ってテストと改良を重ねているうちになかなか性能が良くなってきた。
2回くらい臼を通すと、90%以上の精度で籾が外れるくらいになった。なかなかいいんじゃないかい! 籾殻を飛ばすのに自然の強い風を待つか、息を切らせてフーフー吹くか、扇風機を改良するか、などともうどうでもいい激論を戦わすまで木臼の完成度が高まってきたのだ。
もう出来たも同然、ちょうどふるちゃんが臼の完成を心配して久しぶりに駆けつけてきたので、これを確認して間もなく始まる田植えにどれだけ作付けを増やすか、助っ人は確保できるかなどと次なるステップの心配事に移ってきた最近の「遊び小屋」のこころだぁ~。春の光がまぶしい!
これでは人生を面白がる「遊び小屋」仲間の集いが、やがて苦痛の集いになってしまうだろう。数十年前の精米機を持っている先輩が籾摺り機能もあるよと貸してくれることになったが、そこで棟梁のうーさんが「ちょっと待ったぁ~」と手を挙げた。
小屋の隣保のさおちゃんちから薪用ストックの欅の丸太を貰い受け、数ヶ月かかって苦労しながら木臼を作っているのだ。先月末に何とか使えそうな目処が見えてきたが、今月に入ってテストと改良を重ねているうちになかなか性能が良くなってきた。
2回くらい臼を通すと、90%以上の精度で籾が外れるくらいになった。なかなかいいんじゃないかい! 籾殻を飛ばすのに自然の強い風を待つか、息を切らせてフーフー吹くか、扇風機を改良するか、などともうどうでもいい激論を戦わすまで木臼の完成度が高まってきたのだ。もう出来たも同然、ちょうどふるちゃんが臼の完成を心配して久しぶりに駆けつけてきたので、これを確認して間もなく始まる田植えにどれだけ作付けを増やすか、助っ人は確保できるかなどと次なるステップの心配事に移ってきた最近の「遊び小屋」のこころだぁ~。春の光がまぶしい!







パック旅行がいいのは当然ながら行く先々の宿泊・食事・交通にまったくお構いなし、おまかせで安く気楽に観光先のハイライトを楽しむことが出来ること。食事付きのパックツアーは旅行社が参加者に毎回アンケートをとって、長い間に評価の悪かったことをそぎ落とし良かったところを残しているので、日本人好みのそこそこ美味しい3食を楽しめる。



しかしMacchanにはこれが少し不満、仕事で27カ国を訪れ多くは訪問先の方々に案内してもらった地元の伝統食を経験したので、ツアー会社がアレンジしたレストランの食事はいまいち期待外れ。多くは癖の強い食材や香辛料を控えたり使わないメニューなので、「感動したあの時あの味」の再現を期待しているからこそそういう感想になってしまうのだろう。





今回改めて確信したのは、正味3日間9食の感想を同行同席したメンバーに聞いてみたところ、ベトナムらしいエスニックな味はMacchanの評価とは正反対に点数が辛かったことだ。やはり地元の本当の食をじっくり味わうのは、個人ツアーかフリータイムで経験するしかない。その点酒は食事時に自由にオーダーできるのでまだましだが、選択肢は限られ多分個人で行った時よりかなり割高な料金なので酒好きが堪能するというには少し遠い。



それでも同行者なべちゃんと部屋呑みも含めて、地元ベトナムビール数種類とフランス領時代の名残り文化の地ワインを楽しんだ。ワインは甘味好きのベトナムらしく日本でも昔流行った「赤玉ポートワイン」にイタリアの薬草酒「カンパリ」を混ぜたみたいな面妖な味だったが、旅情が噛み合ってこれはこれで美味かった。ジージーも大好きバーバーバー(333)ビール。
ベトナム観光3日目はハノイ市街、午前中はバッチャン村のオプション観光を申し込まず、なべちゃん夫妻とタクシーの相乗りをして旧市街へ。


先ずは旧市街に隣接した市民の憩いの場ホアンキエム湖沿いの公園を散策、早くも物売りのおっちゃんが木製おもちゃの実演販売。2US$を1US$に値切って購入。




さすがに亜熱帯、樹木の佇まいが面白い。湖の中央に浮かぶ島にある歴史上の英雄を祭る玉山祠を見たり、小さな湖で捕獲された1m余の大亀(スッポン?)の剥製を見たり。あり余るほどの緑に恵まれているのに、この国の人たちはどうも盆栽大好きのようだ。

アジアの街を歩くなら市場を覘かなくっちゃね、その国の特徴や市民の暮らしぶりが最も現れているMacchan好みの場所だ。どうも地方の小売店が買い付けに来る卸市場でもあるようだね。


市場周辺の物売りがなんとも楽しい。生肉を路上で売るなんてありえない風景、写真を撮っていたら「止めて」とおばちゃんさえぎる仕草。雨がパラついて来たらポリ袋をかぶって歩くのよ、なんともこの市場の人たちは逞しい。

歩き疲れたら喫茶店外のテーブルで一休み、ベトナムコーヒーを一杯。苦くどこまでも甘く、2口目にはファンになっている不思議な飲み物。冷めない工夫か、深い受け皿に熱湯が入っている。利尿作用が強いらしく、4人とも30分おきに数回連続トイレに寄った。有料トイレは2000ドン=¥12、男が英語でManベトナム語ではNamと逆さまというのがおかしい。






午後はツアーメニューの市街地探訪。ホーチミン廟、社会主義国家らしくレーニン像、一柱寺、オペラ座、ハノイ大教会ーーー。ベトナム社会主義共和国は共産党一党の独裁政治だが、同じ体制の中国と異なるのは宗教の自由が保障されこうして仏教を中心にキリスト教などの寺院が混在していることだ。






そして続く2時間のフリータイムは、またまた市場近くの雑踏の中へ。職人がものづくりをしながら物品を販売する店があちこちに、まるで5~60年前の日本の下町を見るようで懐かしい。子供に食事を食べさせるのも家前の道端で、写真とっていいかと話しかけたら「2ダラー」まじかよ! 

ハノイ市中心地は電線は地下埋設ですっきりしているが、IT回線と思しき空中架線が何十本も束になってぶら下がる。どれがどの線だか分かってるんやろか。ああ、面白さは世界遺産以上だ!

最繁期は五百隻以上も繰り出すというクルージングボートに乗り込み、バス1台23名のツアー一行が貸切3時間のクルーズで先ずランチ。ハロン湾の海の幸を次々に楽しんでいるうちに景色が良くなってきて気もそぞろ、食事どころではなくなるのがちょっと贅沢な悩み。




ボートの屋上に出て大パノラマを満喫する。海に浮かぶような奇岩の数々は、何と2千近くもあるそう。暑さ凌ぎか、ボートの屋根は竹葺きというのがベトナムらしくていいね。

島の一つに上陸し、ティエンクン鍾乳洞を見る。海面からビルの10階分くらい階段を上がり、息が切れそうな頃入り口に着く。










国内の鍾乳洞をいくつも見ているので大して期待していなかったが、これが規模的にも圧倒的で「ものすごくすんばらしい」方の期待外れ。入洞した早々から息を呑む連続、出口までの数十分は呼吸をした覚えがないほどの圧巻だった。惜しむらくは美意識の違いだろう、世界屈指の鍾乳石の数々をまるでカラー写真の出始めみたいな色でライティングしていること。
帰途は乗ったボートがエンジントラブルを起こし、僚船に横付けしてもらいロープで牽引してもらって帰港した。クルージング会社からお詫びの印とかで、水ボトル一本と夕食時のドリンク一杯の差し入れがあった。義理堅い会社なのかツアー会社へのポーズか?はたまたベトナム人の優しさなのか? 何の不自由も感じなかったのに、只ビールを飲みながらよい思い出が残ったなとひたすら感謝した。


何万年もかかって石灰岩の山が侵食され、奇岩や洞窟が生まれ「陸のハロン湾」と呼ばれる景観が出来上がった。渓谷から3万年前の人類の生活跡が発見されたことで、複合遺産になったらしい。



2時間かけて4~6人乗りの手漕ぎボートでめぐる世界遺産、次々に現れる7つの洞窟を巡り飽きることはない。



発展途上のベトナムは農業国、米とコーヒーとコショウの世界一の輸出国。
そして豊かな石炭石油資源と、レアアースの輸出国でもある。世界で唯一の対米戦勝国であり、人々は誇り高く社会主義国でありながら自由気ままな個人主義を大切にしているように見える。




人々の暮らしは決して豊かとは言えないが逞しく、家族や親戚友人を大切にし知識の量より暮らしの知恵を尊ぶ風土習慣が根付いているようだ。スマホやテレビの普及率はすさまじく、各個人各部屋に1台保有すると言われている。家電IT機器は韓国のSamsungが、人口600万人のハノイに400万台普及しているというバイクは一般名称がHondaと呼ばれるほど圧倒的にシェアが高い。




ハノイ市内にいくつも点在する景観のよい小さな湖畔(実際は人工池?)のホテルに3連泊。ここを中心に連日バスで移動した。


どこへも行かなかったとしても、人の流れを見ているだけで飽きることはない。昼間から公園で将棋に熱中する熟年集団、通りがかりの人々も岡目八目で参戦できる。中心部の幹線道路の歩道は広く、バドミントン・セパタクローなどの練習場になっているところも。混雑する道端では、車道を向いてLOTO風の宝くじ売り場がいくつも。そして発展途上諸国の人々の足、バイクバイクバイク。

世界遺産の「チャンアン」手漕ぎボート巡りと「ハロン湾」ボートクルーズがメインの旅だった。心がけが良かったのか、30度以下の比較的涼しい曇り空に恵まれ?食事にもガイドにも恵まれて、「次回は南部のホーチミンを訪れたい」と思うほどのヴェトナムファンになって帰って来た。カムオ~ン!(ありがとう)ヴェトナムを数日に亘ってレポートしてみよう。
数週間前に耕運機を入れて冬を耐えた雑草を鋤き込んでおいたが、このところの雨模様続きで生き返ったり新たに生えた草がすくすくと伸びていた。
Macchan畑は現在育っている作物はソラマメやラッキョウなど数少なく、冬野菜は花が咲き種をつけている。

作物を残した部分を除いて酸性土を中和する「苦土石灰」を散布し、耕運機を何度も押し回して耕す。この日はお馴染みのムクドリはついて来ず、大型のハシブトカラスが2羽交互に獲物を探していた。ちょっとかわいいというイメージからは程遠い。
1週間ほどして地中の「苦土石灰」が馴染んだら、次は完熟牛糞を鋤き入れて畝を作り連休前にはトマト・ナス・ピーマンなどの夏野菜の苗植え付けに移る。
春が半分過ぎても、なかなか題名のような春爛漫を実感できないが、自然界の花々は玄関先でも庭先でも無言で咲き誇っている。

庭の花々はかみさんの愛するこどもたち、Macchanはいくつかの名前を覚えながら咲いたものを時々カメラに収めるのみ。
しかし今月はじめの「庭中春爛漫」
まだ怪しい雲が残るが久々の爽やかな日、本社脇の八幡神社に集合して市が管理する「家康の散歩道」を辿るウォーキングが始まった。


かつて共に仕事をした先輩2人を含む18名が参加し、満開のハナミズキや八重桜などの花々や瑞々しい新緑の木立を眺めながら楽しんだ。
既に何度か経験した散歩道だが、説明書きが新たになり週末でボランティアのガイドの生説明もあったりで、新たな発見があった。今年も近郊や県東部の野山散策が計画されていて、健康維持のためにも積極的に参加したいと思った。
一昨日の高校クラス会エキストラ版開催の片付けをした時に、春先から小屋に残っていて水分が抜けていたミカンを3つ切って庭先に小鳥用に置いておいた。
しかしいつもと食み方が違うことに気がついて、色々と妄想を巡らせてみた。房の断面をつついて中身だけ無くなっているのは、多分ヒヨかメジロかだろう。しかし房がきれいに外されて皮だけになっていたり皮まで食われているものもあるのは、手を使って食す小動物の仕業ではないか?
そういえば掃き出し口のガラス戸とテラスの間には、中を伺うような小動物と思われるたくさんの足跡もあった。
うーさんの木臼もテストを重ねてなんとか籾米を玄米にできそうな感じだし、「今年も春からぁ、あっ縁起が~いいわ~ぁい」。
天竜浜名湖鉄道でやって来たHM君とHS君は上り下り別々にほぼ同じ頃に到着し、小屋最寄の「都筑駅」で出迎えた。気動車一両が入ってきた、いや~絵になる!
5名揃って先ずはアペリティフに、50年前の体育(運動)会や遠足や修学旅行時の白黒写真を点眼鏡片手に互いに覗き、順調な盛り上がり。浜名湖や浜松産の魚介類や野菜を中心にメニューを組み、食べ飲み語りまたまた飲み語りの延々9時間の宴会の末、みんな枕を並べて床に就いたのは夜中の2時半。
最後は記念撮影をして、今秋の本クラス会の再会を約してお開き! あ~楽しかった!!
参加者の一人が卒業50周年を記念する、作成中の同期会プレゼン資料のDVDを持ってきた。酔眼で昨夜は気がつかなかったが、撮った写真を見て数々の卒業OB有名人の中に作家塩野七生さんの名前を発見。へ~同窓の10年先輩なんだ。昨年
中でも葛温泉から引いているかけ流しの風呂にゆっくり浸かって疲れを癒すこと、仲間と軽口を交えながら語り食べ飲むひと時がなんとも生きていて楽しい気持ちを高揚させてくれる。夏秋にはまた有志を募って近隣の名山に登り、メンバー縁の地へ共に旅する計画話がいくつも持ち上がるのはこんな時間だ。
今回はY委員長が村で1年半かけてじっくり仕込み完成させた、見事な豚もも肉の生ハムが集いに華を添えてくれた。Macchanも20数年前鱒の燻製作りの手ほどきを受けたり、譲り受けた自家製ビール用キットの初代所有者でDIYの楽しみを広げてくれた先輩の一人だ。

日が長くなって活動後村内を散歩すると、いくつも動植物の春の息遣いを感じ取ることができる。今回はちょうど蛍池の端にミズバショウが開花し、昨年に続く度重なるカモシカの来訪の痕跡を見つけた。
村のセンター前庭には、なんとジャーマンアイリスの根っこを残らず食い荒らしたイノシシの食害跡が! あのでかい鼻と牙で、ミニユンボ顔負けのパワーを発揮するんだと仰天する。
今回は屋根に積もった雪が落ちるときにひん曲げられた、山小屋のストーブ煙突も修理した。煙突は30年余り前に流行ったホーロー引き、今は同じものがなくなってステンレスのピカピカ物と複合になった。このちぐはぐ具合も、DIY修理の勲章だぜ。
煤はほとんど溜まらないと思い込んでいた灯油ストーブだったが、就寝中は静かで経済的な自然通気燃焼にすることが多いためだろうか、驚くべきことに推定延べ数百日使用で動脈硬化の血管もかくやと思わせる煙突内部の狭まり方だった。ちなみに灯油の煤は、薪ストーブの煤と似て非なるものだ。シャリシャリ感がある後者と違って、モワモワフワフワしていて衣服や顔や手についた黒さはべっとりしていて洗ってもなかなか落ちにくい。
大町エコノミスト村の環境委員会活動本年度版が、雪解けを待って始まった。今年は例年より積雪が多く、村内には雪害で屋根などに被害を受けた家が何軒かあり、樹齢50年以上の赤松の大木も根元から2m位のところで2本折れた。恐るべし、シーズン末の湿雪の重量。
その後は大仕事の2本の赤松の始末に移り、3台のチェーンソーと電動ウィンチを駆使して2m程度にカットし山の斜面から引き摺り下ろしてユンボや力仕事でトラックに積み込む。
機械に仕事させているから楽だと思いきや、チェーンソーで大木を切る作業も隣接の木に引っかかった枝葉を運び降ろす作業もなかなかの重労働で、汗で濡れて冷たくなったシャツを着替えたほど。
また今秋までに新たに伐採する必要がある樹木の選定も、森林保護のプロを入れて参加委員全員で行った。20年以上に及ぶ環境委員会の活動は来年で一区切りにする予定で、雪解け直後ながらすっきりした姿を保つ村の森林を眺めてメンバーは一同満足感にひたったのだった。
先週水曜日まだかろうじて桜の花が残っているうちに行われた、浦安在住の孫1号Kの小学校入学式をやじ馬的に見に行った。何もそんな晴れの日にみぞれが降らなくてもいいじゃないかと思うのだが、東京近辺では10年に1回くらいは桜が咲いてから冷え込んで雪が積もることさえある。それに比べればまだみぞれはましかもしれない。記念の日が長く記憶に残るかもしれないしーー。
前の日からうれしくてうれしくて、Kは配布される教科書を入れるためだけにピッカピカのランドセルを背負って、両親と一足先に冷たい雨に変わった中を勇んで出かけていった。
爺は式が終わった後の記念撮影から会場に入る。1年生の親御さんたちは30歳代が中心か、まだまだ若く爺は自分でも違和感を覚えるぞ。それにしても先生との初対面は、なかなか神妙に話を聞いてるじゃないか。いつまでも続くといいの。
式後の昼食は幼稚園時代からおなじみのスシローで、好みのイクラいくらでも食い放題で祝う。爺は便乗で真昼間からビールを2本も飲む、めでたいめでたい!
食後「永久歯が生えてきた」という話を聞いて、これも記念撮影。爺の子供のころは良い歯が生えるのを祈って、抜けた下の歯は屋根の上に上の歯は縁の下に投げたという話をしたが、マンション暮らしのKには何の話か通じなかったみたい。



