電脳六義園通信所別室
僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
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静岡県清水市出身、東京都文京区在住、本の装丁専門のデザイナー石原雅彦による日々の記録。東京教育大学教育学部芸術学科最後の卒業生。
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【楠楼前灯ろう流し場所にて】
【楠楼前灯ろう流し場所にて】
稚児橋たもと、楠楼前。
地元入江商店会の灯ろう流し場所。
昨年もここから流していただいたけれど、ここの流し役の人はひとつひとつ書いた人の名前、名前がなければ書かれている内容をラウドスピーカーで読み上げながら流してくれる。
大変な労力なのに毎年偉いなぁと感心してしまう。
灯ろうは上が赤でしたが青なのだけれど、よく見るとまれに上下逆転しているものがある。
来年はぜひ上が青のものを探して買おうと思う。
◉
コメント ( 5 ) | Trackback ( )
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私が子供のころは稚児橋の上から紐とかぎ針で降ろしていたような気がします。
昔は下流で灯ろうの回収をしていなかったので、従兄の話では折戸の船着き場まで流れてきたそうです
僕が子どもの頃は稚児橋たもとにも貸しボート屋があり、確かそのボート乗り場のところ(現楠楼前?)から今と同じように流して貰っていた記憶がありますが、並んで待っているときりがないので伯父は自分で水面に浮かべていました。
おぼろな記憶では楠楼斜め対岸、キュウリを持って四つんばいになっているカッパのある岸辺にも川辺へ降りていく石段があってそこからも流していたような記憶がありますが、真に受けないでください(笑)
どうか一つ祭りを盛り上げようとする人たちに拍手を、またボランティアに参加をお願いします。ところで 刺青する人 簡単に入れるけどプールやスーパー銭湯は入れないし、芸能人がやたら入れてるから増えているのかな、焼津のまつりは、そんなヤツは、つまみ出されるとの事です。
由比町といえば車で通ると漁協のビルだったかに「地震だ、津波だ、それ逃げろ!」と書いてあったのを思い出します。
ボーイスカウトでいう「備えよ常に!」ですよね。
kumaさん同感!
祭りを盛り上げようと頑張っている皆さんに拍手!
地域の人、お客さん、みんなが楽しめる祭りに協力したいと思います。
***
昨夜も天気予報を見ていたら降雨量の棒グラフの壁が日本海側にそそり立っており
「わっ、富山が見えない」
と北陸ファミリーが騒いでいました。
日照率が著しく低いので今年の米の収穫が懸念されるそうですね。やっぱりなぁ。
***
「冷奴だけで三膳のご飯とは。樋口一葉の『にごりえ』を読んだときの驚きは、まずこれであった。いまは米一合で茶碗に二杯半、容れ物がもっと大きかった当時だから、源七はほぼ二合の米を冷奴で食べようとしたわけだ」
新潟県出身、関川夏央さんの本(『本よみの虫干し――日本の近代文学再読』岩波新書753)を読んでいたらこんなことが書かれていました。
同い年の田山花袋と国木田独歩は26歳の時連れだってひと夏日光の寺の離れで合宿し、二人で40日間に61丁の豆腐をおかずに毎日ひとり4合のお米を食べたそうです。
新潟県小出の友人を訪ねたら、雁木のある町の豆腐と納豆(「大力納豆」)が美味しいのに驚きました。魚野川の水が美味しいせいかもしれません。
「(ああ、毎食納豆と冷奴でいいからひと夏田舎暮らしがしたいなぁ)」
と思ったりします。
8月10日から一週間、実家にこもって新盆をするので毎日ご飯を炊いて清水銀座の豆腐と名物「雪ん子納豆」で過ごしてみようかと思います。1日4合は厳しいかなぁ。
そんなことを考えていると米の作柄が気になってなりません。早く日射しが戻りますように。
***
このブログにも何度も書き込んでくださった清水生まれの友人、その奥様が若くして他界されたとの一報が、未明のメールボックスに届いていました。痛恨の極みです。
この場を借りてご冥福をお祈りします。
今年は一際味わい深い、清水みなと祭りがもうすぐやってきます。