辛さと快感

2016年10月29日
僕の寄り道――辛さと快感

 風邪をひいて咳が出るたびに辛いので寝ながら本を読んで過ごした。咳は気にするほどひどくなる。われを忘れて読んでいた本に疲れて休憩すると、また体調が悪いことを思い出し、人の辛さと快感は表裏一体となっている。 
 悪寒がしてぶるぶる震えながら、布団の中で丸くなっているうちに、昔ののんびりした電気コタツのような心細さで微かなぬくもりが自分に帰ってきたと感じると「ああ気持ちいい」と思う。

 あるいは喉に痰がからんでむず痒いので、目から火花が飛び散るほどの咳をし、ころっと痰が切れたときは「ああ気持ちいい」と涙目で思う。
 熱があるせいで足腰肩の関節が痛いとき、寝ながら体位変換して姿勢を変え、その姿勢が痛み緩和のツボにはまると「ああ気持ちいい」と思う。
 風邪菌が入ると胃腸の機能が変調をきたし、腸内で大量のガスが発生するようになる。発生したガスを貯めておくと苦しいので、限界が来るたびに放出すると「ああ気持ちいい」と思う。
 振り返ってみると人生には辛いときだから感じ得たと思われるささやかな喜びがいつも表裏をなしてあった。辛さゆえに些細な変化でも快感と感じるやさしい仕組みを神様が用意しているのだろう。母親や友人たちとの別れを思い出すと、死の瞬間の表情にもそういう救われ方があったように思われる。 

   *** 

診療所からの帰り道、いつも眺めて通るひねくれたアロエがちょっと格好良く見えたのは熱があるせいだろうか。隣家のシクラメンが大小順にきちんと並んで朝礼をしていた。

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