電脳六義園通信所別室
僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
【お箸の国の人だもの。】
【お箸の国の人だもの。】
終日事務所で仕事をし、仕事をしながら小さなコンピュータをいじって仕事からの逃避をしている。逃避したままにならないよう自分で自分の管理者になるのが難しい。
アメリカ人の自己管理法はボスとアシスタントが一人二役で演じる劇にたとえられるらしい。けれど、真似しようと思ってもなぜか悪代官と水呑百姓みたいな善悪紋切り型時代劇風になってしまうのは日本人だからだろうか。ついつい自分で自分に「遊んでいたいぞ!」と書いたむしろ旗を立てて反逆したくなるので日本人の自己管理は難しい。
10月26日の朝、清水区入江南にて
義父がデイサービスセンターで食べ物を喉に詰まらせてちょっとした騒ぎがあったという。
義父は病気(パーキンソン病)に加齢による衰えが加わったせいか、ひとりふた役のマルチタスクな動作が苦手になり、手を使って食べ物を口に運ぶ人と、食べさせてもらった食べ物を噛んで飲み込む人とを同時に演じることがうまくできず、手がどんどん食べさせているのに噛んで飲み込まないので口の中が食べ物でいっぱいになって怒ったフグみたいな顔になっていることがある。そういうときには上手に声かけをしないと危ない。
巣鴨地蔵通り商店街にある漬物屋は商品を店頭の皿にならべて年寄りに試食させているけれど、手でつまもうとするたびに、おばちゃんが、
「はい、五本箸はだめ、ちゃんとお箸でつまんでね!」
と声を張り上げている。
お箸は食をめぐるひとり芝居にわって入って邪魔をする他者かもしれない。
手と口という一人二役の演者の間にお箸が登場することの意味は意外に大きくて、義父のひとりふた役がうまく行かないのは、間にお箸という邪魔者が登場するからかもしれない。
義父は最近ご飯ではなくパンにしてくれと言い、たとえおかずがお刺身であってもパンがいいそうで、それは味覚的好みによるわがままではなく、パンなら手づかみで食べられるかららしい。
10月26日の朝、清水区入江南にて
喉に食べものを詰まらせかけた義父は最近ご飯をいやがってパンにしたがるのだと言ったら、デイサービスセンターでもカレーライスのようなセットメニューの時を除いて、なるべくパン食にしてくれるという。
カレーライスの日はスプーンというこれまた義父が好きではない食器が介入するわけで、
「はい、今日はカレーなのでターバンを巻いてインド人になりましょうね」
ということになったら義父も嬉しいかも知れない。
両親のご飯をつくっている妻は夫の郷里静岡県清水から取り寄せているマグロの刺身をパンで食べるという自分の父親に落胆しているけれど、
「はい、今日はお刺身なので鉢巻きをしてお寿司屋さんになりましょうね」
と言ったら、88歳で握力が30キロ以上もある義父はマグロをにぎり鮨にして食べてくれるかも知れない。
歳をとった日本人はお箸の国の人から、五本箸の国の人に戻るのかもしれない。
(閉鎖した電脳六義園通信所 2008 年 10 月 29日、13 年前の今日の日記に加筆のうえ再掲載。)
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