老人ホーム寸描 旅路の果ての詩人たち 02 職人風のMさん

老人ホーム寸描
旅路の果ての詩人たち 02
職人風のMさん

職人風のMさんは誰にでも気軽に声かけができる人で、初めて言葉を交わした時も
「だんな、よくきたね~」
と遠くの方から声をかけてきた。遠くの方から声かけができるということは、この人は現場のある職人仕事をしていたのだろうと思った。Mさんが
「だんな、何の職業か当ててやろうか」
と言うので
「何だと思いますか」
と聞いたら
「畳屋」
と言うので
「はずれ」
と笑ったら
「じゃあ製本屋」
と言うのでびっくりした。本のデザインをしているので製本屋とは深い関係があり、なぜ畳屋でないとしたら製本屋とあたりをつけたのかは今でも謎だ。

ある時は
「だんな、商売の方は儲かってる~?」
と遠くから声かけされたので
「うん、まあまあ」
と答えたら
「まあまあってことはないだろう、平日こんなところに面会に来られるんだから儲かってるってことだ」
と言うのでなるほどと二人で笑った。確かに水曜日の昼時に、特養ホーム食事介助に通う妻に付き添って来て、入所者とよた話をしているなどというのは、暮らしに追われていてできることではないと思われるのかもしれない。

職人風のMさんが看護課の人と話をしており、地元の中華料理店の話をしているので、「(ああ、あの店は知っているけどおいしいのかな)」と興味を引かれて耳を澄ませていたら
「何で知ってるかっていうと、あの店の仕事をさせてもらったことがあるんだ。食べたことはないから味がいいかは知らないよ」
と言っていた。そうか仕事をもらって料理店に入るということは内装業かなと思ったので
「あ、Mさん仕事当てようか、ずばりクロス屋!」
と言ってやろうかと思ったけれどタイミングを逸した。

Mさんは特養ホームのある地元で生まれ育った人らしく、
「あ~あ、たまにはうまい山芋でとろろ汁でも食いてえなあ」
と言い、ケアワーカーが
「だっておいしい山芋なんてないもん」
と答えたら
「そんなもん、鍬とスコップを貸してくれりゃあ、その辺でいくらでも掘ってきてやるよ」
と言うので笑った。 

Mさんは声かけにも反応のない義母によく話しかけてくれて
「いいなぁ、いつも家族が会いに来てくれて、それにまだまだ若いし」
と言うので
「Mさんだってまだまだ若いじゃない」
と言ったら
「おれ?おれは若いよ、昭和19年生まれだもん」
と言うので驚いた。脳梗塞で倒れて車いすになった以外にも、意識障害や持病がたくさんあるらしく、看護課の職員がいつも世話をしていた。

 短期入院から退院し、ケアワーカーに車いすを押されて帰ってこられるのに遭遇したので
「Mさん、退院おめでとう!」
と言ったら、
「ああおれ?おれは退院したってもうすぐ死んじゃうんだ」
と大声で笑って言い
「そういうことを言わないの!」
とケアワーカーに叱られていた。それ以来Mさんの姿を見ていない。

|特養ホームの卓球台|


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