老人ホーム寸描 旅路の果ての詩人たち 01 几帳面なKさん

老人ホーム寸描
旅路の果ての詩人たち 1
几帳面なKさん

Kさんは男のKさんと女のKさんがいるご夫婦の入所者で、いつも赤と青おそろいのスクール上履きを履いている。丸テーブルで差し向かいになって食事していると、高校生のカップルがそのまま年をとったようで微笑ましい。

微笑ましいカップルも長いこと見ていると虚実を曖昧にしていた皮膜が剥がれ、いつも喧嘩を売っている奥さんと、にやにや笑いを浮かべて受け流しているご主人という実態が見えてきて、決して仲睦まじいご夫婦ではないらしい。

施設内に掲示されているケアワーカーたちの寄せ書きにも「いつも仲良しのご夫婦でありますように(笑)」などと書き添えられており、そこには「あまり喧嘩しないでくださいね」という願いが込められているのだろう。

男性のKさんはいつも腕を後ろ手に組み、見回りが自分の仕事であるかのように、廊下をゆっくり歩いている。眉間にちょっと皺を寄せ、睨みをきかせているようでいて、口元にはうっすら笑いを浮かべている。それはちょっと意地悪で恐い教頭先生風であるし、都合良く考えれば、縄張りを守ってくれている顔役のようにも見える。

みんなの縄張りを守る顔役のようなKさんは、戸締まりがだらしないのが大嫌いらしく、施設内の窓がちょっと開いているのを見つけると次々に閉めて回る。空調機器ではうまくできない施設内の温度微調整を、微妙な窓の開け閉めでやっているケアワーカーたちは、
「あ~、暑いと思ったら閉めちゃったか~」
などと苦笑いしている。

 几帳面なKさんはいつも背筋を伸ばし、左手に食器を持ち、右手の箸で行儀よくご飯を食べる。いつも残さずこぼさずしっかり食べ、最後に両手で持った器を長い舌でペロペロ舐め回してピカピカにする。小皿やお椀だけでなく舐めにくいものまで必ずそうするので、Kさんにとってそれは手順に従った行儀の一部なのだろう。

食器をペロペロと舐め回し、きれいにして食事を終えるのが行儀の一部になっているKさんは、行事食を囲んでみんなでするお食事会などの場で、出てくる大皿や重箱風の食器まで持ち上げて舐めるので、「あらら、体裁が悪い、人前で犬みたいなことをして」などと思ってしまう。だが世間的な礼儀から解脱し、悟りの世界に到達しつつあるお年寄りにとっては、それこそが作法にかなった立ち居振る舞いなのだろう。

*行儀はサンスクリット語 GAMMMA の漢訳で法則に向かって歩み行くこと。

|特養ホーム食堂にて|2014.1.12|

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