電脳六義園通信所別室
僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
【投票所に行こう!】
【投票所に行こう!】
(『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 4 月 14 日の日記再掲)
男は概して政治好きなのだろう。
義父はテレビの政治討論番組を見ていると、だんだん鼻息が荒くなり、パーキンソン病特有の震えが増幅し、
「何をだらなこと言うとる!(何をアホなことを言ってるんだ!)」
などと、富山弁でテレビに向かって吠えているし、当然、選挙は棄権などせず、年老いて東京に出てきてからも投票日には必ず清き一票を投じている。
一方、その妻と娘は選挙などにあまり関心がなく、日曜日は忙しく家事をこなして過ごしている。
今の政府と官僚たちが最も大事な任務である国民の暮らしの安全維持にちっとも役立っていない事に苛立ち、役立たずを選ぶしかない選挙制度に呆れ、返す刀で呑気に投票所に向かう家庭を顧みない男どもを冷たい目で見ている風すらある。
東京都知事選挙投票日。
「お父さん、選挙の投票に行くよね」
と、妻と義母の前でわざと晴れやかに言ってみせると、いつもなら
「行くちゃ!」
と、答えるはずの義父に元気がない。心が衰えれば、体も弱るのである。
「選挙なんだから歩行器なんかやめて、僕が手を引くから杖をついて颯爽と投票に行こう!」
と励まして出掛ける。
健康な人間にはすべての角が直角でできた四角い枠組みが身体に備わっている。対して、パーキンソン病の老人のそれは、平行四辺形に潰れようという力が働くようで、右手で義父の手を強く握ってコントロールしても、歪んだ枠組みが右斜め前方に押し潰そうとして義父の身体を苛(さいな)む。手を引いていなければ五回ほど転びそうな場面があり、いよいよ義父も杖をついての外出が困難になりつつあることを確認する。
投票所に、平行四辺形に潰れようとする老人の手を引いて入ってきた大柄な男の注目度は高い。
投票人は皆、脇に退いて義父のために道を空けてくれるし、選挙管理委員会の人々はスタンディング・オベーションのように、
「ご苦労様です!」
と、義父に最敬礼してくれ、ヤンキー・スタジアムに初登場した松井並みの歓待ぶりである。
被選挙人が気に入らなかったら白票を投じてでも、民主主義に基づく選挙制度まで放棄したわけではないぞ、良い候補者が出てくれば白票が有効票に変わって「だら(アホ)」な政治家を撃つ紙つぶてになるぞ、と意思表示し続けることが大切なのだ。これは良いことだ。手を引いているうちに、義父に手を引かれているような気がしてきた。
お父さん、もっともっと長生きしよう。
そして這いつくばってでも、投票所に行こう!
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