【ヒマシ油】

【ヒマシ油】

(『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 4 月 15 日の日記再掲)

ボーッと無表情な老人と、沈黙したまま食事をするのは万事に良くない影響が出そうなので、話題を見繕うのが僕の仕事である。

手の震えがある義父は箸の使い方が上手い。震える手でも箸を使うとご飯つぶひとつでもつまむことができるのが不思議で、お箸の国の人だなぁと感心する。それでも、こぼしてしまうような料理や汁物にはスプーンを使わされていたのだけれど、僕にはスプーンが非常に不出来な食器に思え、義父に蓮華(れんげ)をすすめてみたら、それがとても好評なので嬉しい。スプーンは平べったい皿からスープを飲む人種の食器であり、お椀から味噌汁を飲むお箸の国の人には蓮華が使いやすいと思う。

「平べったいスプーンで子どもにヒマシ油を飲ませるシーンが、昔、外国のテレビにあったよね」
と、話の抗口(言葉の手すり)を作ってみる。
「あった、あった、『ちびっこギャング』なんかによく出てきた。あのヒマシ油って何だったんだろう」
と妻が合いの手を入れる。
「子どもの頃、学校でよく飲まされた」
と義母が笑顔で言い、良く聞くと肝油と間違えているらしい。間違いをただそうとする妻に目配せしてしばらく肝油の話につきあい、さりげなく、それとは別のヒマシ油に話を戻す。
「ヒマシ油のヒマシって何だろうね」

富山で薬剤師だった義父が無表情に蓮華を使いながら
「蓖麻(ひま)だちゃ」
とボソッと言う。アフリカ原産トウダイグサ科の一年草で別名唐胡麻。楕円形の種子である蓖麻子(ひまし)を絞った独特な臭いのある油を蓖麻子油(ひましゆ)と呼ぶのだそうだ。
「何の薬なの?」
「下剤」
と義父。ヒマシ油は強い作用を呈する下剤で峻下剤、その反対を緩下剤と呼ぶらしい。

翌朝、事典で調べて、
「凄い、お父さんの言った通りだった!」
と家族の前で発表し、義父がニヤッと笑ったところで、家族は話の坑道を出る。
今日は介護保険で我が家の要所要所に、話の坑口ではなく、てのひらでつかむ手すりが増設される。

写真は義父母のパンを買いに出た早朝の本郷通り。銀杏の新芽が乳児のてのひらのようで可愛い。

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