老人ホーム寸描 旅路の果ての詩人たち 07 ベランダのMちゃん(その4)

老人ホーム寸描
旅路の果ての詩人たち 07
ベランダのMちゃん(その4)

 Mちゃんは義母の隣室で暮らしている。隣室ではあってもベランダが繋がっているので、義母を部屋に訪ねると全面ガラス戸ごしにMちゃんのベランダが見える。Mちゃんは下着までは他人に洗わせられないと言って自分で洗濯をしており、天気がよい日の昼食介助に行くと、ベランダに干されたMちゃんの下着や靴下が見える。洗濯物があると安心し、見あたらないと体調が悪いのかと心配になり、重い布団まで干してあったりすると元気だとわかって嬉しくなる。

Mちゃんはとても小さい人で、しかもひどく痩せているので下着も小さい。ときどき仲良しのケアワーカーに付き添われ、外食ついでに買い物にも出かけるので、自分の気に入った衣類も買っているらしい。ディズニーキャラクター入りの下着が多いので、ずいぶん子どもっぽい趣味だと笑ったが、おそらく子ども用の下着で、ケアワーカーたちのディズニーランド土産らしい。

以前にも腕を骨折したりして通院していたが、少しずつ入退院の回数が増えてきて、顔をしかめている姿を見かける。声をかけたら、神経痛が出て痛くてたまらないという。そうこうしているうちに入院して手術を受けるというので、手術ができるなら元気になって戻れるねと励ましたら
「いやあ、こんどはだめかもしれない」
と苦笑いしながら首を振った。家内がMちゃんと仲良しのケアワーカーとすれ違ったので
「Mさん入院されるそうですね」
と言ったら、
「あらぁ、本人が言っちゃったのかぁ。じゃあ仕方がない、実はそうなんですよ」
とのことだったらしい。

入所している母親が気になって、たびたび面会に訪れる娘さんが、不思議な存在のMちゃんが気になるらしくて妻にあれこれ尋ねていたが、今日は居室にケアワーカーたちが集まって一緒に昼食をしており、ずいぶん依怙贔屓されているのだなと話していたという。入院前日だったのかもしれない。

ベッドが数日でも空くと、施設では緊急対応の入所に利用し、少しでも多くの介護ニーズに応えようとするし、経営上も空きベッドを増やすのを避けたい。私物でいっぱいだったMちゃんの部屋も片付けられて、いまは新しい人が利用している。もともとのガンが全身に転移してMちゃんは耐えられない痛みに苦しんでいたらしい。利用者のプライバシーに関わることを表だって聞くことはできないのでMちゃんがどうなったかはわからない。いつか思いがけずMちゃんが戻ってくる日を楽しみにしているが、時は足早に過ぎていき、消息を聞かないまま忘れていくのだろう。お世話になったMちゃんを忘れないよう、四回に分けて書きとめてみた。

|特養ホームベランダの向かいにある柚子|


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