【『街道を(ちょっとだけ)ゆく』久能街道編3】

【『街道を(ちょっとだけ)ゆく』久能街道編3】

 

(『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 10 月 20 日の日記再掲)

清水消防署八分団脇を入って村松方向へ行く古道が久能街道である。

久能街道を歩くと、両脇の家々には奥まった住まいの手前に作業空間を持つ、いかにも農家風の佇まいが残っている。

そういう家々の門前には無人売店が設けられ、早朝から朝穫れの野菜や果実が並んでいる。

この時期は極早稲の温州みかんを置く売店が多く、この辺りには日本平東南斜面にみかん畑を持つ農家が多いようで、「おいしい日本平みかん」などと添え書きがある。

本当にこの辺で買うみかんは美味しいので秋冬の帰省時は頻繁に買いに行くのだが、伯母に言わせると、
「そうだよ、火葬場のあたりの山でとれるみかんは昔っからうまいだよ」
なのだそうで、連発される「火葬場」という言葉と「みかん」が妙に甘酸っぱく調和して、秋の味覚が否が応でも盛り上がる。

みかん以外に、じゃがいも、たまねぎ、いんげん、万願寺とうがらしなどが並んでいることもあり、先週末はそれらに混じって丹波の黒豆が売られていたので、ありったけ(といっても 4 袋しか残っていなかった)買ってきた。枝豆のように塩茹でして食べると、濃厚なうま味があって感動する。

「美味しい、美味しい」と母も大喜びし、半分をとっておいて翌日同じように茹でたら、あまりの味の落ち方に愕然とした。
「(失敗したなあ、全部一気に茹でて残り半分は冷蔵庫で保存すれば良かった)」
と思ったけれど後の祭り。タケノコ、トウモロコシ、枝豆などは取り立てをすぐに茹でないとあっという間に味が落ちるのを忘れていた。

母が船越の大型スーパーに買い物に行きたいというので自動車を運転して行ってみたら、「地元清水産」と明記して同じような丹波の黒豆が売られていたが、無人売店のものより 25% 強ほど割高だった。

それでも東京の大型スーパーに並ぶ丹波の黒豆より遙かに安いわけで、流通経路で人の手から人の手に渡るうちに価格が上がり、上がる価格と反比例して味が落ちていく野菜を
「うーん、やっぱり丹波の黒豆はうまい!」
などと大喜びしているという都会の貧しい豊かさの実体が、久能街道無人売店の力を借りて哀しくも厳然と明らかになる。

写真上段:久能街道沿いに並ぶ個性豊かな無人売店。
写真中段:ステンレス製のボールに入れ駿河湾深層塩を擦り込むようにゴリゴリと洗ってまわりの毛を落としたが、それでも丹波の黒豆は毛深い。
写真下段:10 月 15 日、この日は清水のあちこちの神社が幟を立てて祭礼をしていた。久能街道沿い、清水村松原の稲荷神社と丹波の黒豆を売っていた無人売店。
[Data:MINOLTA F100]

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