電脳六義園通信所別室
僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
【母と歩けば犬に当たる……113】
113|相生町のたこ焼き
食欲のない母親が
「ああ、○○が食べたいな」
などと言ってくれると、降りしきる雨の中に一瞬日が射したように救われた気持ちになる。それは天気雨であり、狐の嫁入りであり、泣き笑いに似ている。
「市役所(★1)近くにある駐車場のたこ焼きが食べたいなぁ」
食欲のない母が突然思いがけないことを言い出し、
「あそこのたこ焼きはおいしいの?」
と聞くと、
「店をやっていた頃、客が買ってきたのを貰って食べたことがあるけど、とてもおいしくて焼いている夫婦がすごくいい人なんだよ」
などと言う。食べ物屋は味より人柄が大事とつねづね思っているので
「じゃあお昼ご飯はたこ焼きにして一人前買ってこようか」
と言うと
「残ったら冷凍にしたいから二人前買って、小豆の甘納豆があったら一袋買ってきて」
などと言う。
静岡県清水相生町(★2)、かつてこの場所には壁面にレリーフのある市の公会堂があった。有料駐車場の管理事務所を兼ねてたこ焼きやソフトクリームを売っているこの店は、看板に「たこ焼き・落花糖・ソフトクリーム」と大書されているだけで屋号がなく、母の生活支援をしてくれているヘルパーさんは、
「あそこはたこ焼きも美味しいしソフトクリームも美味しいけど、なんと言っても甘納豆が美味しいのよ」
などと不思議なことを言う。
不思議な話を聞いた不思議な店頭に立ち、たこ焼きを二人前注文して待っている間に、確かに甘納豆だけ買っていく常連らしい客がいるので、忘れずに小豆の甘納豆を買う。
行きは歩いたけれど帰りは冷めないうちに持ち帰りたい。買い物帰りに小走りする子どもに似ているが、運動不足の身体で走るのは辛いので、新清水からひと駅だけ静鉄電車に乗る。
実家に戻り、紙箱の蓋を開けたらどっさりかけられただし粉と青ノリが香るところなど、たこ焼きもやっぱり清水風であり、思わず母とひとつずつ摘んで、
「これはおいしい!」
と顔を見合わせた。
(2005年6月13日の日記に加筆訂正)
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★1 市役所
合併によって区役所になったが、母は死ぬまで旭町の市役所と呼んでいた。
★2 相生町
市役所のある旭町と通りを挟んで隣接している町。
【写真】 相生町のたこ焼きスタンド『植野製菓』。
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