小説と事実、幸福と不幸

2017年3月29日
僕の寄り道――小説と事実、幸福と不幸

岡田英弘先生のお父さんである岡田正弘さんの随筆を読んでいたら「小倉日記以降の鴎外」という記述があり、ふと思い出したので、学生時代に読んだ松本清張『或る「小倉日記」伝』を取り出して再読してみた。

第28回芥川賞受賞作。鷗外が軍医として小倉に赴任していた3年間の日記が行方不明になっていたころ、その行方を探すことに生涯をかけた人物を主人公とした短編小説。結局、主人公の死の翌年昭和二十六年に「小倉日記」は家族によって発見されている。

最後に、主人公が「この事実を知らずに死んだのは、幸福か不幸かわからない」とある。主人公と母親によりそって読み進めた読者にとっての読後も、事実を知ることが「幸福か不幸かわからない」仕組みになっている。

小説と事実、絵画と額縁(上野桜木)

『或る「小倉日記」伝』の単行本に併載されている『菊枕―ぬい女略歴―』も同じ学生時代に読んだ。主人公光岡ぬいにはモデルがいるのだろうかと読後の余韻の中で思った記憶がある。読んだ当時はまだパソコンやネット通信もなかったので「主人公にはモデルがいるのだろうか」などと思っても、蛮勇を奮って作者に手紙を書くか、博識の先輩を探すか、親切な図書館司書を見つけるしかなかった。

それが今ではネット検索すればすぐに分かってしまう。光岡ぬいは著名な女性俳人杉田久女のことだった。そしてなんと作中に登場する師は高浜虚子のことらしいので「えっ!」と驚いた。こういう読後もまた、事実を知ることが幸福か不幸かわからない。


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