【清水・地ラーメン考】

【清水・地ラーメン考】

 

(『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 10 月 26 日の日記再掲)

9 ヶ月間に及ぶ抗ガン剤投与の間、食欲減退に悩んだ母は、定期検査で外出し、外で食事をとる機会がある度に、
「お昼ご飯は何を食べたい?」
と聞くと、
「お母さんはラーメンでいい」
と答え、僕はこの「でいい”」という言い方が嫌いで、思わず
「『が』いいんだよね」
と聞き返したものだった。本当はラーメンよりもっと栄養のつくものを食べて欲しいのが親を思う子の心であり、ラーメンぐらいしか喉を通らないなら、せめて「(お母さんは大好きなラーメン『が』いい)」と言ってくれるのが子を思う親心だと思ったりするのだ。

郷里静岡県清水に戻って一人暮らしを始めた母だが、抗ガン剤投与の影響が消えて来たのか、つわりのような食欲不振が弱まり、少しずつだけれど自ら進んで食べられるようになってきた。それでも、
「お昼ご飯は何が食べたい?」
と聞くと、
「お母さん、ラーメン」
と答えることが多いので、それではこちらも少しは楽しもうと郷里清水ならではのラーメン探しの買い物に出る。

チルド食品の流通が当たり前になって、日本各地の地ラーメンが遠く離れた他地域でも食べられるようになりブームにもなっているが、わが郷土清水には全国商品として名を馳せるような地ラーメンはない。それでも地元製麺メーカーが自社製の麺と濃縮中華スープを組み合わせてパックした地ラーメンがいくつも存在する。

濃縮中華スープまで自社生産できないのか、県内他社や県外から取り寄せたものが組み合わされているので、厳密には清水の地ラーメンとは言いがたい気がするのだけれどが、食べてみるとしっかり清水ならではの味覚を感じるのが不思議である。 

介護帰省中も仕事ができるように実家の 2 階にもコンピュータを設置してあるのだけれど、朝 6 時起きしてシャワーを浴び、朝食を作り、朝食を食べ、母の介護用ベッド回りを整え、朝食の後片づけをし、天気が良ければ洗濯物をし、布団を干し、来客に挨拶をし、お茶を差し上げ、帰られるときには見送りに出て、お茶などの後片づけをし、いただきものの中身をチェックして冷蔵庫にしまうべきものはしまい、その間に母の愛犬イビが室内で垂れ流す排泄物の始末をしたりしていると、あっという間にお昼近くなっており、とてもじゃないが仕事などできず、思わず母に、
「お昼ご飯はラーメンでいい?」
などと言っている自分に気づいて嫌悪感に襲われる。

仕事が全くできないと覚悟が決まると、仕事のことが頭から抜け落ちて、普段考えもしないことを考えていたりする。

人間というのはほとんど水分を食べているのであり、ラーメンだって炭水化物を水で練ったものを紐状に引き延ばし、うま味を煮出し味付けした液に浸してすするわけで、ほとんど水をすすっているのに「究極の味!」とか「悶絶!」とか「絶品!」とか大騒ぎしているのだ。

だが有名地ラーメンをカルキや錆臭い異境の水で、茹でて水分を含ませ濃縮中華スープを溶いたりし、尾道だ、久留米だ、熊本だ、札幌だと、騒いでいるのも非常に奇妙な気がする。

一方、郷里清水のメーカーが売っているラーメンを、郷里清水のスーパーで買って来て、郷里清水の水で茹でて麺に水分を含ませ、郷里清水の水で延ばしたスープに浸し、郷里清水の空気とともにすすって食べ、「(ああこれがわが郷土清水の地ラーメンだ!)」と感動することこそが真の地ラーメンに相応しい「究極の味!」であり「悶絶!」であり「絶品!」だったりするような気もするのだ。

介護ベッド脇に座り、そんなどうでもいいことを考え、介護ベッドメーカーのコマーシャルのように電動背もたれを起こして、「外食なんてすることはない、こうして自宅で食べるラーメンが一番美味しい」と見事に食べ終えて空になった丼の前で、お世辞めいたことを言う母を見ていると、母の地ラーメンには念願の在宅というもうひと味が加わっている分、確かに僕のより美味しいのかもしれないなと思ったりする。

写真小:清水次郎長の墓のある梅陰寺前、店頭に屋台のある中華そば屋。○にイの字なので屋号は「まるい」だろうか。いかにも屋台風のラーメンで美味しい。
写真中段:粉源さんの支那そば。入江商店会『しみづフード』で購入。ヤマブシタケがワゴンで安売りされていたので入れ、母が買って賞味期限ぎりぎりだったヨード卵光のゆで卵を作り、母が静岡松坂屋で買ってきて冷凍庫に入れっぱなしだった三陸乾燥生海苔(ヘンな名前だ)を放ち、ネギを散らしてみた。
写真下段:富士公司さんの屋台ラーメン。スーパー U - マートで母が「 1 円」で買った卵がだぶついていたので煮卵を作り、母の好きなモヤシを添えた。三陸乾燥生海苔は美味しい!
[Data:SONY Cyber-shot DSC-W1]

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