ひさし


D810 + AF-S NIKKOR 85mm f/1.4G

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郊外にある知人の会社を訪問し、近所で食事をした。
街道沿いの和食のレストランである。
店内はガランとしていたが、少し離れたお座敷の席に、黒っぽいスーツを着た男たちの集団がいた。
その集団と我々だけが、その日のお客であった。

黒い集団の真ん中に座る男性が、お店の女の子に何か言っているのが聞こえてきた。
明らかにその集団のボスであることが、遠くから見てもわかった。
料理の味が濃すぎると文句を言っているらしい。
女の子は何度も「申し訳ありません」と謝っていた。

しかし男性の文句は5分近くも続いた。
その間、周りの同行の男性たちは、一言も喋らない。
ただ無言で座って、ボスの演説を聞いていた。

やがて、その集団が食事を終えて、お座敷から出てきた。
ボスの取り巻きは、体格のいい、ふんぞり返って歩く用心棒タイプの男が2人。
それと貧弱な新人風の若者が2人。
そちらは終始うつむき加減で、弱々しい歩き方であった。

ボスが遅れてお座敷から出てきた。
その姿を見て、びっくりしてしまった。
年齢は60歳代で、白髪の混じった頭。
やはり濃い色のスーツを着ている。

問題はその髪型である。
ひさしのように、ビューンと頭の上から髪の毛が飛び出している。
20センチ近くあるだろうか、生え際の後退したおでこの上から、ひさしのように前に突き出しているのだ。

プレスリーの髪型のつもりなのだろうか・・・
これなら雨が降っても、雨粒が顔には当たらないだろうという大きさである。
しかし髪の毛の量が少ないので、破れた布団からはみ出した綿のように貧弱に見える。
時折風になびいて、そのひさしがユラユラと揺れる。

「おい、おやじ、女房はどうした」
ひさし男は、カウンターの前で立ち止まって、お店の主人に話しかけた。
「へい、奥におります」
「そうか、最近見ないから死んだかと思ったぞ」
「へい、ちゃんと生きております」
それなりに親しいようだが、お店の主人も遠慮しながら話している。

僕と知人は、笑いをこらえるのに必死であった。
あんな髪型の男が、この世に実際に存在すること自体が不思議であった。
まるで漫画である。
読んだことは無いが、ナニワ金融道にでも出てきそうである。
いや、漫画だとしても、あんな髪型のキャラクターを出したら、リアリティが無いと批判されるのではないか。

どうすれば、あの髪型をよしとする、独特のセンスが生まれるのだろう。
外部との接触の少ない閉鎖的な町で、かつ絶対的な権力を持ち、周りの人間は何も言えない・・・
そういう環境にでもいない限り、あの髪型で堂々と生活していくのは難しいだろう。
あれでは都内、少なくとも銀座や新宿は歩けないと思うが、そもそもそういうところには行かないのだろうか・・・

ひさし男は、われわれの座るテーブルの横を通るとき、ちょっと一瞥をくれ、そのまま店外に出て行った。
窓の外を見ると、取り巻きの巨漢の男が、黒い国産セダンのドアを開けて待っている。
ひさし男が乗り込み、2台の黒い車が駐車場から出て行った。

その後、先ほど文句を言われていた配膳の女の子が、食事を運んできた時に聞いてみた。
「さっき変わった髪型のお客さんがいましたね。あれはどなたですか?」
僕がおでこの前に手をひさしのようにかざして聞くと、女の子は苦笑した。
「○○グループの社長さんですよ」

僕は知らなかったが、知人はすぐにわかり、「ああ・・」と納得した顔をした。
地元ではそれなりに有名な会社らしい。
不動産、レジャー施設、パチンコ店・・そういった産業を手がけている企業だという。

あの髪型は、もしかしたら意図的にやっているのではないだろうか。
自分のキャラクターを作り、その役を演じているのだ。
そうでなければ、いくらなんでも不自然すぎる。

それなりの規模の会社であり、多くの社員のトップに立つ人物である。
毎日鏡の前に立ち、時間をかけてひさしを作っているのだろう。
あるいは、案外かつらかもしれない。

お店の主人も顔見知りのようだし、実際今日のようにお客の少ない日にも、社員を連れて食べにきてくれる。
ちゃんと地元にも貢献する名士・・と言えるだろう。
話してみれば、案外なかなかの人物なのではないか・・・そんな風に想像した。
知人に話すと、「そうかなぁ・・」と同意できない顔をした。

事務所に戻って、ネットでその企業を調べてみた。
すると、出るは出るは・・・
あの社長に騙された、詐欺にあった、町の恥だ、ブラック企業だ・・・とにかく悪い評判が山のように出てきた。
よくこんな会社が存続できるというくらい・・・
どうやら僕の想像は間違っていたようだ。
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