酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「天皇組合」~敗戦直後の世相を写す滑稽譚

2019-03-27 21:44:41 | 読書
 オレオレ詐欺をテーマに据えた「詐欺の子」(NHK)は、ドキュメンタリーとフィクションを織り交ぜた秀逸なドラマだった。詐欺グループを演じた中村蒼や長村航希らを支えていたのは、桃井かおり、イッセー尾形、坂井真紀らベテラン陣だ。加害者がつけ込むのは高齢者の孤独である。

 オレオレ詐欺が後を絶たない理由の第一は絶望的な格差で、中村演じる嘉川が「真面目に生きよ」と説く裁判長に、「(俺みたいに)どうしようもない奴はごまんといる」と叫ぶシーンが印象的だった。学校でいじめを受けている少年少女が詐欺予備軍になっている。

 反原発集会の2日後、23日付朝日新聞1面に<原発支援へ補助制度案 売電価格上乗せ>の見出しが躍っていた。「原発は安い」がまやかしであることが明らかになった今、支援抜き原発が成り立たないことを経産省(政府)が自ら認めたのだ。危険な原発を維持するため費用を国民に負担させる……。これが3・11から8年経ったこの国の形なのだ。

 3・11は第二の敗戦で、日本が変わるきっかけになると考えたが、以前より、状況は悪化した。前回の敗戦を国民がどう受け止めたのかに興味があり、復刊された火野葦平の「天皇組合」(1950年、河出書房新社)を手にする。

 敗戦後、天皇僭称者が続々現れたが、中でも世間を騒がせたのは熊沢寛道だ。南朝の正統な継承者であると主張し、昭和天皇の退位を求めたが、第一報はなぜか米軍の機関紙「星条旗」だった。その熊沢事件を題材にしたのが本作である。

 熊沢の名に着想を得て皇位継承を訴えるのは「虎沼」天通。名乗りを上げた天皇だけでなく、大半の登場人物に「猫」や「馬」といった動物の名が付いている。虎沼も熊沢に倣い「南朝奉戴期成同盟」を立ち上げ、天皇組合を結成すべく、息子の通軒とともに全国に飛ぶ。天皇たちが手を携えて世直しするのが目的だった。

 火野の経歴が興味深い。所持品にレーニンの著書があったため除隊させられた後、港湾労働者の組織化に取り組む。その過程でヤクザと接点があったことは、佐渡在住の鯨岡天皇のキャラからも窺える。検挙されて転向し、「糞尿譚」で芥川賞を受賞した後、従軍作家としてパール・バックに激賞された「麦と兵隊」を著した。

 流行作家になったが、戦犯として公職追放中に「天皇組合」を発表する。「私は責任を問われた。あなた(天皇)は?」が作意だったのかもしれない。安保闘争のさなか、1960年に自殺した火野は敬愛する芥川龍之介に倣い、「或る漠然とした不安のために。すみません」と遺書に記した。

 波瀾万丈の生き様が「天皇組合」に反映されている。火野自身によって封印された本作は、敗戦直後の世相と価値観顛倒を写した酷刑譚で、登場人物のキャラが揃って立っている。一級のエンターテインメントを支えているのは巧みな台詞回しだ。

 隠忍自重を強いられた国民は敗戦で一転、拝金主義に取り憑かれる。闇市がその象徴で、虎沼父子の周辺にも欲にまみれた有象無象が闊歩していた。〝皇太子〟通軒と〝行幸〟するウメには婚約者がいる。通軒から毟り取るのが目的だった。通軒の許嫁である亀子は、容姿から性格までウメと真逆で、一途に通軒を追いかける。本作で特徴的なのは、通軒を筆頭に男たちは腑抜け、女たちに芯が入っていることだ。フェロモンを発散する女帝までいる。

 転向を繰り返してきた火野は、共産党の本質も見抜いていた。通軒の上官だった蜂田は暴力的な軍国少尉だったが、敗戦後すぐ共産党に入党し、通軒の妹鶴子を弄ぶ。選挙に落選するや党に見切りをつける変節漢だ。本作のハイライトは1946年、皇居前の米よこせ集会だ。天皇への厳しい言葉がプラカードに掲げられていたが、「君が代」がさざ波のように広がり、やがて大合唱になる。むろんフィクションだが、左右の壁をすり抜けた火野らしい預言といえる。

 天皇組合は不発に終わるが、ラストで虎沼ファミリーの未来に日が差し、再生が兆してくる。大団円ではないが、ささやかで手触りのする日常に戻ることが暗示されている。

 4月1日に発表される新元号について、安倍首相の「安」が含まれているのではないかと噂が飛び交っている。祖父の岸信介が師事したのは、10代の頃から反皇室を明言し、大逆事件に連座する可能性もあった北一輝だ。護憲を滲ませる皇室の発言と真逆な姿勢を貫く安倍首相に忖度し、「光安」とか「康安」が選ばれても不思議はない。
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