酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「カタロニア讃歌」再読~未来を底から俯瞰したオーウェル

2011-04-24 03:04:20 | 読書
 田中好子さんが亡くなった。同年生まれのスターの冥福を心からお祈りする。この時期だからこそ追悼番組として、放射能の恐ろしさを描いた代表作「黒い雨」(89年、今村昌平)を放映してほしい。

 厚労省で行われた会見で、千葉と茨城で母乳からヨウ素が検出されたことが明らかになった。チェルノブリで起きた事態が日本でも進行しているが、3大紙は報じなかった。21日付朝日朝刊3面に掲載された「ギャラップ・インターナショナル」の世論調査の結果は、<日本では原発賛成が62%⇒39%、反対が28%⇒47%>だった。読売(原発推進派)と大きく異なる数字だが、ここまでの経緯を踏まえると、いずれが信頼に足るかは明らかだ。

 クラシコ4連戦はレアル・マドリードの1勝1分けで折り返した。レアルは国王杯を獲得し、バルセロナはリーガ3連覇を確定的にする。普段の決定力が見られなかったバルサだが、チャンピオンズリーグのホーム&アウエーに向けて調子を整えてくるだろう。

 これまで当ブログでは、クラシコとスペイン内戦をセットで論じてきたが、<ファシズムVS自由>という図式に隠されてきた真実を記す日がようやく来た。73年前の明日(25日)に発行されたジョージ・オーウェル著「カタロニア讃歌」(筑摩書房)は、スペイン内戦の本質に迫るだけでなく、現在の日本をも鋭く穿っている。

 村上春樹の「1Q84」、ミューズの「レジスタンス」がともに「1984」にインスパイアされたことからもわかるように、オーウェルは21世紀になってもフレッシュなままだ。ニューレフトに与えた影響は絶大で、福島泰樹は処女歌集「バリケード・一九六六年二月」で<カタロニア讃歌 レーニン撰集も売りにし コーヒー飲みたければ>と詠んでいる。「カタロニア讃歌」は1960年代以降、変革を志す者のバイブルとして、世界中で読み継がれている。

 俺も大学入学後、〝ラディカル育成テキスト〟として、「憂鬱なる党派」(高橋和己)、「擬制の終焉」(吉本隆明)、「地下水道」(アンジェイ・ワイダ)、「日本の夜と霧」(大島渚)とともに、先輩から同書を薦められた。教育の効果で〝アンチ共産党〟になった俺は、いまだ三塁線外のファウルゾーンをうろついている。

 「カタロニア讃歌」はオーウェルによるスペイン内戦のルポルタージュだ。オーウェルはアナキストにシンパシーを抱きつつ、トロツキスト政党ポウムの義勇軍に加わり、フランコ反乱軍と対峙する。戦争の進行とともに、新たな黒い影が自由と平等を塗り潰していく。敵の正体は、ソ連の武器援助で勢力を増した共産党(コミュニスト)だった。

 コミュニスト、トロツキスト、アナキストといっても、ピンとこない方も多いと思うので、資質を重視してカテゴライズしてみた。
□コミュニスト=組織や思想に忠実で、能率と上意下達を好む。事務能力に長け、常に疑いの目で人を見る。感情の爆発を避け、真綿で首を絞めるように敵の力を削いでいく
□トロツキスト=自由と平等を尊重し、形式や裃を嫌う。カルチャー全般に関心が高く、人間を信じることが往々にして落とし穴になる。ちなみに、トロツキストの長所と欠点を拡大すればアナキストになる。

 コミュニスト(共産党)の体質は国境を超えても変わらない。ソ連、スペイン、英国、そして日本……。キューバ革命に共産党が加わらなかったことは、「チェ 28歳の革命」で描かれた通りだ。また、自称トロツキストが初心を忘れ、コミュニストに堕落しているケースは極めて多い。

 トロツキスト、アナキストの資質に富んだスペイン人は、一時的にせよ階級と差別がない社会を創り上げたが、革命頓挫を企図する共産党に外堀を埋められていく。バルセロナは次第にモスクワ化し、内戦初期に成立した<ファシズムVS自由>の構図は、<ファシズムVS全体主義>に質を変えていく。

 共産党の意を受けた秘密警察に追われたオーウェルは、辛うじて逮捕を免れた。フランコと共産党のいずれが勝利を収めるにせよ、スペインの未来は暗いと感じ、以下のように述懐している。

 <スペイン人の高貴さと寛容さがあるからこそ、スペインではファシズムさえも、我慢できる比較的だらしない形をとるのではないか。現代の全体主義国家に必要な、呪うべき一枚岩の能率のよさは、スペイン人の持たないものである>(要旨)。

 「カタロニア讃歌」が発行された1938年、共産主義は多くの知識人にとって希望の灯だった。だからこそ、共産党とソ連を<革命への桎梏>と告発した同書は禁書扱いで、オーウェルが50年1月に死んだ時、母国英国で900部しか売れていなかった。

 <嘘をつくのを職業にしている人間というのを見るのは、ジャーナリストは別にして、これ(ソ連共産党のスパイ)が初めてだった>……。

 この辛辣な記述は、大本営発表に加担する日本のメディアへの警鐘といえる。オーウェルは共産党の作り話をそのまま掲載する英国のメディア、真実を見抜けないジャーナリストに絶望していた。トロツキストのレッテルを貼られたオーウェルは、共産党やリベラルから有形無形の圧力を受けたに違いない。だから無名のまま、人生を終えたのだ。

 「学問のすすめ」で西部邁氏がオーウェルを<世界を底から見た人>と評していた。俺のイメージと遠い気がしたが、佐高信氏との対談が進行するうち、西部氏の真意が掴めてきた。オーウェルは純粋かつ柔軟に物事を見る〝下降生活者〟だ。地面に寝そべって大空を眺めるうち、世界と自分が倒立し、俯瞰の巨視を獲得した。精神が澄んでいたからこそ起きた奇跡の逆転で、その目には当時とさほど変わらぬ21世紀の姿まで映っていたのだろう。

 自らの来し方とも関わるテーマゆえ、かなりの量を書き殴ってしまった。昼前に起きて、WIN5の予想に時間を費やすことにする。何を読んでも何を見ても、悲しいかな俺の心は漉し取られることはなく、煩悩と欲望で汚れたままだ。


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2 コメント

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カタロニア讃歌 (ETCマンツーマン英会話)
2014-01-08 12:41:27
映画『Head In The Clouds』のメイキングで、主役がスチュアート・タウンゼントが役造りの為に、脚本同様に読み込んだ本とういことで、ジョージ・オーウェルの『カタロニア讃歌』を上げていました。

「地面に寝そべって大空を眺めるうち、世界と自分が倒立し、俯瞰の巨視を獲得した。精神が澄んでいたからこそ起きた奇跡の逆転で、その目には当時とさほど変わらぬ21世紀の姿まで映っていた」


俯瞰の巨視、大切ですね。是非、読んでみたいと思います。ブログでのご紹介ありがとうございます。
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コメント、ありがとう (酔生夢死浪人)
2014-01-10 01:43:09
  オーウェルといえば、他にも「動物農場」、「1984」と近未来を見据えた作品があります。構造を捉える感性に驚嘆するしかない。

 引用された部分に感心していたら、何と自分の言葉でした。「劣化しちゃったなあ」と実感しています。
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