酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「季節の記憶」~緩やかに飛翔する物語

2014-01-26 22:33:40 | 読書
 キリストには殉教者と革命家の二つの貌があった。日本の脱原発運動に置き換えれば、殉教者≒小出裕章氏、革命家≒広瀬隆氏が両輪として支えてきた。五臓六腑から吐き出す小出氏の言葉に心は潤い、広瀬氏の鋭い指摘に心は尖った。

 絶大なる敬意を互いに抱く2人だが、都知事選では立ち位置が異なった。広瀬氏は細川支援に回り、小出氏は宇都宮支持を明かしつつ、反原発陣営に生じた亀裂を憂える声明を発表した。<今回の経験(仲間たちの分裂)を経て、私はますます政治が嫌いになりましたし、今後は一層、政治、特に選挙からは遠ざかろうと思います>と記した小出氏の苦悩はいかほどが。

 沖縄で起きたことから判断すれば、脱原発の闘いは今後も続く。仲井真知事と自民党以外、沖縄では全首長、議会、選出国会議員が普天間基地の辺野古移設に反対しているが、政府は埋め立て強行を表明した。反原発も同様で都知事選後、分裂した両グループは手を携えて巨大な壁に立ち向かわなければならない。小出氏の思いを受け止め、関係修復に向け今から準備すべきだ。

 「季節の記憶」(保坂和志/96年、中公文庫)を読了した。別稿(1月5日)に記したように、読書はロッククライミングに似ている。脳が摩耗してグリップ出来ず、放り出しを繰り返していたが、本作には自然に入り込めた。俺と保坂は生年月日が同じで、似たような日々を過ごしてきたことが、馴染めた最大の理由かもしれない。

 稲村ケ崎を舞台に、時は循環するように流れる。主人公はバツ1の中野で、コンビニに並ぶ企画本の編集に携わっている。といっても、出版社に足を運ぶのは稀で、自宅で仕事をしている。家族ぐるみで交遊しているのは松井兄妹だ。年は20歳離れているから、兄妹というより父娘といった感覚で、便利屋を生業にしている。4人に共通しているのは他者への寛容さと水平思考だ。

 閑人トリオの中野父子、松井家の美紗ちゃんの日課は散歩で、自然の移ろいを満喫している。取り立てて事件が起きるわけではなく、会話を軸に進行する本作は、「吾輩は猫である」を彷彿させる。レギュラーが育む円い世界に、一風変わった人たちが闖入する。まあ、この4人にしても、思考回路や体内時計は普通の人と大きくずれていて、〝あくせく〟が当然の日本社会では異端といえるのだけど……。

 近くに越してきたナッちゃんは、美紗ちゃんの少し年長の旧友で、離婚して実家に戻ってきた。元夫が盗聴器を仕掛けていると本気で心配するナッちゃんは、マシンガントークで中野をたじろかせる。娘のつぼみちゃんは同い年の圭太にとって貴重な遊び相手だ。夫婦喧嘩が原因なのか、幼くして男性恐怖症の嫌いがあるつぼみちゃんだが、すんなり受け入れたのが中野の元同僚で、ゲイの二階堂というエピソードも面白い。

 中野宅を頻繁に訪れるのが二階堂で、電話を掛けてくるのが旅館の旦那である蛯乃木だ。パソコンや携帯電話が普及していなかった当時、コミュニケーションの取り方はアナログだ。両者との会話が、中野の考え方や来し方を読者に伝える役割を担っている。ちなみに中野は突然、妻に逃げられた。喪失感ゆえ美紗ちゃんに懸想するという俗物の俺の予想は、見事に外れる。

 キャラが立っているのが圭太だ。幼稚園に通っていないから時間はたっぷりあり、近所の家で虫を駆除して感謝されるなど自由に徘徊している。世間体や偏見といった狭いルールから自由で、海辺のホームレスのおじさんと仲良くなった。圭太は大人たちを驚かせる刺激体だ。

 圭太の直感から、会話は観念と哲学へと飛翔する。愛について、時間について、宇宙について、世界をいかに認識するか、死後の世界について、意識とは、文字と言語の違いは、世界をどう捉えるべきか……。平易でありながら本質を突く言葉がやりとりされる。

 門を叩いたばかりの保坂ワールドは、安らぎと癒やしに彩られていた。流れる空気は細川氏の決意表明、高坂勝氏(緑の党共同代表)が主張する「減速して生きる」に重なる部分が多い。本作はバブル崩壊後、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件が起きた95年に書かれた。日本人が来し方を振り返り、新たな生き方を志向した時期でもある。保坂はファジーかつ明快な答えを示したのではないか。
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