酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「恋人よわれに帰れ」に刻まれた大林宣彦の初心

2020-12-20 21:51:35 | 映画、ドラマ
 別稿にも記したが、ブログを書く時は大抵、スカパー!で録画したドラマを視聴し、〝BGD〟として活用している。刑事ドラマが多いが、時代劇もラインアップに加わるようになった。学生時代、深夜に再放送されていた「子連れ狼」(萬屋錦之介版、全79話)を時代劇専門チャンネルで録画し、先日ようやく最終話をクリアした。

 <侍≒日本軍>というイメージで武士道を忌避する気持ちは理解出来るが、「子連れ狼」の主人公、拝一刀(萬屋)は異彩を放つ。<武士とは身分ではなく志>と捉え、苛斂誅求に耐えかねて一揆を起こす農民に心を寄せることもある。上にへつらい、下をいたぶる卑屈さを武士道の伝統と勘違いしている人には原作を一読してほしい。一刀が示す人としての優しさが溢れている。

 俺にとって時代劇初体験は「宮本武蔵」だった。あれから55年、武蔵を演じた北大路欣也は現役バリバリで、「記憶捜査2」では再雇用された鬼塚司法係を演じている。車椅子の鬼塚の温かさと洞察力をリスペクトする〝チーム〟は、粉骨砕身して難事件を解決する。肝は桜井武晴の脚本で、光と闇が交錯する新宿に照準を定めていた。

 日本映画専門チャンネルで録画した「恋人よわれに帰れ」(大林宣彦監督、早坂暁脚本)を見た。1983年にフジテレビ系で放送された沢田研二主演のドラマである。<大林宣彦は映画作家としていつから戦争を語り始めていたのか>のタイトルを冠した尾道映画祭(2018年)でクロージングに選ばれたように、大林の初心が反映していた。

 原爆投下から2カ月後の広島……。GHQのジープから降り立ったのは日系2世の米兵、ケン・オータ(沢田)で、姉ナオミ(小川真由美)を捜すのが目的だった。ダンサーだったナオミは日米開戦直前、オリエンタルな衣装を求めて日本を訪れたが、渡米はかなわなかった。広島に住んでいたという情報を得て、婚約者だったケンの上官、ジョン・ローチ(トロイ・ドナフュー)もナオミの消息を追っていた。

 ケンは広島でケロイドを包帯で覆っていたケイ子(大竹しのぶ)と出会う。幼い弟は原爆で重度の白血病を患っていた。舞台はケンとともに東京・新橋に移る。闇市を支配する組長(財津一郎)が、日本の敗戦で解放されたアジア系のギャングに殺される。跡目を継いだユキ子はナオミと生き写しだった。
 
 ケンは闇市で復員兵の秋本(泉谷しげる)と友達になる。きっかけはジャズで、秋本はトランペッターで、ケンもバンドで歌っていた。ユキ子に掛け合ってクラブが造られ、ジョンの計らいで進駐軍から楽器が払い下げられる。全編にジャズが流れ、ケンだけでなく中本マリ、真梨邑ケイがステージで歌う。クラブに頻繁に足を運ぶジョンは、ユキ子に心を奪われていく。
 
 太平洋戦争、敗戦と原爆投下、朝鮮戦争に至る10年間を背景に、早坂の反戦の意思と大林の初心のコラボによって制作された作品に感銘を覚えた。アイデンティティーを追求し、国とは何かを見る側に訴えてくる。ケンはアメリカに忠誠を誓うため軍隊に志願したが、母は終戦前、日系人の収容所で死んでいる。母との思い出の曲「宵待草」が、ケンとケイ子の心を取り結んだ。ケンは弟の治療費を稼ぐため東京で娼婦になっていたケイ子と結婚する。

 朝鮮戦争が始まる頃、症状が悪化していたケイ子は、ケンが戦地に赴くことに反対する。彼女のルーツは朝鮮半島だった。ケイ子の台詞に重なるのは報道写真家、福島菊次郎の著書「ヒロシマの嘘」だ。ABCC(1946年設立、原爆傷害調査委員会)は10億㌦(当時)の巨額な年間予算で、被爆者の健康状態を分析、いや、モルモットにした。その事実ゆえ、ケイ子は広島での入院を拒否する。

 生きていたナオミとケン、そしてジョンとの再会が美しくも儚い結末を導いた。ケイ子、ナオミ、ジョンを繫いでいたのは被爆、被曝体験だ。ジョンは広島訪問とビキニ環礁の実験で被曝し、白血病の症状が表れていた。ナオミとジョンが踊る幻想的な光景、ケンとケイ子の墓碑銘……。至高の愛に心が濡れた。

 ジュリーは神々しいほど輝き、大竹しのぶの可憐さ、小川真由美の妖艶さに瞠目させられた。重厚で繊細な脚本、豪華な俳優たちに命を与えたのは大林らしいシュールな映像感覚だった。大林は後に「僕の正体がばれていた」と本作を振り返っていたという。真っ向勝負の反戦映画とフジとはミスマッチに思えるが、是枝裕和を育んだのも同局である。
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