酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

島田雅彦著「スノードロップ」~皇室がマフィア政権を撃つ

2021-10-06 21:12:35 | 読書
 凱旋門賞でスノーフォールは⑥着に終わった。前稿で紹介したマニック・ストリート・プリーチャーズの14thアルバムの♯1、読了したばかりの島田雅彦の最新作のタイトルに「スノー」が含まれていることに気付き、応援する気になったが、ドイツ馬はノーマークだった。

 「スノードロップ」(新潮社)は皇后を主人公に据えた問題作だが、島田ファンなら「彗星の佳人」、「美しい魂」、「エトロフの恋」から成る<無限カノン三部作>の20年を経た続編と捉えるだろう。<無限カノン三部作>のヒロインは皇太子妃不二子で、モデルが現在の皇后であることは明らかだ。「スノードロップ」の主人公も継続して不二子皇后である。

 <恋とは、恋人たちが想像しえなかった未来に向けられた終りなき願望なのだ。恋は現世では決して満たされることがない彼岸の欲望なのだ>(「彗星の住人」)に込められたように、<無限カノン三部作>には、日本の近現代を背景に、漂流する一族の悲恋の歴史を紡がれていた。瑞々しい言葉が驟雨のように降り注ぎ、ページを繰る指が震えた記憶がある。

 結婚を控えた雅子さんが最も感動した小説に挙げていたのが「ドクトル・ジバゴ」で、<無限カノン三部作>も同作に比すべき壮大な愛の物語だった。「スノードロップ」にも秘められた恋が描かれているが、後景に広がるのは現在日本の政治状況だ。かつての<右派=皇室崇拝、左派=反皇室>の構図は、上皇(平成天皇)、現天皇らによる発言で様変わりした。
 
 内田樹氏が典型だが、世界標準と乖離する日本会議が内閣を支配する現実に、リベラル派は皇室に〝防波堤〟の役割を仮託している。皇室は今や〝護憲のシンボル〟なのだ。国民の多くが女系天皇を容認しているが、安倍元首相ら保守派は反対で、河野氏は総裁選で持論を封印した。「スノードロップ」は不二子妃の願望、<舞子(長女)天皇の誕生はより現実に近づきます>で締められている。

 「スノードロップ」にも描かれているが、皇室のプライバシーが時に物議を醸す。例の結婚問題は解決を見たが、この20年、メディアに叩かれ続けたのが雅子妃と愛子内親王だった。タブーに挑んだのが三遊亭白鳥の新作落語「隅田川母娘」で、現天皇も登場する。「スノードロップ」に出てくる舞子内親王も型にはまらないキャラだ。

 権力を握るマフィア政権に憤りを抑え切れない不二子妃に味方が現れる。侍女キャサリンはリベラルで、世界の有名ハッカーと交流を持つなどIT全般に精通している。舞子内親王もキャサリンを姉のように慕っている。不二子妃は「スノードロップ」のハンドルネームで自身の意見をネットにアップするようになる。

 安倍-菅政権で起きた森友・加計・桜は、人間として裁かれるべき問題だ。レイプ記者が免罪されたり、官僚が奉仕する相手を間違えたりで愕然しているうち、善悪の感覚が麻痺してしまった。ニヒリズムと沈黙という過ちに飼い慣らされている日本人にとって、不二子妃、そして天皇の言動は至極まっとうに思えてくる。

 日本は果たして閉塞状況を脱することが出来るのか。自然科学からグローバルな事情通、そして島田自身らしき作家まで進講者として登場するが、そこで語られる内容に衝撃を覚える。小泉政権が現在に至る流れをつくったというのが常識的な考え方だが、日露戦争時の膨大な借金が日本の死命を制したとの説が展開される。日本が従米策を取るのは100年以上も前に決まっていたのか。

 ジャスミンの協力もあり、不二子妃は制限をすり抜け、夫と協力して米中露の首脳と腹を割って本音で語り合う。明治天皇も昭和天皇も非戦論者だったという辺りは納得出来ないが、個の人間として叛逆し、自由を求めるのは皇族であっても咎められることではない。刺激的でスリリングなポリティカルフィクションだった。
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