つきみそう

平成元年に出版した処女歌集の名

周恩来と田中角栄

2015-05-22 | 学校

 放送大学心理学セミナー昨日の講師は、中国文学の安東先生。テーマは当然論語。その中でも、「仁者」、「知者」、「君子」に絞られました。2014.11.21の続きです。話題の一つは、1972年の日中国交の場面にまで遡りました。中国は前からしたたかだったのです。

 論語 子路篇 二十章の中の一節 「言必信行必果」 (言えば必ず信・・・)を、周恩来は色紙に書いて、中国訪問した田中角栄に贈呈しました。でもこの後に続くのは、「硜硜然小人也」 (硜硜然として小人なるかな)。田中首相の側近は漢文に無知な人ばかりで、これを喜び、有難く頂いてきました。向こうは試すつもりではなかったかと思われます。拒否すればまた別の色紙が用意してあったかも・・・漢文の素養のある側近が一人でもいれば、侮蔑されたことを見破ることが出来たのに・・・

 当時中国は、ニクソンの率いるアメリカとも仲良くせねばならなかったし、日中外交もどちらも必要な時代でした。田中首相と大平外相は、必ず調印しなければならないという使命が、日本側にもありました。このような時代に、周恩来は田中角栄を蔑視していたのです。論語も知らないのかと・・・

テキストの一部 8頁あります

花束贈呈のあとで

食事会 先生は前列右から3人目

コメント (6)
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