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ブレジネフの愚行 バム(BAM)鉄道

『鉄道の歴史』より ブレジネフの愚行

むこうみずな鉄道建設計画が数あるなかで、最もばかげた、そして最もコス卜が高くついたものは全長3700kmのバイカルアムール鉄道だ。シベリア横断鉄道の支線だが、建設の難しさもコストも本家をはるかに上回る。この鉄道はソビエト政権が共産主義の卓越性を世に示すために思いっいた、最も野心的な超巨大プロジェクトのひとっだった(他に宇宙計画、シペリアの川の流れを逆にする計画などがあったが、幸いにも計画段階で中止となった)。バイカル・アムール鉄道は頭文字をとってバム(BAM)鉄道と呼ばれ、完成までに4分の3世紀、建設費用は140億米ドルもかかっている。だが、その価値はいまだにはっきりとは認められていない。

バム鉄道は、ヨーロッパロシアからアジアの太平洋岸までを結ぶ既存のシベリア横断鉄道に代わるルートを提供するのが目的だった。最初に議題に上ったのは1930年代、スターリンの時代だった。ウラジオストクに至るシベリア横断鉄道の一部区間が中国領を通っているため、中国や日本と論争になったことを受け、政府は戦略的代案としてこの鉄道を提案した。1916年にはソビエト連邦内だけを通るアムール鉄道が完成していたが、中国との国境にあまりに近く、攻撃されやすいと見なされたのだ。予測される脅威に対抗するため、スターリン政権は既存のシベリア横断鉄道より800km北を並行に走る新たな路線を建設すると極秘に決定した。シベリア横断鉄道から分岐する地点はタイシェトとし、終点はソヴィエツカヤ・ガヴァニ(ウラジオストクより北で太平洋に面する)と決まったが、途中のルートについては未定だった。

新路線が通ることになる地方は実質上の無人地帯だった。シペリアの住民のほとんどがシベリア横断鉄道から160km圏内で暮らしていたため、この大プロジェクトに取り組む意義には(中国・日本の脅威があったとはいえ)疑問の余地があった。ソビエト政府は五ヵ年計画でバム鉄道の経済目標を発表し、1933年から1937年の第二次五ヵ年計画ではその経済的利点を強調した。鉄道は「ほとんど調査が行われていないシペリア東部を横断し、広大な土地と莫大な富--琥珀、金、石炭--に命を吹き込み、さらには農業に適した多くの土地で作物の栽培を可能にするだろう」と五ヵ年計画は謳った。

現実的な問題はいくらでもあった。スキルの求められる作業であっても新人はほとんど訓練を受けられない。詳細なルー卜が用意されていない。物理的条件も思っていた以上に過酷だ。イデオロギーが絡んでいるだけに、早期の完成をめざして冬の間も作業しなければならないが、気温が-20℃になると作業ができない。そこまで冷え込まなくてもブルドーザーは動かなくなり、斧は砕けてしまう。今までの作業から得たはずの教訓は忘れ去られたようで、線路全体が徐々にぬかるみのなかに沈んでいく。不安定な土地に建てた駅や倉庫は崩壊する。

すでに完成した区間の状態は非常に悪く、列車は速度をおもいきり落とさなければならないうえに脱線もしばしば起きる。タイシェトとティンダ間の188kmを行くのに8時間もかかる。トンネルを掘る大変さも予想をはるかに超えた。10年で全線開通など所詮は夢物語だった。バイカル湖の東方にある全長15kmのセペロムイスキー・トンネル〔ロシア最長のトンネル〕は完成不能かと思われるほどの難関だった。掘削を開始した1977年、地下湖からの水があふれ出た。液体窒素をトンネルの壁に注入して水を凍らせ、内壁をコンクリートシェルで裏打ちするというみごとな方法で解決したものの、完成までに26年も要した。その間に急勾配の迂回路が2本作られたが、どちらを通るにしても時間がかかった。このような状況でありながら、バム鉄道をどうしてもプロパガンダに利用したい共産党幹部は1984年の開通にこだわり、この年に開通式を開催し、建設作業の締めくくりとして黄金の犬釘を打ち込むパフォーマンスまで行った。まったく名ばかりの開通式で、外国人ジャーナリストはひとりも招かれなかった。完成とは程遠い状況なのが明らかだったからだ。

結局、バム鉄道は3回も公式に開通している。ブレジネフは1982年に死去し、1985年に跡を継いだミハイル・ゴルバチョフはプロジェクトを続行させた。当時の建設工事費はすでに国内総生産の1%を吸い上げていた。最初の開通式から7年後、ゴルバチョフはバム鉄道の開通を宣言し、日露間を結ぶ新たな絆となるだろうと豪語した。だが、その時点でも難関のセペロムイスキー・トンネルはまだ完成していなく、数区間は建設資材を運ぶ速度の遅い列車しか通れなかった。ソ連崩壊後に大統領となったウラジーミル・プーチンは2001年、鉄道が完成したと発表した。トンネルが実際に開通したのは2003年である。

バム鉄道はブレジネフの期待に応えていない。農業に適した広大な地が開けるという謳い文句はただの妄想にすぎなかった。シベリアの天候はそれほど厳しい。また、シベリア横断鉄道の負担の軽減にもなっていない。最も混雑するのは分岐駅タイシェトよりも西側の、バム鉄道と線路を共有している区間だからだ。さらに、アジアとョーロッパを結ぶルートとしても実用的な選択肢とはなっていない。

シベリア横断鉄道が帝政崩壊の一因となったように、資金を注ぎ込みすぎたバム鉄道は共産主義体制崩壊の一因となった。コムソモールのボランティアその他の建設作業員50万人のほとんどは、共産主義の理想にも、その壮大なプロジェクトにも深い疑念を抱くようになっていた。約束されていた住宅や車が支給されず、激怒した者も大勢いた。ソ連崩壊後にはボランティア証明書の約束事項の履行を求め、かつてのバム建設作業員たちがデモを行っている。

21世紀には約束の地に人びとを運んでいるというスローガンとは裏腹に、バム鉄道は明らかに暗礁に乗り上げていた。国の指導者の失敗と無力さを象徴するものとして、ソ連時代に国民はこの鉄道を物笑いの種にしていた。バム鉄道の歴史を描いたクリストファー・J・ウォードの『ブレジネフの愚行』は次のようにまとめている。バムの経済的、社会的、文化的な重要性をうんざりするほど繰り返してきたコムソモール、共産党、そしてソ連政府は、国内の若者全体が体制に対する信念を失わないためにはこのメッセージを送る必要があると固く信じて疑わなかった。だが皮肉なことに、鉄道の現実を目の当たりにした若者たちは、ソ連の政治的・経済的システム全般に対する信念を失っていった。
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世界の政治思想50の名著

『世界の政治思想50の名著』より

■自由の哲学--目的としての自由

 01『自由と権力についての省察』アクトン卿(一九四八年)
  政治は、自由を手段としてではなく、それ自体を目的として人民に与えるような道徳基盤に立つべきである。

 02『全体主義の起源』ハンナ・アーレント(一九五一年)
  自然と歴史の「必然的な」力の表れであるという主張によって全体主義運動は存在の根拠を得た。これらの力と比較すると、一人一人の人生はほとんど意味や価値を失ってしまう。

 03『二つの自由概念』アイザィア・バーリン(一九五八年)
  私たちはどのような自由を求めているのか。人びとがありのままにいられる自由か、それとも、人間性や社会に関する私たちの理想どおりの生き方ができるチャンスを、人びとに与える自由だろうか。

 04『隷属への道』F・A・ハイエク(一九四四年)
  計画経済では資源が非効率的に分配されるだけでなく、個人の人生の選択肢が次第に狭められていく。真の民主主義は、自由市場経済を基礎とするべきである。

 05「アナーキー・国家・ユートピア』ロバート・ノージック(一九七四年)
  再分配によって実現される社会正義にはまったく正当性がない。むしろそれは、盗みのようなものである。

 06『開かれた社会とその敵』カール・ポパー(一九四五年)
  社会問題を穏やかに解決する方策を探ろう。自由の余地を残し、すべての責任を国家に押しつけない方策だ。

■認知と権利--平等を求める長い闘争

 07『共産党宣言』カー・マルクス/フリードリヒ・エングルス(一八四八年)
  労働者の搾取と苦しみは、階級構造全体が破壊されるまで終わらない。

 08『女性の権利の擁護』メアリ・ウルストンクラーフト(一七九二年)
  教育を受けなければ、女性はいつまでも二級市民のままだろう。

 09『女性の解放』ジョン・スチュアート・ミル(一八六九年)
  文明の名に値する文明であれば、女性の隷属を正当化できないし、強くありたいと望む文明ならば、女性を隷属させている余裕はない。

 10『マーティン・ルーサー・キング自伝』マーティン・ルーサー・キング(一九九八年)
  大きな変革には指導者が必要であり、最良の指導者は、抑圧された人びとを解放するだけではなく、抑圧する人びとの考え方を変える。

 11『ガーンディー自叙伝』モーハンダース・ガーンディー(一九二七~一九二九年)
  力は、まぎれもなく道徳的な姿勢の上にこそ築くことができる。

 12『自由への長い道』ネルソン・マンデラ(一九九五年)
  人びとは、粘り強く尊厳のある闘いによって解放される。

 13『人間不平等起源論』ジャン=ジャック・ルソー(一ヒ五五年)
  社会は、平穏に暮らしたいという人間の生まれながらの性質を堕落させ、政府は、人びとの権力や富の差を拡大するだけである。

 14『平等社会』リチャード・ウィルキンソン/ケイト・ピケット(二〇〇九年)
  不平等は持たざる者だけの問題ではない。不平等がすべての人の福利を損なうことは、データによって実証されている。

 15『動物農場』ジョージ・オーウェル(一九四五年)
  意図がどんなに高邁なものであっても、ほとんどの革命は、ある支配階級を別の支配階級に換えるだけである。

■行動せよ--政治的行動主義の役割

 16『ラディカルのルール』ソウル・アリンスキー(一九七一年)
  目標を実現させたいなら、ラディカルは権力を理解する必要がある。

 17『コモン・センス』トーマス・ペイン(一七七六年)
  自己決定はすべての個人と国家の権利だが、それを実行に移すには勇気が必要だ。

 18『市民の反抗』ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(一八四九年)
  国民は、政府に押しつけられたいかなる法律よりも、まず、自分の良心に従って行動するべきである。

 19『ジャングル』アプトン・シンクレア(一九〇六年)
  人間が単なる交換可能な生産機械になったとき、社会全体が間化する。

 20『アナキズムおよびその他のエッセー』エマ・ゴールドマン(一九一〇年)
  人間は実りある有意義な人生を送るために、自分で組織を作る能力を持っている。国家、宗教、資本主義は、搾取の枠組みに道徳的な見せかけを与えているにすぎない。

 21『ブランドなんか、いらない』ナオ・クライン(一九九九年)
  公的な領域に侵入する私的な利益に警戒しよう。私たちは市民であって、消費者ではない。

 22『沈黙の春』レイチェル・カーソン(一九六二年)
  きれいな水と空気、そして健康的な土壌は生命の基本である。したがって、環境は間違いなく、最も政治的な問題である。

■地政学--権力はとどまらない

 23『国際政治』ハンス・モーゲンソー(一九四八年)
  国際政治でつねに通用するのは、物理的に影響を与え、物理的に支配する力である。

 24『スマート・パワー』ジョセフ・S・ナイ(二〇一一年)
  現在の世界では国の力は拡散しつつあり、もはや軍事力だけがその源泉ではなくなった。最高のストーリーとアイデアを持つ国が勝つのである。

 25『大いなる幻想』ノーマン・エンジェル(一九一〇年)
  経済統合が進んだ現代では、先進国同士の戦争には何の意味もない。

 26『戦争論』カール・フォン・クラウゼヅィッツ(一八三二年)
  戦争は、その心理的な側面のために決して学問にはなりえず、また、政治の延長としても使い勝手の悪い道具である。

 27『文明の衝突』サミュエル・P・ハンチントン(一九九六年)
  二十一世紀には、文化、宗教、経済が国際紛争の主因になるだろう。

 28『大国の興亡』ポール・ケネディ(一九八七年)
  経済大国は、同時に軍事大国になる傾向があるが、やがて軍事支出が増加し、民間への投資が抑制され、結果的に国力が衰退するという悪循環が生じる。

 29『アメリカ後の世界』ファリード・ザカリア(二〇〇八年)
  新興国の時代になってもアメリカの政治的優位は変わらない。アメリカという国の力は経済力によって支えられているからである。

■政治的リーダーシップ--理想と実現

 30『決定の本質』グレアム・T・アリソン/フィリップ・ゼリコウ(一九七一/一九九九年)
  政治的な行動は、多数の行為者と利害関係のかけひきによって決定されるが、さまざまな選択肢の中から最善の道を選ぶには、やはり秀でた指導者が必要である。

 31『大統領の陰謀』カール・バーンスタイン/ボブ・ウッドワード(一九七四年)
  法律や制度以上に、政府の腐敗を防ぐ最もよく知られた手段は、報道の自由である。

 32『第二次世界大戦』ウィンストン・チャーチル(一九四八年)
  最高の政治指導者とは、今起きている出来事を歴史的観点から見ることができる者である。

 33『サッチャー自伝』マーガレット・サッチャー(二〇一三年)
  成功した社会は個人の繁栄の上に築かれる。個人の自由が制限され、国家があらゆる困難を解決するべきだと考えられているような社会では、これは実現しない。

 34『プロパガンダ』エドワード・ーネイズ(一九二八年)
  プロパガンダは本来、善悪とは無関係な説得の技法であり、善意にも悪意にも応用できる。現代社会でプロパガンダの効果を発揮させるためには、その技術を学ぶ必要がある。

 35『ゲティスバーグ演説』エイブラハム・リンカーン(一八六三年)
  自由と平等のもとに建設された国は、結束して試練や苦難を乗り越え、決して滅びることはない。

 36『三民主義』孫文(一九二四年)
  現代の中国の成功は、共産主義に先行する民族主義の復活から生まれたものである。

■政府と国家--善、悪、そして醜悪

 37『クリトン』プラトン(紀元前四世紀)
  市民であることによって、私たちは国家と契約を結ぶ。他国に移住しない限り、国法に異議を唱える権利はない。

 38『政治学』アリストテレス(紀元前四世紀)
  国家の目的は、市民の幸福と崇高さを達成することである。

 39『フランス革命の省察』エドマンド・バーク(一七九〇年)
  革命はつねに「民衆」のための新たな時代の始まりという名目で遂行されるが、古い体制の破壊は社会に無秩序をもたらし、独裁者を生む原因にもなる。

 40『孟子』孟子(紀元前三世紀)
  帝国の力と寿命は、仁政と、人民と国家のよい関係によるのであり、征服や拡張によるのではない。

 41『リヴァイアサン』トマス・ホッブズ(一六五一年)
  権威主義的な支配のもとでは、人生は完全ではないかもしれない。しかし、自由をいくらか失う代わりに、秩序と身体的な保護が得られる。

 42『統治二論』ジョン・ロック(二(八九年)
  人間は、自分の生命、労働、財産に対して自然権を持っており、どんな統治者もそれを奪うことは許されない。

 43『ディスコルシ』ニッコロ・マキァヴェッリ(一五三一年)
  国民にある程度の自由を許容している国は、管理された均質な国に勝る。

 44『アメリカのデモクラシー』アレクシ・ド・トクヴィル(一八三五年)
  民主主義国家は、貴族的な洗練の欠如を自由と正義で補っている。

 45『ザ・フェデラリスト』アレグザンダ・ハミルトン/ジョン・ジェイ/ジェイムズ・マディソン(一七八八年)
  人民の代表と、強力な行政権と、独立した司法制度を持つ統一された共和国は、緩やかな州の連合よりも本質的に安定しており、より繁栄する。

 46『収容所群島』アレクサンドル・ソルジェニーツィン(一九七四年)
  イデオロギーが全国家的な権力と結びついたとき、残虐性と不正は避けられなくなる。

■未来はどこへ……

 47『国家はなぜ衰退するのか』ダロン・アセモグル/ジェイムズ・A・ロビンソン(二〇一二年)
  貧しい国々には共通点がある。それは政治制度がうまく機能していないという点だ。すぐれた政府が持つ安定性と公明正大さがなければ、富を創造するインセンティブは育たない。

 48『国家興亡論』マンサー・オルソン(一九八二年)
  安定した社会には、時とともに利益集団が生じ、それらは構成員を守るために何でも行ない、社会全体を犠牲にすることもいとわない。

 49『増税よりも先に「国と政府」をスリムにすれば?』ジョン・ミクルスウェイト/エイドリアン・ウールドリッジ(二〇一四年)
  リベラルな民主主義はやや魅力を失ってしまったが、福祉国家をスリム化し、個人の自由を尊重しなおすことによって、再び世界の模範となりうるだろう。

 50『歴史の終わり』フランシス・フクヤマ(一九九二年)
  リベラルな民主主義は、政治組織の中で唯一長続きする形態である。なぜならこの形態は、自由と認知を求める普遍的な願望に基づいているからだ。
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「平等」と「幸せ」の定義

未唯へ

 やはり、気にするのは間違っています。そのロジックです。理論です。

「平等」と「幸せ」の定義

 多様性と「平等」をどうつなげるか。「自由」の次です。何しろ、現在の民主主義にはグローバリズムと多様性が存在する。それを否定した平等--均一な世界はあり得ない。生きてこない。

 座標系を決めて、その中にいるのではなく、点から発想して、空間を作り、それで全体を決めていくという、トポロジーの考え方をどのように人類に応用していくのか。いかに多くの人を幸せにするのか。幸せの定義、平等の定義。そのために分化すること、覚醒すること。それがまず、来ないといけない。

 リーダーに従うことで、平等になることはあり得ない。それは単に無責任になるだけです。

 資本主義で格差はなくならない。格差は根本的な課題です。根本から変えないといけない。そこで革命が起こる。革命の意味を間違えて、とりあえず転覆させることだけではすまない。先を読んでおかないといけない。空間を変えていかないといけない。

私有をなくすことは正しい

 私有をなくすことは正しい。なぜならば、それは不要だから。現にインフラは私有ではない。公共交通機関は私有ではない。目的は持つことではなく、使うことにすることで、私有の考えが根本から変わってくる。車を持つことではなく、移動することにする。
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ラディカルのルール コミュニティ・オーガナイザー

『世界の政治思想50の名著』より

コミュニティ・オーガナイザーの養成

 アリンスキーは民衆による住民組織化運動を指導し、中流階級の女性活動家からカトリックの司祭、ブラックパンサー党の黒人民族主義者、ラディカルな思想家まで、あらゆる人びとを指導した。活動家、すなわちオーガナイザーの生活は楽ではない、とアリンスキーは警告している。活動には昼も夜もなく、多くの場合、努力が実らないように思えるからだ。

 アリンスキーはリーダーとオーガナイザーを明確に区別している。リーダーの仕事が最終的に当人の利益になる場合が多いのに対し、オーガナイザーは他者に力を与えることを目的に活動する。オーガナイザーに不可欠な性質の一つは、民衆とコミュニケーションを取り、やる気を出させる能力である。そのためにはユーモアの発揮が欠かせないが、アリンスキーに言わせれば、反体制的な世代でユーモアの使い方を知っている人はきわめて少ない。真のラディカルは、保守層に心を開いてもらうためなら、長髪をばっさり切るのもいとわないはずだとアリンスキーは言う。一般大衆は、民衆煽動家と彼らの声高な主張にはうんざりしているので、抗議運動をしている人びとが何を要求しているのかを、わざわざ知ろうとしてはくれない。また、アリンスキーは抗議運動の一環として星条旗を焼いた一九六〇年代の活動家を批判している。国旗を焼くような行為は孤立を招くだけである。攻撃は星条旗ではなく、星条旗が象徴するアメリカの理想にふさわしくない個々の政治家に向けられるべきだ、とアリンスキーは主張している。

 よりよい成果を上げたければ、オーガナイザーは積極的に想像力を駆使して、相手の立場に立つ必要がある。「歩み寄り」は汚らわしい言葉ではなく、むしろ自由で開放的な社会を作るのに役立つものだ。歩み寄りのない社会は、全体主義に陥るだろう。「何もないところからスタートして百パーセントを要求し、三十パーセントのところで歩み寄れば、三十パーセント進歩したことになる」とアリンスキーは述べている。

 オーガナイザーは自らの論点を明確に認識する必要がある。目的を達成するためには、自分が取り組んでいる運動が百パーセント正しく、反対側は完全に非倫理的であるとまず自分が信じ、他人にも信じさせなければならない。たとえば独立宣言に署名したアメリカ合衆国建国の父は、懐疑的な各州と植民地をまとめて一つの国家にするために、道徳的優越性を感じさせる必要があった。そのために、独立宣言ではイギリスが行なった善行に一言も触れず、悪行ばかりを指摘したのである。

 こうした理由から、オーガナイザーは二面性を持だなければならない。自分たちは完全に正しい側にいるという信念を持ちながらも、物事を成し遂げるために、実際の交渉では歩み寄りを心がけるのだ。

活動家は行動せよ

 アリンスキーは、目的は手段を正当化するのかという問いにも、臆することなく答えている。アリンスキーによれば、昔から繰り返されてきたこの問い自体には意味がない。目的と手段の倫理的問題に関しては、ある特定の目的が、ある特定の手段を正当化するかどうかを個別に判断する必要があるのだ。人生は欲しいものを手に入れるための妥協の連続であり、どこかで自分をごまかさなかった人間はいない。「邪悪を恐れる人間は、人生を恐れる」とアリンスキーは述べている。活動家は自分の良心よりも、人間にとって何か最善かを優先して行動しなくてはならない。自分の良心に忠実であろうとする人は、自分の代わりに民衆が邪悪になってもかまわないと考えているのである。不正行為を気にかけていては、非倫理的な行動のほとんどが実行できないだろう。

 アリンスキーによれば、目的と手段の倫理には次のような法則がある。ある問題に直接関わっている人間が少なければ少ないほど、彼らはより道徳的に対処しようとする。関わる人間が多くなるにしたがって道徳的に微妙な点に良心の呵責を感じなくなり、物事を成し遂げることにもっと集中するようになる。

抗議する権利

 オーガナイザーとして、私は自分がこうあってほしいと願う世界ではなく、あるがままの世界、すなわち世界が今置かれている状態からスタートする--とアリンスキーは言う。ラディカルは「自分の意志を貫く」ために社会からドロップアウトするのではなく、「制度」を変えるために、制度の中で活動しなくてはならない。民衆自身に物事を変えようという決意がなければ、継続的な革命は起こせない。民衆に改革の意欲がないまま行なわれた革命は、ソ連や毛沢束の中国のように、ただの独裁に終わるだろう。自分にとって大事な問題に積極的かつ定期的に参加しつづけることは、市民としての権利であると同時に、責任でもある。民主主義社会の市民としての責任を果たさない人は、市民のアイデンティティのみならず、人間としてのアイデンティティも失うだろう。

最後に

 アリンスキーがこの本の執筆を始めたとき、アメリカでは社会改革について書かれた本はまだ珍しかった。当時存在したラディカルの書き手は、たいてい共産主義者か、さもなければその対極に位置する体制礼讃派だった。アリンスキーは、すべての「持たざる者」が世界を変える力を持てるように、資本主義でもなければ共産主義でもないメッセージを伝えるためにこの本を書いた。今日では、左派のオキュパイ運動ばかりでなく、右派のティーパーティー運動も、おそらくアリンスキーの流れをくんでいると考えられている。実際、ティーパーティー運動の活動家は『Rules for Patriots(愛国者のルール)』と題する彼らの手引書にアリンスキーの教えを取り入れている。

 『ラディカルのルール』には時代を超越した価値がある。なぜなら、この本は特定のイデオロギーを提示するのではなく、世界を変えたい人のために、その方法を伝えるものだからだ。アリンスキーは独断的な主張を「人間の自由の敵」と呼んで批判し、どんな革命的な運動においても、ドグマがはびこっていないかどうかに注意する必要があると警告している。いかなる残酷さや不正も、誰かの真理の名目で正当化される可能性がある。この本は権力そのものについて、非常に重要なメッセージを伝えている。それは、何かを達成するためには権力について熟知している必要があるが、権力は誤った使い方をすれば、私たちが理想として追い求めるものを堕落させ、破壊する恐れがあるということだ。
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平等社会 平等を目指す政治

『世界の政治思想50の名著』より

健康と社会的費用

 ウィルキンソンとピケットが調査から得た、不平等が大きくなると健康および社会問題も拡大するという見解は、国同士の間だけではなく、国の中でも当てはまることが明らかになっている。ルイジアナ、ミズーリ、アラバマは、アメリカ国内で最も所得分配が不平等な州だが、同時に、健康および社会問題においても最悪である。一方、ニューハンプシャー、バーモント、ユタは所得格差が比較的小さく、健康および社会問題も最小にランクされている。驚くべきことに、アメリカの同じ地域に暮らしていても、貧しい黒人と豊かな白人では、平均余命に二十八年もの開きがある。

 多くの国々で、仕事の地位が低いことと健康状態が悪いことは強く相関している。どの国にも地位の低い仕事はあるが、適切な最低賃金が設定されていれば、仕事の心理的影響は相殺される。所得格差が小さい国は肥満の人の割合も小さい。たとえば、アメリカでは成人の三十パーセントが肥満なのに対して、日本ではわずか二・四パーセントである。肥満は、その人の収入や教育レベルよりも、本人が自分の社会的地位をどう感じているかと密接に関係している。ストレスを受けると、人は食べることに慰めを求め、特に、糖や脂肪を多く含んだ食品を好んで食べたり、アルコールの量が増えたりする。

 不平等が大きい国ほど、教育の到達度は低くなる。世界中の十五歳の生徒を対象に行なわれる「国際学習到達度調査(PISA)」では、概して、社会的な不平等が激しい国ほど数学と読解力の総合点が低くなるという結果が出ている。アメリカの読解力の平均点が低いのは、社会経済的環境が悪い子どもたちの得点が全体の成績を引き下げているからである。福祉サービスに長い歴史があり、不平等が小さい国は、読解力における社会的な差が少ない。

 十代で妊娠する女性の割合も、不平等が大きい国ほど高く、アメリカの中でも、所得格差が大きい州ほど高い。十代で母親になると、通常のキャリアパスから外れ、社会との関わりも少なくなる傾向があるため、もともと置かれていた低い社会経済的地位が固定化されやすい。

 不平等の大きさと殺人の発生率の間には、さらに明確な相関がある。百万人あたり六十四人というアメリカの殺人発生率は、イギリスの四倍を超えており、日本の十二倍に上る。アメリカ国内では、百万人あたり百七人というルイジアナの殺人発生率はニューハンプシャーの七倍である。不平等が著しい国や州は収監率も高い。

 社会の流動性については八カ国のデータしかないが、(アメリカンドリームという神話に反して)最も低いのがアメリカで、次いでイギリス、中間がドイツであり、社会階層を上がるチャンスが最も高いのはカナダとスカンジナビア諸国である。

われわれすべてに影響がある

 「実は、格差が大きくなると社会の大多数の人が結局より大きな損害をこうむるのである」とウィルキンソンとピケットは言う。不平等が大きな社会では、貧しい人びとだけではなく、全員について「収監率は五倍、臨床的に肥満と診断される人の数は六倍、そして殺人率も何倍も違う」。こうした国では、たとえ最貧困層を計算から除外しても、残りの人びとのそれらの要素は、より平等な社会の全体よりも高い値を示す。

 『平等社会』を批判している人びと、たとえば『The Rise of the Equalities Industry(平等産業の成長)』の著者ピーター・ソーンダーズは、アメリカにおける不平等と社会問題の明確な相関のほとんどは、犯罪の真の原因が人種であることを隠す「政治的に正しい」方法なのではないかと示唆する。犯罪の最も妥当な予測因子は、不平等それ自体ではなく、アメリカ各州の黒人人口の大きさだとソーンダーズは言う。これに対して、ウィルキンソンとピケットは、アメリカの白人の死亡率だけを取っても、総じて他の多くの国々よりも高いと指摘する。どの教育レペルにおいても、アメリカの白人男性は、同じ収入のイギリスの白人男性に比べて、糖尿病、高血圧、肺疾患、心臓疾患になる率がはるかに高い。この事実は、人種ではなく、社会そのものの特質の中に、社会および健康問題の予測因子があることを意味している。

平等を目指す政治

 不平等の拡大は、単に、テクノロジーと人口構成の変化によって自然にもたらされたのだと考える人がいるかもしれないが、ウィルキンソンとピケットはそれを否定する。原因は、労働組合の弱体化、税と給付によるインセンティブの変化、右傾化など、政治状況の変化にあると彼らは言う。その結果、賃金格差が拡大し、税の累進性が下げられ、最低賃金が無視され、給付がカットされる等々のことが起きている。不平等は完全に政治がもたらすものであり、逆に言えば政治によって変えられるのである。

 二〇〇七年には、アメリカのトップ企業三百六十五社のCEOがその会社の平均的な労働者の五百倍以上の賃金を得ていた。つまり、CEOが労働者の年収を超える金額を一日で稼いでいたということだ。ウィルキンソンとピケットによれば、二〇〇七年の賃金格差は一九八〇年の約十倍になっているという。

 ただし、平等を求める議論は、かならずしも大きな政府を必要とするものではないと彼らは主張する。スウェーデンと日本はともに社会および健康問題が少なく、死亡率も低いが、平等を達成する方法は異なっている。スウェーデンが再分配と大きな社会保障制度によるのに対して、日本は税引き前所得の平等性を高めるという方法によっている。さらに、GDPに占める公的な社会支出の割合と、社会問題や健康問題の指数とは「全く相関していない」と著者は言う。それらの問題が起きないようにするために政府が多額の支出をする場合もあるし、問題に対処するのに多くの費用が必要になることもあるが、どちらにせよ、根底にある問題は、不平等である。

 ウィルキンソンとピケットは、デューク大学とハーバード大学が実施した、見出しのない三つの円グラフを被験者に見てもらうという調査を取り上げる。第一のグラフは、人口の五分の一ずっが、他と同じ量の富を持っている状態を示し、第二は、アメリカの、きわめて不平等な富の分配を反映し、第三のグラフはスウェーデンの富の分配を表している。被験者が裕福でも貧乏でも、共和党の支持者でも民主党の支持者でも、およそ九十パーセントがスウェーデンのような富の分配の国で暮らしたいと答えた。

 自由市場、小さな政府、個人の責任といった価値を信じることと、多くの人びとが置き去りにされる国に暮らし、そのイデオロギーに伴うコストを負担しなければならないことは別なのである。

最後に

 ウィルキンソンとピケットは、歴史は高い平等性へ向かう長い動きであり、「人類史を流れる川」だと考えている。その川は、国王の支配に制限を設けてゆっくりと民主主義を前進させ、法の前の平等を原則にして奴隷制度を終わらせ、選挙権を女性と無産者に拡大し、医療や教育を無償で提供し、労働者の権利と失業保険を拡充し、貧困の撲滅のために力を注いでいる。この流れに異を唱えるのは困難だし、本書に引用されている、専門的評価を受けた何百もの研究が、不平等の害を指摘していることに反駁するのは難しい。

 しかし、彼らが「長らく進歩の大原動力だった経済成長は、富裕国では、おおむねその使命を終えつつある」と述べているのは少し言いすぎに思える。貧困層を中間層に変え、政府が再分配を切望している富を生み出せるのは、やはり経済成長なのではないだろうか?。

 一九三二年から一九四六年までスウェーデンの首相を務めたペール・アルビン・ハンソンは、階級なき社会を作るというビジョンを持ちつづけ、それをほぼ実現した。スウェーデン人は、アングロサクソン系の国に多く見られる、さらに自由な経済や社会的原子化を望んではおらず、今あるレベルの市民的自由が適切だと思っている。スウェーデンの例が市民的自由の否定や共産主義の兆候ではないことを示せるならば、平等というアジェンダは、二十一世紀の政治においてミルトン・フリードマン流の経済的自由主義に代わる原理として、重要な役割を果たす可能性が高い。

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