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未唯への手紙

未唯への手紙

サファイアの世界から去る!

2012年05月17日 | 1.私
パートナーはサファイアの世界から去る覚悟を決めたみたいです。あんな形でパージされたら、それもありでしょう。

本当は半年前にそれが起こるかなと、ビクビクしていた。環境塾の発表会の時は状況を気にしていた。実をいうと、2年前からの懸念事項です。当時は別の仕事を行っていた。その時は共通の敵が居たから、心強かった。

1年前にも、ネットワークはやらないと言われたので、次期ネット計画そのものを破棄しようとした。パートナー不在では、推進がムリなのは分かっていたので、その判断をした。その後、戻ってきたので、去年の7月より開始した。今に至って、その判断が間違っていないことが分かった。Hの立場に立った、展開計画ができ上った。

2年前には、次期ネットの上に何を乗せるのかをHに聞きまくっていた。それをH要望として、まとめた。その夢をパートナーに語った途端に、重荷になって、先程の発言になった。ずっと、確執のなかにいます。

次期ネットの上に何を乗せるのか重要な時に、パートナーの意思でサファイアから離脱を決めたのはかなりの衝撃です。ネットワークを敷設するするのは目的ではない。その上に何を乗せるのかを、Hの立場から考えて行こうというのは、ずっと行ってきた。ネットワークだけでも反発していたので、その先のことは考えられない状態が続いてきた。
IP電話だけはS判断だったので、やってきたが、店舗での無線環境、大容量通信などはなかなか認知されてこなかった。それらも徐々に、パートナーの口から、飛び出てくるようになった。私としては、次期ネットの展開と合わせて、ネットワーク管理部署と計画を立ててくれるモノと思っていた。システム構成は専門家に任せればいいが、Hの立場での展開にはパートナーのファシリテーション能力は欠かせない。それを仕事にしてもらいたかった。

パートナーの努力とか成果を私以外認めていない状況では、仕方ないのかなと反面、思っています。このシステムを作る部署で、Hへのファシリテーション能力は見えないのは確かです。

実際、ネットワーク会社は単に展開するのに、ファシリテーターはうるさい存在と感じることもあるでしょう。社内のネットワーク管理部署は、Hレベルのことには関心がない。肝心のSはそんなものはネットワーク会社に任せろ、というスタンスです。その結果、Hが困ること、不信感になり、その先が見えなくなることには関心がありません。よく、この環境でサファイアがやってきたものです。

パートナーもそれを感じて、去る覚悟を決めたのかな。

サファイアの世界を固定してしまえば、維持管理の人に任せられる。企画部分はメーカーでの作成だけに限定すれば、パートナーは必要なくなります。そう感じたのでしょう。スケジュールを見ると、「資料作成」で埋めています。引き継ぎ資料作成に掛るのでしょう。
私以外から認められていない仕事はイヤだというのは理解できます。組織はそこを突いてきました。「ずっと、同じ仕事をしているから、変わりなさい」と。仕事の成果を認めていたら、サファイアを進化すると見ていたら、後任を考えるはずです。組織には、その発想がなかった。認めていないからとパートナーが感じた。それも去る理由でしょう。
維持管理部署には、ファシリテーションとか、先を考えることはありません。それらがないと、ネットの上のアプリケーションを吸い上げることはできません。淡々とネットの敷設が進むだけです。「メーカーから言われたから、工事させてください」とネットワーク会社は進めていきます。トラブルを維持部署には、報告もしないでしょう。報告されても放置されるだけですから。

私の夢がなくなったということです。私の夢がなくなったということです。死ぬ時と同じです。いつかは来るものです。こんな形になったのはいがいです。

Sには、「ネット設置、その後�」を申し入れます。私が納得するまで、何回でも行います。先を考えられる人間を手配するか、ネットワーク会社とかネットワーク管理部署に設けさせます。ネットワーク会社の販売店への権限を増やしましょう。メーカーにネットワークの核がない以上、それ相当の手を打ちます。ポータルとかライブラリもその範疇に入れ込めるかも打診します。

もう一つは、パートナーの仕事を認めた上での後継を求めます。後継の能力を判定するのは私です。10年間やってきたから、愛着はあるけど、パートナーでなくてもいいところまで確認していきます。

パートナーの性格に合わせて、進め方も決めてきた。一時期に私の夢を述べたら、反発されます。個別にすると同時に、パートナーからの発案まで待ちます。一つずつ、やってきた、かなりのことができた。よく、ここまで来れたと感じると同時に、夢を共有する味方ができなかったのも確かです。

パートナーが次にやることを考えるのをずっと待っていた。販売店のことを考えるから、必ず、気づくし、それをやろうとします。その確信があったが、時期は不明だった。それがパートナーへの感覚です。黙って、見ていた。その間に全ての答を準備してきた。あとは尋ねてくれれば、動けるようにするために。

パートナーが居なくなるのであれば、全てのタガは外します。直接、行動をしていきます。ネットワーク会社にも商売させます。先方の役員に申し入れます。無線環境の展開にしても同様です。当室にも、人が要ります。それをSに認めるまで、申し入れます。
そこまで、気分を盛り上げた所で、これらの前提のパートナーの覚悟を確認するフェーズがいるのに、気づきました。明日、部屋を確保して、1時間のヒアリングです。過去にも、同様のことをしたが、本当にイヤな思いになります。どういう顔をするかは見えています。だけど、パートナーは決して逃げないです。すごいものです。私は逃げたいけど。
多分、今回が最後になるから、私のわがままを聞いてもらいます。その後に、Sとの第2回の申し入れです。

4.8「内なる歴史」

2012年05月17日 | 4.歴史
未唯へ

 めまいの寸前です。手足の震えの予感です。ゆったりしましょう。

 完全にめまいです。今日は早く帰って、寝るしかない。多分、寝不足だけど、これは寝ても直らない。今週の睡眠時間は少ないです。昨日も11時半に寝たけど、2時半には起きて、ゴソゴソしていた。

 昨日はパソコンの入力に時間を掛けすぎました。睡眠は11時半です。

 家に帰ったら、豊田市図書館の本の残りを片付けます。

未唯空間のロジック詳細見直し

 未唯空間で大きくロジックが変わっているところは、もう一度、確認します。これは頭を使う部分だから、めまいの危機が終わった後にします。

2年間の変化

 2年前にヒアリングしたHの社長が来ます。この2年間で、私のネットワークに対する考え方をかなり変わりました。以前は、大量データのターゲットを探していた。

 地域との関係、その中に入り込むことがHが生き残るための手段というのはヒアリングで確認できた。

ローコスト・ローエネルギー

 今後の世界は、ローコスト・ローエネルギーを具体的に地域から具体的にしないといけない。エネルギーを使わない工夫を、地域でどう対応させるのか。個人で行うと、1500兆円の個人財産を狙われるだけです。

 これが1/3もなくなれば、日本は攻撃されます。ギリシャ以上のターゲットです。そろそろ、ギリシャの姪に連絡を取りましょう。今の情勢を知りたい。

ギリシャの状況

 ギリシャこそ、地域から変えていかないとダメです。ドイツ・フランスを頼って、ギリシャ人の価値観を変えるわけにはいかない。日常の価値観がまるで違います。

 自分たちの価値観を大切にしながら、自分たちのお金を有効活用して、地域から変えていくかです。これなら、南欧諸国にも適用できます。

 ギリシャの市民生活はユーロをタンス預金をしている。それを狙って、個人宅に強盗が入る.その繰り返しみたいです。1月に一時帰国した姪からの情報です。

 姪も、日本にユーロを持ってきて、実家にタンス預金している。その価値は上がったり、下がったりしている。個人レベルのタンス預金では、自分たちの生活はドンドン崩壊するだけです。ユーロ離脱する価値下落が市民に対する脅迫に使われている。市民に対して、緊縮を押し付けている。

 ギリシャにはソフィアがあります。本来、自分たちで考えればいい。行動する前に考えることが重要です。すぐに行動する気質みたいです。アメリカが憎いとスタバを焼き討ちするし、行政が問題あると、建て屋を占拠している。

 ギリシャを見ていると、国として、お金がない。緊縮財政という名前で市民のお金を当てにしようとしている。ギリシャ市民はそんな国のために、お金を使うことはしない。

絶対的存在

 絶対的存在に対して、あなたは正しい。基本スタンスです。

4.8「内なる歴史」

 歴史が変わるときに、日本だけが何も変わらないということはない。個人資産という幻想で国債を持っています。個人資産がなくしたら、ギリシャ以上の状況になります。そこから離脱するシナリオを未唯空間歴史編で描きましょう。

 それが4.8「内なる歴史」の分担になります。「内なる」とは、全て自分の中にあるから、自分で決めることができます。

 一番最後に、事例を入れます。対象国はギリシャ、エジプト、中国、日本です。日本に対しては厳しいものになります。

 最初は、国がなくなることのシナリオです。国がなぜ、必要だったのか.それがなくなることで何が助かるのか。イメージとしては、フィンランドのハメリンナ市です。環境学習設備で、EUとつながり、バルト三国で共有の悩みを持つ都市とつながり、湖の環境保全をキーにして、市民とつながる。そこには、フィンランドという国は出てきません。

 国というものは国土という財産とか企業・市民からお金を集めで、全体効率を求めることです。だけど、母体のお金はなくなっています。原資は生活維持のための市民のお金です。

 国がなくなったらどうなるか。一つにはEUのような形で集まることだが、その時に必要なのは同一価値観です。

 中国は別なシナリオが考えられる。分割せざるを得ないけど、全体がバラバラになっては意味がない。アメリカも州という単位で分割されています。

地域の主体性

 主体を地域に持っていけるかどうかと、それに耐えられる地域がどのようなものになるかです。地域の自主性と横のつながりです。

トポロジーのアプローチ

 そういうことを考えると、どうしても位相構造が出てきます。従来の国というデカルト平面に対して、近傍系というローカルで成り立つ空間。そこで必要なものとしての基準系、横の連鎖系。後は、近傍系での枠組み。

なぜ、変わらないトいけないのか

 なぜ、そう変わらないといけないのかも、最初にまとめます。ベースは皆が生きていけるにはどうしたらいいのかです。これは環境問題、人口問題などのグルーバル課題に共通するものです。

 国は組織です。組織がなくても済む方法、ないことで済むことの成立条件。以前は国は存在するのが当たり前だった。そのときから何が変わってきたのか。最大の課題は、国がない状態、新しい政治形態が維持できるかどうか。

自動車産業もすでにサービス産業だ

2012年05月17日 | 5.その他
『ゼミナール 日本経済入門』より 終章 環境立国への道

ストック活用社会への転換

 自動車産業もすでにサービス産業だ

  今をときめく自動車産業も、産業としてとらえるとすでにストックを上手に使いこなすサービス産業に実態は変わってきている。日本の自動車産業の市場規模は約三五兆円(二〇〇四年)に達している。売り上げ構成比をみると、ハードである新車の売り上げは約一一兆円で市場全体の三割を占めるに過ぎない。これに対し残りの七割がサービスである。具体的にみると、修理などのアフターケアが約一〇兆円、中古車販売約五兆円、保険・金融・リースが九兆円を占めている。自動車が普及段階にある時は、新車の売り上げ比率は八~九割を占めていたものである。

  なぜこのようにサービス部門の売り上げが全体の七割近くまで占めるようになったのだろうか。その理由は日本の自動車産業が成熟段階に差しかかっていることと無縁ではない。

  日本の自動車保有台数(ストック)は、現在約八○○○万台弱である。それに対しフローとして毎年積み増しされる自動車台数(新車販売台数)は五〇〇万台弱だ。一方、推定廃車台数は約四〇〇万台である。このことは日本国内では、自動車がすでに飽和状態近くまで普及し、廃車を買い替える、買い替え需要に支えられた生産に移行してきていることを物語っている。

  自動車の性能が向上し、使用期間が長くなっていることもストックの割合を高める要因になっている。ストックとして大量に存在する自動車をうまく使いこなすためのサービスヘの需要は当然高まってくる。故障しても修理すれば十分使える、自分は厭きてしまったが中古市場に回せばまだ十分使える、修理のためには自動車保険も必要だ--このように一度生産された車を長く使いこなすために必要な様々なサービス需要が拡大し、それがビジネスとして成立しているのが現状の自動車産業の姿である。数字は少し古いが、自動車産業の規模や売り上げ構成比は現在と比べて、あまり変わっていない。

グリーン成長への道

 デカップリング政策の内容

  序章で指摘したように、日本が低炭素型社会を目指すためには、デカップリング政策を積極的に推進していかなければならない。図12-5は、デカップリング政策の具体的内容を書き出したものである。

  デカップリング政策とは、化石燃料の消費、別の言い方をすればCO2の排出量を減少させながら一方で右上がりの経済成長を実現するための新しい経済戦略である。

  デカップリング政策は大きく次の四つに分類できる。

  第一はイノペーション(技術開発)の誘発。省エネルギー、新エネルギー、資源リサイクルなどのグリーン産業分野でブレークスルー(現状打破)を伴うイノベーション(技術革新)を誘発する政策。

  第二は新制度設計の導入。環境税や新エネルギーの固定価格買取制度、キャップ&トレード方式によるCO2の排出量取引制度の導入など、制度面からイノベーションを誘発、刺激する政策。

  第三が需要面からのエネルギー抑制策としての節電革命。

  第四が自然再生。環境保全型の公共投資や農林水産業の復活を通して、破壊された自然環境を再生する政策。

新しい日本人の登場

2012年05月17日 | 4.歴史
『ゼミナール 日本経済入門』より 終章 環境立国への道

バブルが壊れた後、日本は「欧米に追いつけ、追い越せ」に代わる新しい国家目標を打ち立てることができず、二〇年近く、時代の流れに翻弄され、経済は低迷し続けた。

混乱に翻弄された一年だったが、目を凝らしてみると、これから日本が進むべき道がはっきり見えてきたように思う。津波で家を押し流され、家族を失った被災地の人々が悲しみをこらえ、手を携えて地元の復旧、復興に黙々と取り組んでいる姿を見ると、高度成長期以降、日本社会から消えてしまったように見えた助け合いの精神、人と人の絆、郷土愛(コミュニティースピリット)が根っ子の部分でしっかり生き残り、脈々と息づいていることがわかった。

資源循環型社会の選択

 しかし自然の利用が増えれば増えるほど、どこまでも満足度が高まるわけではない。B点の右側の世界になると、自然の利用が増えれば増えるほど、逆に満足度が低下してしまう。地球の限界が露わになった現在の私たちはC点の周辺近くにいると思われる。C点での満足度鴇は、B点での満足度私より低下しているのがわかる。

 なぜこのような現象が起こるのだろうか。C点では限度を超えて自然を利用し過ぎたため、たとえば森が人々に与えてくれる安らぎや癒し機能が大幅に失われてしまっているとか、大気や水質汚染などの公害の発生による健康被害、地球の温暖化、さらに天然資源の枯渇などが顕在化して、生活の満足度が全体として低下してくるためである。

 B点の右側の世界では、左側の世界で許されたエネルギー、資源多消費型のライフスタイルや大量生産型の経済システムを続けることができない。もしそれを続ければ、地球環境はますます悪化し、資源も底を突き、人類の生存条件が大きく失われてしまうだろう。B点の右側の世界で持続可能な生活を続けるためには、B点の左側の世界とはまったく異なった思想、理念に基づく行動様式が求められる。そのためには、これ以上の自然の利用はできるだけ控える、エネルギーや資源を大切に使う、これ以上環境を悪化させないーなどを基調とした社会、つまり資源循環型社会を目指さなければならない。

「足るを知る」価値観が必要

 B点の左側の世界では、「人間の欲望は無限」を前提にしているが、右側の世界では、「足るを知る」という新しい価値観を人々が共有することが大切である。

 地球は有限であり、そこに存在する石油などのエネルギーや様々な金属資源もまた有限である。有害物質を自然界に際限なく捨て続ければ地球環境は急速に破壊されてしまうし、資源を無制限に使い続ければどんどん減り、やがて無くなってしまう。有限な地球に住み、有限な資源を利用する人間の欲望だけが無限でとどまることを知らなければ、早晩人間の生存条件は破綻してしまう。

 温暖化が原因とされる最近の世界的な異常気象にすでにその兆候がみられるのではないか。それだけに、B点の右側の世界では、人々が「足るを知る」という共通の価値観を持つことが大切なのである。そのためには、必要なものしかつくらない、必要なものしか消費しない、排出された廃棄物はゼロエミッション方式で循環させることが望ましい。

 人々が「足るを知る」の価値観を共有し、資源生産性の向上を基本とした新しい経済発展パターンを追求していかなくてはならない。

国民生活の向上--モノの豊かさより心の豊かさ

2012年05月17日 | 3.社会
『ゼミナール 日本経済入門』より 序章 日本経済TODAY 新目標を考える

戦後日本の高度成長の支え手は、産業部門と金融部門であり、家計部門は資金の出し手に甘んじてきた。家計部門は、消費を抑制し、ひたすら貯蓄に励み、そのお金を金融部門経由で産業部門に提供してきた。産業部門はこのお金を積極的に設備投資に回し、高度成長を実現してきた。この時代は、産業、金融部門が経済発展の主役であり、家計部門は脇役に過ぎなかった。政府の政策も当然、産業、金融部門に至れり尽くせりの優遇措置を与え、「欧米に追いつけ、追い越せ」を国是として高度成長路線をひた走ってきた。

だが、バブルがはじけた九〇年以降、国民の意識は成長志向から質の高い生活(家計部門の活性化)の実現を強く求めるようになった。日本はモノ不足社会からモノが満ちあふれた成熟社会に入ったのである。モノ不足社会では高度成長が必要だったが、成熟社会では人々はモノよりも心の安らぎ、心の豊かさをより強く求めるようになる。

家計部門が経済の主役に

 これからの日本は、質の高い、豊かで活力のある社会を目指さなくてはならない。そのためには、これまでの考え方を逆転させ、家計部門が経済のエンジン役、つまり主役を演じ、高度成長期に主役を演じた産業、金融両部門は脇役に徹する新しい経済モデルの構築が必要になる。

 主役を演ずる家計部門には、現在GDPの三倍近い約一五〇〇兆円の金融資産がある。この金融資産のかなりの部分が、実質ゼロ金利の下で仮死状態におかれている。ゼロ金利が長期化しているのは、バブルが弾け、巨額の不良資産、不良債権を抱えた産業、金融両部門の救済のためだった。金利が正常に機能していれば、家計部門に当然入ってくるはずの何十兆円もの利子所得が失われ、それが結果的に産業、金融両部門の救済資金に使われたことになる。いわば家計部門から産業、金融部門へ巨額の所得移転が行われたことを意味している。

 家計部門の活性化--家計を「法人並み」扱いへ 家計部門を活性化させるための最も効果的な方法は、個人を法人企業並みに扱う税制改革である。すでに指摘したように、成熟社会に入った日本の家計部門には約一五〇〇兆円の金融資産が存在する。一方、家計部門の需要としては個人消費と住宅投資の二つがある。この両者を合わせると、その需要はGDPの約六割を占めている。家計部門が持つ巨額の金融資産と巨大な需要を顕在化させ、質の高い、豊かで活力のある社会をつくり出すことは十分可能である。

ハイリスクマネーは家計部門にあり

 現在の法律では、株式投資などで利益があがれば、キャピタルゲイン(投資利益)に課税されるが、キャピタルロス(投資損失)が発生しても、個人の場合、それを損金扱いすることはできないが、法人企業には認められている。

 もともと、個人の金融資産は、ハイリスクマネーに向いている。「この事業なら、あの人物がやるのなら、賭けてみよう」という担保なしの融資は、金融機関にはもともと向いていない。なぜなら銀行の融資資金は、預金者がこつこつ貯めたお金が原資なので、損を出さないように堅く運用していかなければならない性格のお金であるからだ。それに対し、個人のお金は「担保なしで結構、当たれば大儲けできるが、損も覚悟」のハイリスクマネーとして活用できる。

質の高い住宅づくりを目指す

 家計部門のもう一つの主役である住宅に対する潜在需要も大きい。五〇年前の日本と異なり、現在の日本には十分な住宅ストックが存在する。一世帯一住宅を満たし、別荘などのセカンドハウスを持てる時代になっている。

 戦後の日本は住宅ストックが極端に不足していた。このため良質の住宅をつくるよりも、とにかく雨露が防げればよいという発想で、狭く貧弱な住宅を大量につくってきた。それが時代の要請でもあった。その当時と比べると、住宅の質も大幅に改善されてきた。それでも、欧米で見られるようなストックとしての住宅と比較するとまだ見劣りするものが多い。

住宅ローン金利は全額課税所得控除を

 この問題を解決するためには、一〇〇年以上もつしっかりした質の高い住宅をつくり、住環境を整えることだ。ストックとして長く使える質の高い住宅を形成するためには、戦後のアメリカがやってきたように、住宅ローン金利を課税所得から全額控除できるようにする税制改革が必要だ。その場合も、控除できる住宅ローンは、一定以上の面積を持つ質の高い住宅を購入する場合に限定すべきだろう。

 これから人口減少時代に入り、高齢者の比率が高まる中で、ストックとして次世代まで使える良質の住宅に対する潜在需要はきわめて大きい。住宅ローン金利の課税所得からの全額控除制度は、そうした住宅づくりを進めるための必要条件である。