
桜の咲き始めるころ、錦帯橋上流のうかい広場に花見客をもてなす茶店が店開きする。桜に続く春の行楽シーズンは賑わうその店も、GWを過ぎるとそのシーズンの商いを終える。
表の囲いがとかれ、座敷が除かれ、店の品々が消えた。残された鉄の柱と梁、店の奥の囲いのベニヤ板からは先日までの賑わいを思い出させるものはない。 残っている建屋ももう間もなくで消えるだろう。桜の若葉と静けさだけの広場になる。
駅前商店街といえばその地域の中心商店街で経済活動の中心であり、賑わいや地域活力を生み出すところだった。生活環境や様式の変化、消費者ニーズの多様化などに合わせるように規制緩和が図られ、生活の場が郊外の大型店舗へと移った。
郊外型の生活が盛んになるにつれ、駅前商店街をシャッター通りと呼ぶようになった。商店街も工夫されたろうが、流れを止めるほどの力がなかった。車社会の到来も拍車をかけただろう。
近所の商店街も大方が店じまいされた。住宅地のここは市内の中心繁華街として賑わったのは子どものころ。この一帯の商店は間口が狭く奥行きが深いという、かっての武家屋敷の特徴が残っており、空き店舗の活用は進まない。モダンな住宅に変わる所もあり、かって商店街だった名残は消えつつある。
花見の茶店は来年また開かれるだろうが、近くの商店街の復活はないだろう。そんな商店街に、城下町時代の通りの名称を記した銘板が要所に張られている。それには栄えたころの米や塩、魚に豆腐、鍛冶に鉄砲、材木などの名前がある。銘板はどんな気持ちで今を眺めているだろうか。
(写真:桜のころ賑わった解体中の茶店)
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