みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

聖域での務め

2022年11月12日 | エゼキエル書

エゼキエル書 42章

 駅構内の駐車場を利用し、支払いをして出ようとしたのですがバーが上がりません。どうしたものかと思いつつ二度目のトライでもだめ。そこで、係りの方にバーを上げてもらい無事に駐車場を「脱出」することができました。

 エゼキエルは、神殿を囲む内庭の北の門を出て、内庭と外庭を隔てる壁と壁との間に作られた部屋を見るのです。41章に描かれる脇間は神殿建物の一部として作られるのものですが、42章の部屋は壁の中に作られるものです。

 壁の部屋の用途は、祭司たちが主にささげられたものを食べるため、また祭司が務めのための服を着替えるためでした。エゼキエルの神殿を象徴的に受け取ろうとすると、イエス・キリストの十字架の贖いによって神の子とされ、そして祭司として神に仕える生活をするようになった教会やキリスト者にとって、どのような意味を持つのだろうかと考えます。

 キリストを信じる一人ひとりは祭司としての務めを担っています。ペテロの手紙第一、2章5節には「あなたがた自身も生ける石として霊の家に築き上げられ、神に喜ばれる霊のいけにえをイエス・キリストを通して献げる、聖なる祭司となります」とあります。

 また、コロサイ人への手紙3章9−10節に「あなたがたは古い人をその行いとともに脱ぎ捨てて、新しい人を着たのです」ともあります。新しい人という衣は、祭司として主に仕えるためにキリストを信じる一人ひとりに与えられたものです。

 祭司として歩むとはどのようなことなのでしょう。何を行い、何を行わないのだろうか…。


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