みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

なんと多いことでしょう

2021年12月27日 | 詩篇

詩篇 104篇19−35節

 お借りしている会堂の暖房が再び故障しているとの連絡があったために、今年最後の日曜日の礼拝は、牧師宅からのオンライン配信で行われました。礼拝後にスモールグループを持ちますと、いつもの方の隣に初めてのお顔が…。義母の方が途中から一緒に礼拝に加わってくださったとのことです。神の祝福がありますように。

 詩篇104篇はすぐ前の103篇と同じように、「わがたましいよ 主をほめたたえよ」で始まり「わがたましいよ 主をほめたたえよ」で終わります。103篇は人を罪から救ってくださる神をほめたたえていますが、104篇は創造主である神をほめたたえています。

 後半は特に、人間に恐れられている獅子や、海の巨大な獣であるレビヤタンさえも神が養っておられるということを歌っています。24節の「主よ あなたのみわざはなんと多いことでしょう。…地は あなたのもので満ちています」ということばを心に留めました。

 この詩人のように、「あなたのみわざはなんと多いことでしょう」と気づいて賛美するために、今の自分には何が必要なのだろうかと、立ち止まっています。自分は神のみわざを数え上げているのでだろうかと…。今この目で見ているのはほとんどすべてが直接に神がお造りになったものではなくて、人の手によるものです。人が出すぎてしまうことで、創造主である神を脇に追いやるというようなとんでもないことをしてはいないだろうかとも問われます。

 ここからは、神がなさることと人がすることとが明確にされているようにも読めます。創造主である神の前に私が今できること、それはこの詩篇の初めと終わりにある「わがたましいよ 主をほめたたえよ」ということです。

 「私はいのちの限り 主に歌い 生きるかぎり 私の神をほめ歌います。」


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。