マタイの福音書 21章23−32節
帰国の折にと、人間ドックを体験しました。苦手なのはバリウムを飲んでの胃のレントゲン。げっぷが出そうなものを飲んだのにもかかわらず、げっぷを出さないようにするなどという「わざ」をしなければなりませんし、さらには台の上で体を二回り回転させるなどの難易度の高い「離れわざ」も…。無事終了しました。
ここにあるのは宮での出来事です。そこで教えていたイエスのところに、「何の権威によって……」と祭司長や長老たちが迫りました。そうすることで、イエスがひるむのではないかと、彼らは考えたのかもしれません。けれども、イエスの答えは彼らが想定していないことでした。彼らは、イエスの問いかけに答えることができなかったのです。
しかし、イエスはそれで終わりとはしません。28節は「ところで」から始まります。天からの権威に基づいて教え、わざを行っているイエスに、パリサイ人や祭司長たちが心を頑なにしていることが、どんなに愚かで危険なのかを、二つのたとえによって気づかせようとしておられます。
31節に、「取税人や遊女たちが、あなたがたより先に神の国に入ります」とあります。これを聞いた「権威者たち」がどんな反応をしたのか、興味が尽きません。彼らにとってイエスが言われたことは全くありえません。どうして自分たちではなく取税人や遊女たちなのだと彼らは驚き、そして怒りを露にしました。
権威を振りかざすと、本当の権威に気づくことなく、受け入れることもできないのです。