大相撲初場所が昨日から始まった。
千秋楽までの15日間、ジイチャン、バアチャンはTVの前に釘付けとなる。
年寄りの居る家ではどこもでも見受けられる風景かも知れないが、我が家のバアチャンの観戦振りは半端ではない。
贔屓の力士の取り組みが始まると、家中に絶叫が響き渡る。
大相撲が始まったことを知らずにこの絶叫を聞くと、何か大事件が起きたのではないかとビックリしてしまう。
「ソレッ!ソレッ!ソレッ!」とか「ヨシ!ヨシ!ヨシ!」とか身振り手振りも交えての力の入った大声援となる。
応援している力士が負けそうになると「アリャ!アリャ!アリャ!」となるのだが、最近は外人力士の活躍ばかりが目立つので、最後の「アリャ!」がやたらに多い。
折角のバアチャンの声援も国技館までは届いていないようだ。
この絶叫が大いに役立つことがあった。
毎年1月に開催される厳美地区対抗バレーボール大会に毎回近所のオバアサン達と連れ立って応援してくれた。
霜後は小さい地区ながら過去に三回優勝している実績があるが、その内の一回は、バアチャン達の絶叫応援が大きな力となった。
決勝のファィナルセットで16対20からの奇跡的逆転勝利はこの絶叫が無ければ実現しなかった。
この絶叫応援は大会を盛り上げるので主催者側は大歓迎していたのだが、他地区の誰かに「うるさ過ぎる」と注意されたとか。
それ以後、バレーの応援には来なくなってしまった。
世間様から何か非難めいた事を言われることを極度に嫌う体質が裏目に出てしまった。
大部分の人は評価しているのに、一部の少数意見に振り回されてしまったことが惜しまれてならない。
全国高校サッカーの決勝戦をTVで応援していたオジサンは、つい力が入り、盛岡商業の同点ゴールのキックと一緒に足元に於いてあった湯飲み茶碗を蹴飛ばしてしまった。
「これでは、バアチャンの絶叫応援と似たようなもの」と苦笑せざるを得なかった。

冬仕事の一つとして里山の環境整備がある。
ジイチャンは、幹線道路から見えるケヤキ林の下草刈をした。
このように景観の保持にも農家は重要な役割を果たしている。
千秋楽までの15日間、ジイチャン、バアチャンはTVの前に釘付けとなる。
年寄りの居る家ではどこもでも見受けられる風景かも知れないが、我が家のバアチャンの観戦振りは半端ではない。
贔屓の力士の取り組みが始まると、家中に絶叫が響き渡る。
大相撲が始まったことを知らずにこの絶叫を聞くと、何か大事件が起きたのではないかとビックリしてしまう。
「ソレッ!ソレッ!ソレッ!」とか「ヨシ!ヨシ!ヨシ!」とか身振り手振りも交えての力の入った大声援となる。
応援している力士が負けそうになると「アリャ!アリャ!アリャ!」となるのだが、最近は外人力士の活躍ばかりが目立つので、最後の「アリャ!」がやたらに多い。
折角のバアチャンの声援も国技館までは届いていないようだ。
この絶叫が大いに役立つことがあった。
毎年1月に開催される厳美地区対抗バレーボール大会に毎回近所のオバアサン達と連れ立って応援してくれた。
霜後は小さい地区ながら過去に三回優勝している実績があるが、その内の一回は、バアチャン達の絶叫応援が大きな力となった。
決勝のファィナルセットで16対20からの奇跡的逆転勝利はこの絶叫が無ければ実現しなかった。
この絶叫応援は大会を盛り上げるので主催者側は大歓迎していたのだが、他地区の誰かに「うるさ過ぎる」と注意されたとか。
それ以後、バレーの応援には来なくなってしまった。
世間様から何か非難めいた事を言われることを極度に嫌う体質が裏目に出てしまった。
大部分の人は評価しているのに、一部の少数意見に振り回されてしまったことが惜しまれてならない。
全国高校サッカーの決勝戦をTVで応援していたオジサンは、つい力が入り、盛岡商業の同点ゴールのキックと一緒に足元に於いてあった湯飲み茶碗を蹴飛ばしてしまった。
「これでは、バアチャンの絶叫応援と似たようなもの」と苦笑せざるを得なかった。

冬仕事の一つとして里山の環境整備がある。
ジイチャンは、幹線道路から見えるケヤキ林の下草刈をした。
このように景観の保持にも農家は重要な役割を果たしている。