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霜後桃源記  

安心、安全と美味しさへのこだわり
そんな「こだわりの農業ブログ」を毎日更新
主役の妻は生産部長、夫は営業部長兼雑用係

「今は敗者でも、やがて勝者に変わる」

2025-05-02 21:05:46 | 人生

 山本一太群馬県知事は国内は勿論のことか外国ともトップセールスを展開する異色の政治家で

出張先(現在アメリカ)からも毎日ブログを発信し続けている。

 今日はボブディランの「時代は変わる」の歌詞の一節「今は敗者でも、やがて勝者に変わる」を

紹介し、何人かの「盟友」に、そのまま捧げたいセリフだ!と結んでいた。

 知事の一ファンでしかない私だが「盟友」同様に大きな勇気を受け取った。

   小雨が降る中での「田植え初日」となったが、予定通り進めることが出来た。

 雨で写真に撮れないかったのは初めての経験。

 写真は、先日終えた畑周辺の伐採模様。 

 

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人生の価値はその長短ではない。

2025-02-06 06:29:33 | 人生
 先日の毎日新聞の記事に感銘を受けたので、そのまま全文を紹介したい。

毎日新聞「余禄」(2025.2.3)

 人生の価値はその長短ではない。とはいえ若い家族を亡くすと強い喪失感に
襲われる。生きた証しを残してやりたいと願うケースも少なくない▲京都市北区
の印刷業、吉村伸(よしむら・しん)さん、由理(ゆり)さん夫妻は昨年1月、
長男和馬(かずま)さんを失った。筋力が徐々に衰える筋ジストロフィーで、
29年の生涯だった▲病気に気付いたのは5歳の時である。周りに比べ脚の重そう
な様子を見た幼稚園の先生から、検査を勧められた。根本的な治療法のない難病
だ。本人が寝入ると毎夜、夫妻で泣いた。由理さんは思った。「うちはもう、一生
笑えないんやろな」▲せめて動ける間、外に出よう。家族は幼い妹真綾(まあや)
さんと一緒に、4人でウオーキングを始めた。和馬さんはボーイスカウトに参加し、
電動車椅子サッカーで活躍する。学校や病院の関係者、ボランティアの人たちの
励ましを受け、家族に笑顔が戻った▲和馬さんは高校時代に歌を作詞作曲してい
る。タイトルは「TAKARAMONO」。<病気と知ってショックだったよ。でも今で
は僕の大切な宝物。病気は早く治ってほしいけど筋ジスは僕のトロフィーなんだ。
難病になったからこそ知った愛や良心がある。歌の最後は、周りへの「ありがとう」
のリフレインだ▲両親が仲間たちと作るバンドがCD「たからもの」(非売品)を
制作中で、近く完成する。うち1曲は「TAKARAMONO」だ。「不自由でも、周りに
感謝しながら生き抜いた和馬を忘れないでほしい」。家族の願いが込められている。


    PCの資料を探していたら偶然2018年6月10日撮影の写真が出て来た。
 三年前に逝去した多賀城の叔父が手入れをしてくれていた庭木だが、白と
だけ世界となっている今の季節に見ると凄くカラフルで新鮮だったので掲載す
ることにした。
 心身共に頑健で100歳までは「余裕で生き続ける」と自他共に認めてい
叔父だったがコロナ渦中に突然旅立ち、葬儀への参列も叶わなかった。
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「鶏口となるも牛後となるなかれ」

2024-09-27 20:23:20 | 人生
 サラリーマン時代は牛後の典型例だった。
 他人の指示のまま動き、更に同一労働同一賃金なので頑張っても怠けても
賃金に大差は無い。
 例え大きな成果を上げたとしても、それに見合うようなボーナスがある訳
でも無かった。
 農業に転身してからは進むべき道を選ぶのも言動も自由で、「こんな世界
あったのなら、もっと早く脱サラすべきだった」と悔やまれた。
 しかし、鶏口は失敗すると食うに困るようなリスクが伴う。
 それでも、全て自分責任なので納得でき「次に頑張ろう」という気持ちに
切り換えられる。
 牛後40年弱、鶏口20年の経験から、「鶏口となるも牛後となるなかれ」
を盛んに主張するが「安定性、安全性」を重視する周囲で賛意を示す人は皆無
に近い。



 ウルチ米の籾摺りを終わった時点でバックホウを使って籾殻の山を崩して
均した。
 田圃に戻すのが理想形だが、その時間的余裕はいつも無い。
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固定電話は「デンワ」

2024-01-11 20:01:23 | 人生
   迷惑電話防止のためか昔の仲間の自宅に電話しても「デンワ」となること
が多く、中にはFAX専用としている例もある。
 着歴が残る場合は後で相手側から電話してくることもあるが、それが無く
携帯番号も把握していない場合は連絡を諦めざるを得ない。

 我が家の固定電話に着信する約半数はセールスだが、それでも「デンワ」に
出来ない。
 残りの半数が産直或いは市役所絡みだからである。
 


 メールも同様で、日増しに迷惑メールが増え続け一日百件を超えるように
なった。
 アドレスを変更すれば一時的に解消できるかもしれないが、いずれイタチ
ゴッコになるものと諦め、中身を見ずに削除している。
コメント (2)
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泥縄式の断捨離

2023-09-19 20:09:31 | 人生
    我が家の石倉はジイチャンの残した貴重な遺産のひとつ。
   米の販売先を産直に一本化している関係から保管場所として重宝している。
   しかし、ジイチャンの時代は収穫したコメを全部JAに出荷していたので
折角の穀物貯蔵庫も「飯米用の数袋の玄米を保管するだけ」と化していた。
 そのため、石倉の一部に棚を作り主に冠婚葬祭用の大量の食器類の保管
場所とし活用していた。


 昨年までは石倉に置き切れない米を冬季限定で調製機のある部屋に一時
仮置きしていたが、ここ数年、ネズミの被害に遭うようになり困っていた。
 そのため石倉に新たな保管スペースを確保するため棚を撤去することにし、
半世紀近くも使われた形跡の無い丼ぶり、皿、茶碗、御猪口、御銚子等々を
処分することにした。
 そして、野菜のコンテナ10数個に入れた約300㎏の陶器を清掃センターに
運び2500円余を支払って片付けることが出来た。
 突然前倒しすることになった断捨離は大変だったが、片付けを終え少し
気持ちが楽になった。
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