畑に吹く風

 春の雪消えから、初雪が降るまで夫婦二人で自然豊かな山の畑へと通います。

連載83-2「貧乏旅行」(その2)

2016-10-01 04:27:05 | 旅行

(数学の授業の後かなー、終わって休み時間になると一斉に突っ伏して寝始める)

  「貧乏旅行」(その2)

 平泉での宿泊地には貧乏旅行の節約精神も有り、ユースホステルを選んだ。
しかしその宿は後年内容を知り驚くことになる。
その宿は御寺で有り「毛越寺」と言う名刹だったのだ。

 今では宿泊など考えられない事だが、あの有名な史跡でもある寺院だったのです。
開山の歴史は藤原三代よりも前の時代らしいが、藤原氏が手を加え、
浄土庭園と呼ばれる形式の大庭園にしたと言う。

 その「毛越寺」の庭には大きな池も有り、
往時船を浮かべて遊んだ貴族の姿が幻の様にまぶたに浮かぶようにさえ思えた。

 翌朝は早立ちし、東北本線の普通列車に乗る。
列車内は行商に出かけると見受けられる年配の女性が大きく、元気な大声が車内を行き交う。
会話の内容は異国の車内の様で全く分からない。

 でも、しきりに「オシラサマ、オシラサマ」と言う単語が耳に入り、
柳田國男の編纂した「遠野物語」の中に入り込んだような幻覚を楽しんだ。

 何処をどういう風にさすらったのか遠い昔で記憶に薄いのだが、
海岸部の宮古市も訪れ浄土ヶ浜にも足を運んだ。よほどお腹が空いていたのか、
近くの食堂で食べた炒飯のサラサラとした出来上がりと味の良さが忘れられない。

            (続く)


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掘って掘ってまた掘って

2016-10-01 04:26:40 | 野菜

 昨日は天気予報で、午前午後とも降水確率は0%。
前夜から計画を立てて、スベルべママは朝のうちにベランダに布団を出す。

 そして、居間を冬仕様に模様替え。
いずれもスベルべの手伝いを要す力仕事でした。

 ようやく山の畑に向かったのは9時少し前になってしまった。
11時ころには帰宅し、干してある布団を仕舞い、日が当たっているうちにもう一組と急ぐ。

 サツマイモはそれまでに安納芋を二畝掘って、畑に広げたまま。
雨上がりで、濡れた土がサツマイモに着いているので、畑で乾かそうと言う考え。

 これは午後一に掘り始めた「鳴門金時」です。
前夜から雨は上がってはいたのだけれど、蔓と土は乾かず、スベルべのズボンはすぐに泥だらけ。



 「掘って掘ってまた掘って~🎵」ってオイラの仕事は炭鉱夫じゃないけれど、本当に泥だらけ。
もう、「惚れてるあの娘にゃ見せられない~🎵」状態ですよ(笑)。



 今年少し見当違いだったのは、「ベニハルカ」よりも「鳴門金時」の出来が良かったこと。
昨年の実績から考え、「ベニハルカ」の本数を多くしたのは誤算でした。



 豊作の年は、一畝50株ほどでコンテナ三箱、50数キロは採れるのですがねー。
今年は、夏の高温で味は良いけれど、収穫量はそれほど多くは無いですねー。



 午前中の「安納芋」二畝に続き、「鳴門金時」と「ベニハルカ」を一畝ずつ掘っておしまい。
こんなに無理をして、急いだかという訳がある。

 10月8日に市のイベントに焼き芋釜持参で出席し、翌9日は長岡へ出張焼き芋。
加えて、8日の他の施設の行事用に焼き芋用にとサツマイモの注文を受けたからです。

 加えて、本日1日から農天市場でも焼き芋を開始する予定なのです。
でも、サツマイモ掘りばかりしているわけにも行かず、芋を畝に広げたままで、アサズキ植え。

 終えて、夕闇の迫る中をスベルべは、トラクターを回送しながら帰る。
スベルべママは、一人残ってマルチを片付け、軽トラのライトをつけてトラクターを追うのでした。
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山の畑の住人たち

2016-09-30 04:43:43 | 自然

 9月20日を過ぎたら、ツバメが全く見えなくなりました。
そして、風向きによっては「アキアカネ」が飛翔する姿が見えるようになっています。

 昔だったら、空を覆わんばかりに数多く見えたアキアカネでしたが今は激減してしまった。
これは、水路の三面コンクリート化と稲作に使う農薬「ネオニコチノイド」のためと言われています。



 でも、ほとんど農薬を使わない我が家の山の畑には色々な生き物が見られる。
ゴボウの葉の上に、キリギリスの雌を見つけました。産卵を終え、死期をまっているのでしょうか。



 ネギの土寄せをしていると、少し急になった畝を登っては落ちる生き物が見えた。
どうやら、ガマガエルの赤ちゃんのようです。



 成長すると、手のひらには乗らないほどの大きさになると言うのにまだ小さい。
これで、雪降り前にちゃんと冬眠の体制に入られるのかなー。

 カエルは他には、アマガエルの姿が多く見かけられます。
どのカエルも、農薬がほとんど無くて、昆虫の天国状態で餌が多く、皆太っていますよ。



 大根の葉の上に、ショウリョウバッタの雌雄がいます。
いわゆる「おんぶバッタ」状態で、小さな雄が上になった姿がおんぶしているように見えるのです。

 小学生が農業体験で山の畑に来た時も、大きなバッタの「おんぶバッタ」を見つけ大喜び。
何でも知っていると感心されるスベルべだけれど、さすがに性教育にまでは言及しませんでしたよ。



 この日は、今の時期にしては暑い日で気温が30度を超えたと言います。
先日紹介した、朝顔に似たサツマイモの花には日本ミツバチの姿が見られました。



 周りには誰一人見えない中で働いていても、生物好きなスベルべは全く退屈はしません。
腰を伸ばし、空を見上げると、山際の上昇気流に乗って舞う、何羽ものトンビも見えます。

 でも、もちろん休んでばかりは居られません。
ネギの土寄せを終える頃には、古いワイシャツは汗で肌に張り付き、作業ズボンさえ、びっしょりに。

 同じスタイルでの仕事は疲れます。
お昼上がりをするまでに、土寄せ二畝を残し、サツマイモ掘りに仕事を変えたのでした。
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連載83-1「貧乏旅行」(その1)

2016-09-30 04:38:37 | 旅行

 (50年も前の写真です。仲間の一人は亡くなり、もう一人とは先日50年ぶりに再会) 

  「貧乏旅行」(その1)

 高校二年から三年なる春休みに、同じクラスの同級生二人と旅に出ることになった。
目的地には東北を選んだ。
生意気にも柳田國男の「遠野物語」に魅せられ、憧れた結果の目的地だったように思う。

 昭和40年の高校生なんて、旅とは言ってもかろうじてコートは来ているものの、中は学生服。
ファッショナブルな服装を沢山持つ、今の中高生に比べたら、質素な服装や暮らしがほとんどだった。

 新津から磐越西線に乗り換え、一泊目は会津若松を選んだ。
そこを宿泊地に選んだのは鶴ヶ城を見たい事と、一人の同級生の友達、中学校時代の同級生が、
会津若松の造り酒屋に出稼ぎに来ていた事も理由の一つだった。

 鶴ヶ城の悲話に涙し、宿に帰り夕食になる頃、
友達の友人がこっそりと絞り立ての日本酒が入った一升瓶に新聞紙を巻いて持って遊びに来てくれた。
悪戯ざかり、生意気盛りの4人はその一升瓶を空にしたように覚えている。

 翌日は郡山で東北本線に乗り換え、一気に平泉へと向かった。
工業高校で日本史になど力を入れていない教科書では有ったが、
その中に有った東北の古い都であった藤原三代が栄え、
栄華を誇った平泉もどうしても見たい場所の一つでも有った。

 東北本線の平泉駅から、しばらく歩き、長くてなだらかな石段の道を登ると中尊寺だった。
まだ冬の名残の濃い三月とは言え、観光客の姿など皆無であり、静かに遠い昔をしのぶことが出来た。
あの有名な金色堂にさえ、観光客の姿は皆無だったのだから不思議なようにさえ思えた。

 今だったら、三月の吹雪が舞うような季節でも観光客の姿を見ないなどと言うことは考えられないのだが。
次に訪れたのは源義経終焉の地と言う伝説の残る「高舘」で、
義経堂のある高台から下に流れる北上川を望み往時の武士たちの戦を偲んだ。

                  (続く)
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サツマイモを掘ったら出かけようか

2016-09-29 04:07:47 | 

 月曜日は9時から雨になると言う天気予報。
それならば、9時になる前にサツマイモ掘りをテレビ収録してもらおうと、朝飯前に準備。

 一人で夜明けを待って山の畑に行き、サツマイモの蔓を切って掘るばかりの支度を終えていました。
テレビの撮影スタッフも、心得て9時前にスベルべたちの芋掘り作業の最中に到着。



 例によって、余裕のジョーク、おやじギャグを飛ばしながらも雨降り前に収録終了。
スタッフが帰った後は夫婦2人で、葉物の種まきと掘ったサツマイモの回収、集積。

 先の写真の紫芋「パープルスイートロード」は一畝コンテナ3箱、50キロくらいかな。
「安納芋」は少なめで、コンテナ一つたっぷりの20キロほどでしたね。



 占めて7コンテナほどだったけれども実質80キロほど掘ったのかなー。
降り始めた雨で少し濡らしてしまったので、帰ったらこれは洗ってしまいましょうか。



 さてさて、9月も後半だと言うのにまだまだサツマイモは残っています。
最晩生の「寿」を除いては、残り7種類が全部掘り時を迎えています。



 害虫の猛攻撃に遭いましたが、ここにきて葉物野菜も順調に生育を始めた。
これで、雨さえ適当に降ってくれたならば、豊作は間違いないはずなのですが。



 大根も青虫の攻撃を受けつつもそれなりに成長。
サツマイモを掘った後は、山際、崖際まで葉物野菜の種を播き続けたのでした。

 先日、ここ一か月の気象のまとめの紹介がありました。
なんと日照時間は平年の30パーセントだったとか。道理で野菜の育ちが思わしくないはずですよね。
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