畑に吹く風

 春の雪消えから、初雪が降るまで夫婦二人で自然豊かな山の畑へと通います。

台風去る!

2016-08-31 04:45:50 | 自然

 一昨日の朝の山の畑からの風景です。
台風10号の被害に遭われた皆様にはお見舞い申し上げますが、こちらは無事。

 不気味な空の色に心配したのでしたが、台風は予報よりも東に進みました。
雨は昨日一日降り続きましたが、ちょうどよいお湿り程度の雨量で済んだのでした。



 越後三山にかかる雲の姿もいつもとは違って見えます。
何よりも、いつもよりも静かな朝に感じたのは気のせいだったのか。



 朝日に照らされる、ニンジン畑。
そして、その向こうは蔓が茂ったサツマイモ畑で、次は蕎麦畑。



 蕎麦畑越しに見る越後三山です。
蕎麦の成長って早いですね、もう少し経つと真っ白なお花畑になるでしょう。



 帰宅する途中で、沢を挟んだ隣の山の畑越しに見る越後三山。
隣の山は、黒い寒冷紗に覆われた百合の畑が多いですね。

 昔は、我が家もあの山に畑があり、一時間近くも歩いた通った記憶があります。
遠い記憶と、変わった今の姿には少なからぬ感慨を抱かされます。



 台風の接近は無いと感じたのかのんびりと空に輪を描くタカです。
親子なのか三羽で猫の鳴き声に近いような声で鳴きかわしのんびりと気流に乗って舞っていました。
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ナスの種を採ってみる

2016-08-30 04:29:04 | 野菜

 日曜日、農業、畑を始めたら面白くて仕方がないというお客さんが見えた。
サービス精神を発揮して、種取り用に育てた「山本ナス」を採って見せる。

 この包丁はベティナイフではなくて普通サイズの包丁。
比べるとその巨大さがよくわかりますね。



 種が苦にならない肉厚のナスで、それは断面を見ても分かります。
うーん、もう少し時間を置いたら良かったのかなー、少し種は若く見えるような・・・。



 指先でポツリポツリと掻き出します。
茶色の濃い種もあるから大丈夫かな。なるべく早く発芽試験をしてみましょうか。



 部分によってはこんな風に種は集中してあります。
あまりの果肉の白さに、むしり取って口にしたお客さんは「えぐ味」が無いと驚きの声。



 特に「へた」に近い部分は肉厚で種も見えません。
「熊取のおっちゃん」さんから頂いた『山本ナス』の美味しさの秘密が見えるような気がします。



 最終的にはこんな風にたくさんの種を採っています。
実は、この「山本ナス」の前には『ヴィオレッタ・デ・フィレンツェ』の種も採っています。

 こちらは種の色も濃く、問題なさそう。
来年に向けて、期待の膨らむ種取りですね。

 このほかにも『アバシゴーヤ』の種もすでに採っています。
在来種、固定種はこんな風に種を自分で採ると言う楽しみもありますね。
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早速ピーター恩返し!

2016-08-29 04:34:50 | 自然

 昨日の朝は、夜明けとともにクレソンの収穫。
次いで、山の畑に行きビックリ仰天。やってくれましたよー、ピーターラビットが。



 ここに植えた、思い入れの強いキャベツ「タキイの1号」は全滅。
雨を予想して植え、思惑通りに降った雨にほくそ笑んだったのだが・・・。



 隣に植えた期待の白菜、鮮やかな紫色の「紫草子」もほぼ半減。
これが、先日助けてあげたピーターラビットの律儀な恩返し。



 泣きたくなるような現実。
山の畑は野生との戦い、いや共存を図るしかないのです。



 大中小。親と息子たちとその弟、妹たちの足跡が入り乱れる。
きっと、柔らかな白菜や、キャベツに小躍りして食べたに違いない。



 愕然、悄然とするスベルべの朝日に浮かぶ影です。
茫然自失とはこのことを言うのかなー。

             (続く)


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連載78「生まれて初めての一人旅」(その2終わり)

2016-08-28 04:48:39 | 旅行


  「生まれて初めての一人旅」

  初めて会う年長の従兄弟たちは歓迎してくれた。
父は末っ子だった事も有り、姉たちは父よりもかなりの年長。
したがって、従兄弟たちは全てかなりの年上で、もっとも年長の従姉子の娘はなんと私と同じ年齢、学年だった。

二泊し、中津川の伯母さん宅を辞し、長い道のりをバスで次の目的地白河町の切井と言うところに向かったが、
そこが父母たちが長年暮らした村だった。

 切井は長いバス旅の末、高い峠を越え下った山中に有った。
父母そして、姉たちが暮らした家にも入ることが出来た。
歓迎を受けるとともに、バス会社の営業所長をしていた叔父がお客様の招待旅行に入れてくれ、
高山市から乗鞍岳に行く旅行に便乗することになった。

バスは高山の町を外れ山道に入る。
長い長いバスの旅では有ったが、登山コースに入ると初めて見る、白樺林に見とれ、
そして標高を上げるに従って見える下界の美しさにも魅せられる。

 そして、かなり標高が上がったところで、平湯峠に到着。
道路はそこで分岐し、平湯温泉へ下る方向と、乗鞍岳に向かう方向に分かれる。
乗鞍岳にはお昼過ぎに到着し、鶴が池の近くのレストハウスで昼食の後、山頂方向へと向かう事となった。
寒さのためにカーディガンを着て、初めて見る高山植物群に見入り、霧が湧き舞い上がる様に驚きを覚えた。

 やがて元来た道を引き返し、峠で平湯温泉へと下る事となる。
一組の招待客の中に私と同い年の男の子が居たが、今はどうしているのか懐かしい。
こうして、旅の中のまた旅で初めて三千メートル級の山へ、珍しいバス旅行も経験できたのだった。

記憶はそのあたりで途切れ、帰りの記憶は無い。
あの煙くて困ったSLの記憶も無いから、高山線の白川口駅から高山線に乗り、
富山で北陸線に乗り換え、そして直江津、信越線経由で長岡へ。
長岡から再び上越線に乗り換えて帰宅したと思うのだが、記憶に薄い。
あの飯山線のSL蒸気機関車の思い出が強烈過ぎたのかも知れない。

                  (終わり)
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連載78「生まれて初めての一人旅」(その1)

2016-08-27 05:07:19 | 旅行


  「生まれて初めての一人旅」

 中学二年生の夏休みだった。父母が長年暮らし、そして姉達三人をもうけた岐阜県へと一人で出掛けた。
そこには父方の伯母さん達が二人暮らしていて、一度も有ったことの無い従兄弟たちも何人かが暮らしていた。

 終戦前に父母たちはそれなりに楽で楽しい暮らしをその地で過ごしていたと言う、
懐かしそうな思いで話しを聞かされて、魚沼に帰ってから生まれた私に、
いつの間にか漠然と憧れていたのだったと思う。

 昭和35年だったと思う。朝一番か二番の列車に乗り一人で旅立った。
上越線をたった一駅乗り、越後川口駅で飯山線で長野の松本へ向かう列車に乗り換える。
その頃の飯山線は蒸気機関車、洒落て言うところのSLのみだった。

 一時走行姿の勇ましさと、古いノスタルジアからブームともなったSLではあるが、
夏の長旅には大きな苦痛と負担が待ちかまえている。

 越後川口駅を発車すると、暑さのために開けはなった間から仮借なく炭塵が舞い込んでくる。
うっかり大きく目を見開いて風景などを見ていて、目の中に大粒の炭塵が舞いこんだら、
しばらく涙が止まらず、車窓風景を楽しむなどと言うのんびりした気分は吹き飛んでしまうのだった。

 特にトンネルに入ると、悲劇で窓を完全に卸しても、石炭の燃える刺激臭は遠慮なく車中にも立ち込めた。
ようやく飯山線の旅を終え、中央線の電化列車に乗り換える頃は正午を回っていたと思う。
車内販売も有ったが、田舎育ちの中学二年生はとてもお客の前で弁当を食べる勇気は無かった。
第一の目的地である中津川駅に夕方到着し降り立つまでに食べたのは、アイスクリーム三個だけだった。

                (続く)


       
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