安心、安全と美味しさへのこだわり
そんな「こだわりの農業ブログ」を毎日更新
主役の妻は生産部長、夫は営業部長兼雑用係
不動産は取得の必要性があった訳ではなく「人助け」のつもりだったので取り消して原状回復することに何の
支障も無かった。
しかも、相手方は譲渡によって「大きな恩恵」に浴していたので「感謝されてしかるべきもの」だった。
従って、御礼の言葉が先に有って「事情が変わったから返して欲しい」と正直に言えばトラブルにはならなかった。
それを「ドロボー、返せ!」と恩を仇で返すような「嘘八百を並べて提訴」し、更に慰謝料や弁護士費用まで
請求する横暴振りを発揮されては当方としても「引くに引けない状態」になってしまった。
二度目の和解交渉が決裂後に「敗訴なら即刻控訴して戦う」との決意表明は本音だったし、随時アドバイスを
お願いしていた東京の弁護士先生も同意見だった。
また「カラスを白鳥と言い切る」ような露骨な偽証をした人物を「偽証罪で刑事告訴する」ことも真剣に検討
していた。
悪がはびこる世の中だが「最後は正義が勝つ」ことを知らしめたかった。
しかし、その決意は直後の「家庭の事情」で大きく揺らぐことになった。
元々妻は「早く結着させて本業に専念して欲しい」と希望していたが、ジイチャンの突然の事故死に続く私の
トラクター横転事故も影響し「相手の不当な要求に屈するのは不満だが、これ以上振り回されるのは御免」と
強く主張し始めた。
そして、弔問に来ていた叔父、叔母も入った意見交換の末に妻の意見が「結論」となった。
裁判官からの再度の和解勧告は双方の妥協点が見い出せないまま一カ月後にまた決裂した。
新しい裁判官に「公平な裁きは期待できない」との不信感が増幅していたこともその一因と
なっていた。
訴訟に入る前に「弁護士を付けないと裁判所から不利な扱いを受けるぞ」と助言する人が
居たが、新しい裁判官が着任後はその危惧が的中する形となった。
それまでは「裁判官の機嫌を損ねて敵に回すことがあってはならない」と自重していたが、
証人尋問後の再度の和解勧告でその意識は吹き飛んでしまった。
最後は「全面敗訴同様の和解をするぐらいなら敗訴の判決をして貰った方が有難い。即刻
高裁に控訴して今度は弁護士を立てて戦わせて貰う」と裁判官に宣戦布告した。
控訴審は殆どが文書審議と聞いていたので、一審の双方の主張や証言記録を見たら「当方が
勝訴するのは間違いない」との自信があった。
そして、控訴審で逆転判決となったら一審裁判官の人事評価に「×」が付くのは当然のこと。
従って「安易に原告勝訴の判決は出させないぞ」との警告でもあった。
相手方証人の「露骨な偽証」を裁判官がどう受け止めたかは不明だが、最初の三人の証人が
「争点となっている重要な法律的事実」について私の主張を裏付けてくれたことで「勝負は
決した」ものと思っていた。
証人尋問に続く当事者尋問で原告は全く主体性の無い「お飾り」であることも明らかになった。
結局、原告側主張の大半は「暗躍していた人物」が事実を捏造し、それを弁護士が「法律的に
理論づけ」したものと思われた。
証人尋問に続く当事者尋問が終わった時は既に「夕暮れ」になっていた。
疲れ果てて帰り支度をしていたら裁判官から別室に呼び出され、そこで「再度の和解勧告」が
あってビックリ仰天した。
しかも、その和解案は「敗訴」に等しい内容で二度ビックリだった。
「裁判所としては『返せ』と判決するしかないので和解で解決して欲しい。相手方が『返せ』
と言っているのだから返すべき」と着任した初回期日と全く同じ理由だったことに「唖然」と
してしまった。
一日がかりで行った証人尋問、当事者尋問の結果が何ら反映されていないことに呆れ落胆する
と共に「裁判官は法律的事実に基づく公正な判断をしていない」と憤りをおぼえた。
当方三人、相手方一人に対する証人尋問と当事者尋問は一日がかりとなった。
最初の証人は、譲渡の経緯を熟知している人物(相手側の強い要望で出廷したので「相手方の証人」ともいえる)
が原告側の「譲渡不知」等の虚偽主張を明確に否定した。
また、譲渡の合意に立ち会った二人が相手方弁護士の執拗な尋問に対し「合意時の状況」を的確に証言した。
三人の証言で原告側の虚偽主張が明らかとなり訴訟の勝敗はそれで決したはずだった。
一方、原告側からは虚偽主張の主役である「背後で暗躍している人物」(事実上の原告)が証言台に立った。
宣誓した証人が事実に反することを証言すれば「偽証罪が成立する」ことから偽証はしないものと思って
いたら、真っ赤な嘘を「立て板に水」で話すのに驚き私の頭はパニック状態となり、予定していた尋問の
半分も訊くことが出来なかった。
(厳美渓流)
或る程度事実を誇張して証言することは予想していたが、捏造した事実を恰も事実のように雄弁に話すのに
度肝を抜かれてしまった。
「やはり弁護士を立てるべきだった」と後悔したのはその時だった。
直後の休憩時間に傍聴席に居た私の支援者六人が口々に「ウソばっかり」と話す声が書記官の耳にも届いた
はずだが「負け犬の遠吠え」となったのかもしれない。
新たに着任した裁判官は、いきなり「和解で解決したいので原告と被告と個別に対応する」と
言い出した。
そして私に「相手が返せと言っているのだから返すべき」と提案して来た。
合意に基づき登記まで済ませた不動産を「相手が返せと言ったら返さなければならない」としたなら
世の中の経済活動は大混乱に陥ると思ったが、裁判官の提案を無碍に拒否できないと思い「条件付き
返還なら」と承諾せざるを得なかった。
この東京から赴任して来た裁判官は、それまで提出されている双方の準備書面もよく読まずに「和解で
簡単に片付けよう」と考えたか或いは「弁護士も付けずに争っている素人を勝たせる訳には行かない」
との意識が働いたのかもしれない。
しかし、相手方が「条件付き」を拒否したためその時点で和解交渉は決裂し、裁判は継続することに
なった。
既に双方の主張は出尽くしており新しい裁判官の役割は証人尋問と当事者尋問の調整のみとなった。