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霜後桃源記  

安心、安全と美味しさへのこだわり
そんな「こだわりの農業ブログ」を毎日更新
主役の妻は生産部長、夫は営業部長兼雑用係

ウメノハナサク(梅の花咲く)

2025-04-10 20:35:52 | 思い出
 高卒後、社会人としてスタートした際の最初の職場は電報担当だった。
 既に斜陽産業となっていて「夢も希望も無い」雰囲気だった。
   それでも、仙台の研修所でキーボード入力の基本を学べたのは極めて有益で、
それが今も大いに役立っている。


 研修中、東京大学の合否通知電報は合格が「ウメノハナサク」で不合格が
「サクラチル」と教わった。
   今朝、東の畑の梅の花が咲いているのを見て、そんな昔を思い出した。
  しかし、念のためネットで調べてみたら、合格は「アカモンヒラク」(赤門
開く)で不合格は「ウメノハナチル」(梅の花散る)だった。
  私の記憶違いなのか教官の勘違いかは不明だが事実は真逆だった。
  いずれにせよ電報が主要な通信手段だった頃の「昔話し」でしかない。
 蛇足ながら、北海道大学の不合格通知は「ツガルカイキョウナミタカシ」
だっだという。
(参考) ネットニュース(2024.8.13)から
 NTTの島田明社長が7日、電報サービスを今後、終了させるとの意向を
明らかにした。電報を巡っては、インターネットなどの発達で近年は利用
通数が激減。すでに関連サービスは終了するなど、今後の在り方が検討さ
れていた。
コメント (2)
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床屋のオヤジは野球部の先輩

2025-01-28 22:13:09 | 思い出
 結婚前から通い続けている床屋のオヤジは赤荻小学校野球部の五つ先輩だが
今もバリバリの現役で、正月明けに胆石の摘出手術をしたが翌々日には店に
復帰した猛者でもある。
 散髪をしながら「貧しいながらも懐かしい子供時代」の思い出話しで盛り上がる
のが常となっている。
 当時、高校や専門学校に払う授業料は「月謝」と表示された封筒に入れて納付す
るが、親から数百円の月謝が入った封筒を受け取る際、両膝を着いて「ありがとう
ございます」と言って受け取り、それが「親の有り難味を感じる瞬間でもあった」
と今日は述懐していた。



 「親が学費を出すのは当たり前」とばかりに感謝の気持ちなど微塵も感じられ
ない子を持つ親としては、羨ましい限りの「思い出話し」だった。
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理不尽な半年遅れの採用

2024-01-06 16:29:19 | 思い出
    電電公社一関電報電話局に採用されたのは昭和43年10月のこと。
    自転車で初出勤の日、「上の橋」の上から直ぐ近くに見える電話局の鉄塔
を眺めながら「遅まきながら社会人としてスタートする」という高揚感があり
つつもやや複雑な心境だった。
   今も毎日のように橋を通り、否が応でも鉄塔が目に入り当時のホロ苦さを
思い起している。


 高校三年の秋に合格通知を貰い当然4月から採用されるものと期待し、
合格していた大学進学も断念していたにも関わらず採用通知が来ることは
無かった。
 近所のお偉いさんからは「合格しても縁故が無いと採用されないらしい」
などと脅かされ益々不安が募った。
 その半年間の不安感と会社に対する不信感は半端では無く、長いサラリー
マン人生で「身を粉にして働く」愛社精神にやや欠ける面があったのは、
このような理不尽な採用にあった。
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鰻重

2023-09-01 18:48:58 | 思い出
 奥様は外食を好まない。
 自分の作った食事が「一番美味しい」と思っているかのようだ。
 それでも二人とも夏バテ気味で食欲も減退していたことから、奮発して
鰻重を食べることにした。
    猛暑で外仕事がままならないこともあり、知事選と県議選の不在者投票を
済ませてから鰻料理の老舗「梅茂登」に向った。
   高価な食事をすることは今まで無かったことなので注文してから30分も
待つことを初めて知った。
  待っている間、梅茂登が53年前の二人の結婚披露宴の会場だったことを
思い出した。


 披露宴の最後に、突然新郎の挨拶を求められ慌てふためいた。
 右も左も分からない21歳の若造にまともな挨拶など出来るはずも無い。
 ただ一言「ありがとうございました」と頭を下げて済ませれば良かった、
と今にして思う。
 そんな苦い過去を思い起しながら食べた鰻重だったが極めて美味だった。
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S先生の得意フレーズ

2023-01-04 20:30:34 | 思い出
   昔から利用している床屋さんは、赤荻小学校の野球部の先輩でもある。
   髪を切りながら「昔し話し」となることが多く、今日は野球を指導してくれた
S先生の話題で盛り上がった。
   練習でミスしたりすると「ケツでバットか」と言ってバットで尻を叩き、
試合中はベンチから「臭い球引っかけて行け」とバッターに声掛けするのが
常だった。
 このS先生の得意フレーズを、陰で皆が口真似していたので今なら「流行
語大賞」になったに違いない。

 5年の時の担任でもあったが、授業で何を習ったかは全く記憶に残っていない。
 絵を描くのを得意とし、いつも教室の後に畳二畳分ぐらいの大きなキャンバス
を置き、授業の合い間に学校周辺の景色を描いていた異色の美術教師だった。


 昨日の強風で門口、庭、屋根、雨樋等は落ちた杉っ葉で一杯となった。
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