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20年前の記録・(廃)下山田駅

2012-10-18 00:22:41 | 日記・エッセイ・コラム

 記憶の片隅に追いやられた、遠い昔の記録。折尾駅が取り壊される記事を見て、折尾駅で乗り換えて、筑豊の廃線旅に出かけた遠い昔の記憶を呼び起こしてしまいました。
 平成4年8月17日と日付が書いてあるので、ちょうど20年前。20年の歳月が流れ、こうして紹介するとは思いもしませんでした。

201210180002 福岡県の筑豊といえば、明治時代、筑豊炭田から産出される石炭をもとに鉱工業によって栄えていました。
 石炭の輸送をよりよくするため、福岡県の北九州部に鉄道網を敷設。
 上山田線も、石炭輸送を目的し、1895(明治28)年に飯塚~臼井間開業、その後鉄路が延伸し、1898(明治31)年、上山田駅まで開通。
 下山田駅もその頃出来上がっており、建物も明治様式になっています。
 網の目のように敷設したというのに、筑豊炭田が昭和30年代の終わり頃に閉山。
 その頃からぐーんと利用率が下がり、当時の国鉄にとっては、採算が合わない赤字になっても、地域の足として細々と運行していました。
 昭和62(1987)年4月1日、国鉄が解散し、JR九州に継承されましたが・・・・・
 JR九州は国と違って、民間企業。採算が合わない赤字ローカル線は撤退し、第三セクター化を導入しようしていました。
 JR九州になって、わずか1年4ヶ月目。上山田線は廃線に追いやられてしまいました。
 網の目のように張り巡らしていた鉄路が筑豊本線のみ残し、次々と廃線に・・・。

201210180003
 廃線になってから4年。(1988(昭和63)年8月31日廃線、1992(平成4年)8月17日訪問)

 4年経つと、草丈も伸び放題、明治31年に作られた木造の改札口もベニヤ板で覆われています。

201210180001 下山田駅の住所は嘉麻市下山田463番地と出ていたので、検索してみたところ、駅舎跡に自動車整備工場が建っていることが判明。
 私が訪問した20年前の下山田駅周辺は何もなかったと記憶しているのに、今は住宅が建っていたりして、街を形成していますね。

 「次は、かみやまだ~!かみやまだです!!」車内放送する車掌さんのニュアンス風。(笑)

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