東京アイランド

OCNブログ人サービス終了に伴い、ここに引っ越ししました!

広尾駅(その1)

2015-01-31 00:17:48 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 奥に見えるクルマがなければ、今にでも汽車が来そうな雰囲気。ラッチ(改札)もまだ新しく、これでも廃駅とは信じられない風景。

 首都圏のJR駅に自動改札機が導入される前の有人改札はこのタイプが多かったような気がします。駅員さんがここで切符に鋏を入れたり、汽車から降りたお客さんの切符を回収。2つもあるなんて、昔は相当な利用者がいたに違いない。

 レールのあった場所は駐車場に変わってしまいました。

 これは手動分岐器。今の時代、レールの切替は信号に合わせ、自動でやってくれますが、昔はどのレールに入線させるかレバーを引いていました。広尾駅は終着駅。今の駐車場を見て判断できるとおり、昔は構内にレールをたくさん敷いていたかも知れない。今はなき山口県の美祢線大嶺駅も昔は石炭を積むためのレールを何本も敷いていました。駅舎の中にうどん屋もあったほど栄えていたらしい。閉山後は急激に人口が減り、支線は廃線に追いやられてしまいました。

 ここでも臨時改札口。今はなき江差駅もメインの改札口の横にもう1つありました。島根県の大社駅(平成2年廃駅)も、木製ラッチがずらり。せっかく立派な設備を作っているのに、クルマが普及し、人に見捨てられるとこんな運命に・・・。

 なんと!到着時刻表が廃線当時のまま残されていました。

 改札口の真上。

 駅舎をそのまま広尾線鉄道記念館に生まれ変わっているので、駅長室や駅務室の跡地に往年の資料がたくさん展示されています。

 民営化前は「北海道・広尾」の消印なのに、今は「帯広」。

 広尾線の歴史コーナー。広尾駅開業は昭和7(1932)年。現在の動労基準法第5条「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない」が出来る前なので、囚人を使って、食事もろくに与えず過酷な環境で長時間も労働をさせていました。特に有名なのは現在も使われているJR石北本線の常紋トンネル。国鉄時代からあそこを通るたびに人影が見えたなど幽霊話が相次いでいました。昭和43(1968)年の十勝沖地震で壁面が損傷し、中から立ったままの人骨が何体か発見されました。そのため、金華駅の近くに常紋トンネル殉職者追悼碑が建っています。

 広尾駅発行の常備補充券。運賃を調べ、手書きで発行。わが故郷の小さな駅も有人駅だったころも同じようなものがありました。ほぼ100キロ以内の近距離ならあらかじめ運賃が印刷された硬券、遠いところは手書き。博多、広島市内、大阪市内、東京都区内などの主要駅はあらかじめ運賃表に載っているので、計算しなくてもいいが、変な駅行きは手作業で計算するのでかなり大変。

 1番上は指定席の常備補充券。みどりの窓口のある駅まで電話をして、指定席を確保したと応答があれば、手書きで座席番号を記入。C席をE席と聞き間違えないようにCはCHINAのチャイナ席、Eはイングランド席と発音していたようです。

 廃駅直前の時刻表もそのまま保管。広尾線は1日6本っ!!でした。現在も広尾線が十勝バスに引継ぎ、時刻表を見ると1日14本以上も出ているので、昔に比べると少しは便利になったかな。学校が休みになる土日祝は4本減り、10本運行。

 南からは広尾線で帯広、そこから北に向けての士幌線も初めて聞きました。これも廃線になってしまいました。
 広尾駅の話はまだまだ続きます。
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今日はケッコーッ!です

2015-01-30 07:50:03 | 2015青ヶ島
 1月30日。雪を伴う低気圧接近のため、あおがしま丸は欠航となりました。また、羽田から八丈島間の飛行機も、前日のうちに終日欠航(1日3便)が決まっています。天気図を見るかぎり、次に来るのは2月3日か、4日になりそうです。(1月30日 7:45現在の予想)
 残念ですが、再び1週間以上の長い欠航期間が入ります。2015年1月の就航実績は、なんと5回です!!13回就航した去年の同期に比べると、7割も落ち込みですっ!!
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新改駅(その1)

2015-01-30 00:36:09 | 2014坪尻・和歌山(たま駅長)

 特急停車駅の土佐山田からわずか1駅、7.4キロ、220円区間。逆戻りするので、別途往復券を用意、運転士さんに「記念として持ち帰ってよろしいですか?」と提示。「はい」とうなずき。あくまでも運転そのものが仕事なので、いちいち乗車券に「無効」のサインを書くのが億劫らしい。

 一見すると、行き先止まりの終着駅のように見えますが・・・四国山地の険しい山中にあり、急こう配の本線から引き込み線に信号場設置。戦後の昭和22(1947)年に信号場から旅客を取り扱う駅に昇格。北海道の小幌駅も、もともとは信号場。現在は何もないところですが、昔は漁師さんの家もあったらしい。駅員さんもいて、旅客も取り扱っていた。仮乗降場なので、営業キロは設けず、切符は下りなら隣の礼文駅から、上りは隣の静狩駅から計算。1987年(昭和62)年4月1日、JR北海道に継承するとともに「駅」に昇格。営業キロは1990年3月10日設定。みどりの窓口のマルス端末に「小幌」の文字が入るようになったのはその頃から。1990(平成2)年のマルスはかなりでかく、机ほどの大きさ。乗車駅の穴にピンで差し込むタイプ。今の時代、「こぼ」を入力するだけで「小幌」と自動的に候補として表示されるが、1990年当時は、漢字でやりとりするほどメモリもないし、通信回線も余裕がない。4文字のカタカナで入力する電報略号を使用。ちなみに小幌は「セカコホ」、新改は「シコシカ」。昭和時代の電報はカタカナ文字だったと同じように。「アス カエル ヨロシク」とか。

 線路が行き止まりになっているのに、駅名票は両隣の駅名付き。

 待合室は広くて、片隅に掃除道具。お掃除が行き届いているのか、すっきりしています。
 出口に「ほっと平山 1.3キロ」という謎めいた看板が・・・。
 「ほっと平山って何だろう??お店かな?」
 「さあ、何だろうね?」

 友人が「平山小学校の手前に商店があるよ!何か飲み物でも買ってくるから」と言い残し、出かけてしまいました。

 駅前。坪尻駅前は道もなく、草むらだったのに比べるとここは少しマシなほう。

 秘境駅だというのに、クルマで来る人が・・・。ナンバーを確認すると、地元の方ではない。東京や大阪からわざわざクルマでこの駅を見に来るなんて、秘境駅マニアかも知れない。クルマじゃなくて汽車で来いよ!とひそかに思ったら、「18時の汽車で帰るんかい?」と声かけられました。それがまさか!?・・・なんです。(続きはまだ今度)
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30日の就航可能性は・・・【訂正】

2015-01-29 07:49:15 | 2015青ヶ島
 28日に船が来て、次に来るのは2月2日あたりかも・・・と予想していましたが、30日は大丈夫っぽいです。
 低気圧の中心ヘクトパスカルが1016の予想が出ていますので、海はそんなに荒れないかと思います。少し微妙な感じですが、30日は就航できそうな予想です。もし、30日欠航した場合、次に来る船の予想がかなり難しく、2月3日か4日のどれかになりそうです。

 1月24日(土) × 欠航 
 1月25日(日) ○ 就航 条件付貨物便 8:50発
 1月26日(月) ○ 就航 
 1月27日(火) × 欠航
 1月28日(水) 辰巳
 1月29日(木) 芝浦
―――(ここから予想)――― 
 1月30日(金) △ 就航 条件付貨物便 8:50発 × 欠航
 1月31日(土) × 欠航
 2月 1日(日) 日曜運休
 2月 2日(月) × 欠航
 2月 3日(火)
 2月 4日(水) 3日か4日、どれか1回就航の可能性あり。

 1月の就航記録を見ていると、船が来たのは1月13日(貨物便)、14日(通常)、21日(貨物便)、25日(貨物便)、26日(通常)の4回だけ。
 でも、青ヶ島では、冬野菜(白菜、キャベツ、水菜などなど)の栽培が行われているので、食糧の心配はなさそうです。特に貨物便と記載されている日は、生鮮食料品の積み込みはないそうです。また、ゆうパックも欠航している間に八丈島に到着したものを搭載、たちばな丸が八丈島に寄港して積み替えはできないため、取り残されてしまいます。通常と記載されている便なら、関東圏から翌々日。貨物便なら、プラス1日要します。
 「あおがしま丸」の前は「還住丸」と貨物船「ゆり丸」の2隻体制でした。「還住丸」は八丈から青ヶ島間のみ運行。旅客、ゆうパック、クロネコヤマト、生鮮食料品。「ゆり丸」の場合は、東京からの大型物資のみ。海が凪いでいれば、還住丸とゆり丸、ダブル入港ということもたまにありました。島民たちが期待しているのは、貨物船よりいろんなものを積んでもらえる「還住丸」。
 ところが、今は貨物を兼任する「あおがしま丸」1隻体制に移行。やはり、早発の「貨物便」と記載されている日は大型物資が積まれているので、生鮮食料品はあまり期待できないそうです。
(2015年1月28日 23:30現在の予想。海上状況は日々変わります。その通りになるとは限りません)

 1月29日 7:30訂正 状況が変わってしまいました。昨日見たときは、なんとか来れそうな状況でしたが、前に出した予想通り、やはり難しそうです。31日も厳しい。次に来るのは2月3日か4日あたりになりそうです。

(2015年1月29日  7:30現在の予想)

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韓国料理&福岡郷土料理

2015-01-29 00:12:20 | 2015青ヶ島

 伊豆諸島・小笠原のなかで情報発信が活発なのは、日本一のミニ自治体の青ヶ島村。船の就航情報もツイッターに入るし、小中学校の給食室も毎日更新中。おやっ!?と思えたのは、1月26日(月曜日)の韓国料理が給食に登場っ!!キムチチャーハン、塩ナムル、トック(おもち)スープ。

 卓上ポップとは、お料理のメニューや野菜を作ってくれた人のお名前も載っていて、いただきまーすの前に皆さんに発表するそうです。人口170名の小さな島なので、野菜を作ってくれた農家の顔や名前も知っているので、残すようなことはないそうです。

 28日(水)はなんと!!わが故郷の料理でした。厳密に言うと、山口県最西端だけど、生活圏は北九州や福岡も含まれています。母も筑前煮を作るのが得意なので、懐かしいなと思えるメニューでした。福岡からはるばる遠い青ヶ島に赴任された先生もいらっしゃるそうですね~。すごいな・・・。

 青ヶ島に「北九州」の文字登場~!!大変光栄でございます。

 我が家の夕食。巨大グラタン、マグルカルパッチョ、ポテトサラダ、黒霧島。朝夕は炭水化物抜きなのに、私はなぜか太っている??
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旧國鐵広尾線の終着駅、広尾駅はバスターミナル

2015-01-28 00:42:36 | 2014小幌・日高本線・幾寅
 旧字体の「國鐵」の文字を使うきっかけは、國鐵廣島支社。JR西日本広島支社のことを調べようと思っても、広島は「國鐵廣島」と言われるほど、旧国鉄車両の宝庫だとかよく書かれていますしね・・・。。JRに変わってから28年目で大きな転換を迎えようとしています。広島地区の山陽本線に新型227系が今年の3月から導入されます。しかし、運用範囲は糸崎から岩国間(※)なので、下関はなかなか来ない。依然、岩国から下関間は、國鐵のままなんです!!広島で227系の運用が定着するようになってから、そのうち下関にやってくるでしょう。どうせ山口県の田舎は後回しにされっぱなしですが・・・。 
 岩国は山口県の最東端、広島都市圏のアーバンネットワークの範囲なので、岩国から下関は見捨てられた感じです。JR九州も以前までは411系が関門トンネルを潜って、小郡(現在は新山口)まで直通。JR九州が西日本に車両を乗り入れてきた際に発生する車両使用料を西日本から九州に相互乗り入れで相殺。山陽本線は直流なので、交流の九州には乗り入れることは不可。その代り、山陰本線のディーゼルカーを小倉まで乗り入れ。ところが、下関-新山口間68.9キロに対し、下関-小倉間11.8キロ。トータル的に九州が損するので、相互乗り入れはやめようということになり、現在は下関でしっかり線引きしています。同じJRグループなんだから、乗客の利便性を考え、損得計算せずお互い融通し合えばよろしいっ!!(東海道・山陽新幹線も、JR東海と西日本の車両が相互乗り入れ。見分け方は、ドア下付近にあるJRマークがオレンジ色なら東海車両、青は西日本。山陽新幹線・九州新幹線はJR西日本と九州が相互乗り入れなので、九州が東京に行くことはないです。東海も鹿児島中央に行くこともない。まもなく開通する北陸新幹線も、JR東日本と西日本が相互乗り入れ)

 広尾駅到着っ!!旧広尾線で使われた駅舎をそのままバスターミナルに変わってしまいました。広尾線の終着駅です。

 28年前だと、駅舎の向こう側にキハ22やキハ40が停車。

 広尾駅遠望。9月26日とはいえ、気温は24度くらい。寒くも暑くもなく、ちょうどよい気候。アクティブな友人は「今から郵便局に行ってまいりますっ!!」事前リサーチしたところ、広尾駅から郵便局までの距離は1キロ。うちなーんちゅ(沖縄人)はとにかく歩くのが嫌い。どんなに近くても車で移動。1キロもあれば、クルマがないと難儀すると言っているくらい。1キロ先でも、すぐタクシー!なんですよ!だからよー、那覇市の中心部の渋滞は日常茶飯事。みんな歩かず、いっせいにクルマに乗るからだ。
青ヶ島も、琉球文化が伝播・・・というより、八丈島は沖縄の北大東島、南大東島とつながりがあるようです。青ヶ島人も、近くに用事があるだけでも歩くのが面倒くさいからとクルマ!だったような??健康を考えている島民は、集落内での用事は基本徒歩。面倒くさいと思っているのはクルマ。2つに分かれているようです。ワタシ?まあ、3、400mでもクルマかな??歩いて行けっつーの!と自分に言い聞かせていますが・・・。
 友人は「1キロなんて近いよ」って言っていますが、私から見れば遠いなと思っているのか、駅の中でまったり。

 この写真は友人からもらったものです。えりもから43キロ。ここまでバスで来たばかり、これから帯広に行くのに84キロも路線バスの旅。運転手さんも大変だろうな・・・。

 県道、都道、府道、ここは道道。道民は、「道道(どーどー)」でも違和感がないけど、内地から見ると「道が2個もくっ付けている」という感覚になります。

 私は郵便局まで行っていないので、友人撮影。広尾郵便局です。ここは広尾郡広尾町なので、大きくて貫禄のある郵便局でした。引き受けた郵便物は80キロ先の帯広まで搬送されます。ここのポストに投函すると「帯広」の消印になります。

 広尾も、海に面しているところなので、風景印も雄大な十勝港に船、貝。帯広も含む十勝の湾港として、小麦・じゃがいもなどの農作物を首都圏などへ大型の船に積まれるようです。地図を見ても、帯広は内陸部にあり、太平洋側を見てもあれほど大きな湾港を抱えているところはあまりありません。広尾の十勝港が唯一の窓口。
 この風景印が押されたハガキの裏面に「何よりうれしいのは一緒に行く仲間がいること」と書かれていました。そりゃ、秘境が好きだとか、辺鄙なところに行くのが趣味だという人は非常に少ないですしね・・・。私も趣味の合う友人がいて、思いがけないハプニングに直面しても修正してくれるし、助かる一方です。(笑)
 海外で最も変な秘境といえば、京義線の終着駅、新炭里(しんたんり)駅。もう10年以上前かな。マイレージマイルが貯まっているからと、直前になってソウル行き往復を思わずポチッとしてしまった以上、あとは引けない。(金曜日から日曜日の週末3日間を利用)思いつくまま行き当たりバッタリで北朝鮮に近い新炭里駅到着~!!両国がビリビリ対峙するところだと思えないほど、ひなびたところでした。駅舎も、昭和の雰囲気があって味があってよい。今もあの頃と同じように行動できるかと聞かれても、ムリムリ!!「若気の至り」という言葉があるとおり、いきなりの思い付きで無茶な行動を仕出かしても平然とか。そういえば、過去に1度、「そうだ!あおがしま!!」といきなりの思い付きで勤務終了後、「かめりあ丸」乗船。反対側の八重根漁港にタクシーで移動し、上陸したら、なかなか帰れなくなるという怖じ気は全然感じず、ふらふらと還住丸乗船。(還住丸も欠航が多いのに、あの頃はよく調べもせずよく乗れたなと我ながら感心)青ヶ島に着いたのはいいけれど・・・宿の予約をしていないため、どこも門前払い~!というハプニング。人情厚い青ヶ島人なので、なんとか救われました。ずっと昔の思い出です。
 今?「若気の至り」はすでに卒業。慎重に調べては調べて・・・事前に予約したり計画プラン作成するようになりました。
 青ヶ島に芸能人がたくさんやってきてサバイバルするテレビに影響なのか、好奇心旺盛な若者が青ヶ島に上陸するようになり、帰りのヘリコプターの予約を抑えておかないとなかなか帰れなくなる場合もありますと、村役場が夏の間、注意喚起していた時期もありました。
 広尾駅の話は長くなりそうです。今日はこの辺で・・。広尾の話だというのに、山口県のJR九州や青ヶ島に脱線。(笑)
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【動画】土佐山田 → 新改

2015-01-27 00:11:52 | 2014坪尻・和歌山(たま駅長)

 動画の撮影日は11月23日。もう2ケ月前です・・・。自分のお気に入りだと、少しずつアップしていきますので、なかなか終わりません。季節が変わっても、風景が季節外れだと感じることもあるかも知れませんが、ご愛嬌を・・・。
 特急で土佐山田駅下車、阿波池田行きの各駅停車ディーゼルカーで1駅逆戻り。阿波池田行きの列車だと書いていたら、列車は機関車により牽引される何両も連なった客車を意味します。時刻表に必ず掲載される列車番号は、電車、ディーゼルカーを区別するための識別子番号として、「レ」なら客車牽引、「D」はディーゼルカー、「M」は電車。
 特に山陰本線の824レは、有名です。昭和時代、門司(福岡県)→福知山(兵庫県)の山陰本線を鈍行列車として運行。門司から下関間は関門トンネルなので、塩害防止のためアルミのEF30の電気機関車牽引。下関でDD51に付け替え、595.1キロの福知山まで。(途中の浜田、米子でDD51つけ替え)
 門司を朝の5時22分発車、下関5時30分停車。EF30からDD51に付け替え作業。5時42分発車、わが故郷の長門二見に6時46分。もちろんサボ(行先表示)は「福知山」だから、この先もずーっと走行。福知山には23時51分。5時22分から23時51分、気の遠くなりそうな、18時間29分の鈍行。(おがさわら丸も、気の遠くなりそうな船旅。10時に出発して、翌日の11時半に父島なので25時間半なんですっ!!。青ヶ島は前夜のうちに「たちばな丸」乗船、翌朝、「あおがしま丸」に乗り継ぎ、13時10分到着なので、14時間だけど、羽田から朝一の飛行機とヘリならわずか2時間10分っ!!羽田7:30 → 八丈8:25/八丈 9:20 → 青ヶ島 9:40。ヘリが満席なら「あおがしま丸」、通常便9:50→ 13:50、貨物便8:50 → 12:50)
 すっかり話をそらしてしまいました。土佐山田から新改に向かう途中でも、トンネルの数もかなり多かったです。新改駅はスイッチバック駅なので、近づくとレールは行き止まりになっている新改駅ホームへ入線。ドアが閉まり、発車となると、運転士さんは反対側へ着席。本線まで走行し、再び運転士さんは反対側に戻り、本線走行というシーンを撮影しました。
 土讃線は高知を結ぶ特急運行本数も多い「幹線」なのに、秘境駅を2つも抱えている珍しい路線。日本一の秘境駅とされている北海道の小幌駅も、函館と札幌を結ぶ北斗星や貨物列車も走る「幹線」の室蘭本線。似たような環境かもしれません。
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あおがしま丸予想

2015-01-26 10:42:31 | 2015青ヶ島
 1月22日(木) 芝浦 
 1月23日(金) × 欠航
 1月24日(土) × 欠航 
 1月25日(日) ○ 就航 条件付貨物便 8:50発
 1月26日(月) ○ 就航 
―――(ここから予想)――― 
 1月27日(火) × 欠航
 1月28日(水) 辰巳
 1月29日(木) 芝浦
 1月30日(金) × 欠航
 1月31日(土) × 欠航(条件付き出航の可能性も?)

 昨日(25日)は条件付きで出航し、無事着岸。今日はベタ凪ぎなので、出航。2連続は13日、14日以来2回目になります。
 明日も大丈夫だと思いましたが、天気図を見ると再び低気圧が接近するので、厳しいかと思います。
 次第に冬型配置が強まる予想なので、週末の船も、厳しいかな・・・??今日船が来て、次に来るのは、たぶん、2月2日(月)かも知れません。再び1週間欠航続きか!?今の季節、青ヶ島へ渡航は、非常に厳しいです。業務の出張命令で青ヶ島に行けたとしても、帰れる保障はございません。往復ヘリの予約が取れていれば安心ですが・・・。
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小笠原諸島への「ゆうパック」

2015-01-26 00:00:53 | 郵便局・切手
 昨夜、「小笠原宛てのゆうパック、どのくらいかかりますか?」とコメント欄にご質問がありました。
 父島からだと、「おがさわら丸」入港日の、午前10時までに出せば、14時発の「おがさわら丸」に積みますので、関東圏なら、翌日配達になります。
 逆に、内地から父島宛てのゆうパックは、竹芝を10時に出港しますので、日付が変わる深夜帯に江東区の新東京郵便局を「通過」できていれば、乗せてもらえそうです。関東圏なら、前日の午前中までに集配を行う大きな郵便局に出せば、間に合うかと思います。
 「おがさわら丸」の時刻表を見て、関東圏なら出航前日の午前中まで差し出すと翌々日配達できそうです。関東圏以外の地域でしたら、竹芝出航日の2日前あたりを目安に差し出すとよいかと思います。

★小笠原発の場合 

 1日目の午前10時まで 小笠原郵便局の窓口で差出 14時発の船に搭載
 2日目の15:30 竹芝桟橋入港 新東京郵便局へ搬送
 3日目 東北から中国までの範囲にお届け
 4日目 九州・北海道・沖縄にお届け

★関東圏から小笠原行きの場合

 1日目午前中 集配局差出 → 深夜日付が変わる時間帯に新東京通過
 2日目 10:00 おがさわら丸搭載
 3日目 11:30 父島到着、各家庭に配達されるのは夕方あたりになりそうです。
 関東圏以外の地域は、プラス2日多めに見積もるとよいでしょう。

 母島宛ては、おがさわら丸が入港する日に接続できていれば、母島も3日目で配達される可能性は高そうです。

2009年3月12日に書いた、記事を再アップします。

「12年前の母島簡易郵便局」というタイトル。


この中に伊豆諸島や小笠原に関する記事はないかなと目次をチェックすると、「日本一のへき地 離島・母島の郵便局」が載っていたので、借りてみました。
 「宝島別冊 郵便局のゆくえ」というタイトルで1997(平成9)年10月発行と書かれているので、ちょうど12年前ですね。

 今の様子をまだ見たことはないけど、JA(農協)に郵便・貯金・保険事務を委託し、民営化後は個別配達も始まったそうです。



母島簡易郵便局が出来るまでの経緯や、当時の様子が書かれているので、とても興味深い記事。
 国鉄みたいに辺鄙なところの郵便局は民営化後真っ先に切り捨てられるかも・・・と心配していましたが、結局、組織が変わっただけで個別配達が始まったのは郵政省時代になかったサービス。

 12年前の母島簡易郵便局。
 平日の朝8時半から12時まで、昼休み1時間は窓口が閉まり、13時から14時30分。
 今も同じ営業時間だが、昼休みのために窓口を閉まることはなく開くようになっています。
 「おがさわら丸」に積んだ母島宛の郵便物は東京を10時に出発、25時間半かけて翌日の11時半、二見港入港。
 となりの小さな「ははじま丸」に積み替え、母島に着くのは15時半。
 同じ都内にありながら、飛行機で地球の裏側に行くよりも本当に遠い「東京」。
 郵便局の窓口は閉まっているけど、1時間の間に受託者の職員がマンションのような集合ポストに宛名ごとに投函。
 「4時半より15分、郵便の受け取りを行います」とアナウンスが島に響く。


 
  そう、配達を行わないので、島民が自ら郵便局に出向き、集合ポストから手紙を受け取るシステム。 
 集合ポストの下に「ゆうパック」が置かれてあり、自分宛に届いていないか宛名を確認。

 母島に郵便局が出来たのは1973(昭和48)年。
 1968年6月26日の小笠原返還後、5年間のタイムラグがあるのは当初、母島には島民の帰島が許されなかった。
 1972(昭和47)年にようやく帰れるようになり、郵便局の必要性が高まった。
 郵便局が出来る前までは手紙1つ出すのに50キロ離れた父島の小笠原郵便局まで出向かなければならず、やっと手紙を出したかと思ったら今度は海が荒れて帰れないこともしばしば。
 手紙1つに父島で1ケ月近く足止めを食らったこともあったとか・・・。
 
 当初、母島簡易郵便局では肉や野菜、鮮魚などを冷蔵庫に入れた状態と同じように配達する「チルドゆうパック」の取扱はなかったが、島民の要望が高まったため、郵便局を預かっているJA(農協)が郵政省(当時)と数度にわたって交渉した結果、1996(平成8)年12月からやっとサービス開始。
 ある主婦が奮発し、特上の松阪牛、もちろん霜降りを注文。
 ところが、思っていたよりも早く届いていた。
 当時は自分で郵便局に出向き、荷物を受け取らなければならず、冷蔵庫に入れておいてくれたようだが、せっかくの特上なので冷凍しなくちゃ意味がない。
 郵便局から2、3日経って届いていますと電話をもらってすぐに受け取りに行ったが、肉は溶けて汁が出ているし、霜降りもパァ・・・。
 憤った主婦は郵便局に損害賠償を請求したが、戻ってきたのは6000円程度。
 肉代として払ったのは3万円だったので、今でも「チルドゆうパック」という名前を聞くだけでご立腹のようです。(この話は12年前の1997年)
 
 他にも面白い記事ばかり書かれていますが、この辺で。

 郵政省時代の「ゆうパック」は宅配便に比べるとちょっと遅かったみたいですが、民営化された今は宅配便と同じくほぼ翌日配達になっているので、母島簡易郵便局も「チルドゆうパック」が来たら迅速にその日のうちにお届け先までちゃんと配達されるでしょう。

 母島簡易郵便局どう変わったか見てみたいです。
 もし、友人と一緒だとしたら、「郵便局かよ!?」と付き合わされてたまったものじゃないと思うけど、風景印のお土産が付くので、内地宛に小笠原のはがきを出すのもよさそうだし・・・。(笑)
  
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広尾行きバス

2015-01-25 00:49:15 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 様似から広尾までのバスは1日2本。まだ明るいのに、広尾行きの最終バスが来ましたっ!!ということは、様似からここまで来たバスは始発。1日2本という極端に少ないところだというのに、様似からえりも岬、えりも岬から広尾といったように観光客にとっては都合のよいダイヤが組み込まれているようです。観光客よりも、地元の足を優先にして欲しい。

 広尾といえば・・・東京都港区にあり、地下鉄日比谷線の広尾駅もあります。伊豆諸島・小笠原で急患者が出た場合、ヘリコプターで都立広尾病院へ運ばれます。千葉県鴨川市の鴨川亀田病院も対応。港区の広尾は大都会だけど、北海道の広尾は、のんびりできそうなところでした。バス停では、4人のお客さん。うち1人は自転車を抱えていました。広尾まで漕いでいくのは面倒くさいからバスでキセルってことかいな?(自分の足で漕いで行くのではなく、バスに運んでもらう不正を意味します)運転手さんに「自転車を乗せても大丈夫ですか?」と確認すると、「はい」と頷き。もし、乗客もまばらだし、自転車でもオッケーかも知れません。バス会社により、手回り料金を徴収するところもあるみたいなので、確認してみるとよいでしょう。


 北海道らしく、のどかな風景ばかり続きます。

 まもなく広尾でーす!!えりも岬から国道336号線で北上。広尾まではJR北海道バス。広尾からは十勝バスに乗り換え。旧広尾線が走っていた区間はJR北海道バスになるはずなのに、なぜか地元の十勝バスに引継ぎ。様似から広尾まで國鐵がレールを敷設する計画があったため、JR北海道バスが引継ぎ。まだまだ道中は長いです。
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今日もケッコーっ!です・・・

2015-01-24 07:44:17 | 2015青ヶ島
 今日は微妙だなと思いましたが、やはりケッコーッ!となりました。明日は凪いでくるので、前に出した予想とおり、就航できそうです。
貨物便なので、東京~八丈の「たちばな丸」着岸同時に、「あおがしま丸」が出てしまいます。旅人も、荷物の接続が悪く、痛恨!です。
 21日のワンチャンス就航のときも、生鮮食料品の入荷がなかったそうです・・・。明日も貨物便なので、前日のうちに冷蔵コンテナを用意して、明日の船に無事載せられますように・・・。
 去年6月からのダイヤがよかった。通常便も貨物便も同じ時刻(10時)に出て、貨物便のみ八丈島に戻るのが多少遅れるだけで問題はなかったはずなので、このダイヤに戻すことはできるかな~??せっかくワンチャンスの船が来ているのに、生鮮食料品がないなんて皆さんがっかりしますしね・・・。
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土佐山田から新改

2015-01-24 00:39:49 | 2014坪尻・和歌山(たま駅長)
 
 琴平から特急で土佐山田までワープ。特急は新型なので、乗り心地もとてもよかった。島国のJR(北海道・四国・九州)は本州3社に比べると経営基盤が厳しいところだというのに、相次いで新型を導入。古いキハ47やキハ40は有効活用すべく、海外へ無料譲渡。JR四国のコーポレートカラーはスカイブルー、JR北海道はもえぎ色。1987年、JR発足時に四国がもしも、経営が行き詰まったら青の西日本と合併してもよいようにスカイブルー、北海道も東日本と一緒になっても違和感のないようにもえぎ色といったような配色もあったらしい。ある日いきなりJRマークがスカイブルーから青に変わっても、よほど気づかないだろう。そこまで用意してあっても、JR四国とJR北海道としてちゃんと経営しているのは素晴らしい。他社に頼らないようなしっかりした工夫もあるおかげだと思います。JR九州ははっきりとした赤。発足当初から、九州だけでもやっていけると確信もあったのか、成功例は九州新幹線。



土佐山田での乗り換えタイムはとても短く、反対側のホームへ駆け足。

 途中下車して、改めてこの切符に「土佐山田」入りのスタンパーを入鋏してもらいたがったけど、時間がありませんでした・・・。JR四国なのに、東日本の(2-タ)なんてけしからんだけど、琴平駅で他社線のをたくさん買いましたので、お互いさまということで。(2-タ)の2は東日本、タは他社線も含むを意味します。

 山田といえば・・・福岡県の「上山田」「下山田」を思い出します。炭鉱のまちにレールが網の目のように細かく張り巡らされていた時代もありました。上山田線も山陰本線と同じオハ50のレッド客車も走っていました。JR九州になってまもなくの昭和63年に1回だけ、最初の乗車で最後。その年の9月1日、廃線。その5年後の平成4年に上山田線廃線跡めぐりに出かけました。下山田駅は明治28年開業時からそのままの駅舎。かなり貫禄がありました。あれからもう・・・23年も経過。あっと言う間です。
 もう1人。いつも食卓を飾ってくれる、青ヶ島の調味料を作ってくれるお方も思い出します。

 あれれ?坪尻に行ったときと同じ形式の車両ですっ!!國鐵車両はもう消滅なのか。15年前はキハ47やキハ58が活躍していたのに~!!

 ん?高知から450円区間。県都からそんなに離れていないのに、これから秘境駅とは・・・。

 ここでもスイッチバック駅なんですっ!!あっ、もうこんな時間になりました。すいません、ここで引き上げます。今度また続きを書きますね。
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あおがしま丸予想

2015-01-23 07:44:36 | 2015青ヶ島
 1月19日(月) × 欠航
 1月20日(火) × 欠航 
 1月21日(水) ○ 就航 貨物便 高気圧に覆われ、穏やか。8:50発
 1月22日(木) 芝浦 
 1月23日(金) × 欠航
―――(ここから予想)――― 
 1月24日(土) × 欠航 微妙ですが、欠航。午後から凪ぐ。
 1月25日(日) ○ 就航 貨物便 8:50発
 1月26日(月) ○ 就航 
 1月27日(火) ○ 就航
 1月28日(水) 辰巳
 1月29日(木) 芝浦
 1月30日(金) × 欠航
 1月31日(土) △ 就航 貨物便 8:50発 条件付

(1月23日 7:45現在の予想 100%その通りになるとは限りません)
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えりも岬

2015-01-23 00:11:14 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 えりも岬にあった、郵便ポスト。ここで投函すると、「苫小牧」の消印になります。民営化される前は「北海道・様似」(旧集配局)かな。昔の旧集配局体制のほうがよかった。地元地名の消印なので、今みたいに極端に遠いところの地名で押されることはないです。
 わが故郷の旧豊北町内も、滝部、矢玉、特牛(こっとい)、角島、阿川、粟野の消印なのに、現在は一括で「下関」。粟野を過ぎて、安部晋太郎総理のゆかりの地、旧大津郡油谷町。昔は「山口・油谷」の消印なのに、今は「長門」(ながと)。

 強風を体験する施設です。最大風速25mの風が出てきます。まともに呼吸できず息苦しくなり、風の出てないエリアに避難。25mはかなりすさまじいですっ!!

 友人は、えりも岬ももっと奥の岬まで散策。その間の私はお土産屋さんを物色。

 北海道のカニといえば・・・稚内!というイメージがありますが、えりも岬でも獲れるそうです。紅ズワイ3尾セットで5万7千ウォーン!!
 (100ウォン=10円で計算)

 バカでかい2枚貝ですよっ!!

 活きタラバ。ここで買っても、まだまだ道中は長い。これはクルマで来た観光客向けに販売かな。

 恐怖のバフンウニ。北海道はなぜかバカでかすぎる!!
 今度は、広尾行のバスでーす!!えりも岬から帯広方面に出ると、日高支庁から十勝支庁に変わります。日高支庁管内は苫小牧郵便局、十勝支庁管内は帯広郵便局。続きはまだまだ長いです・・・。
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あおがしまお荷物運送事情 Q&A

2015-01-22 22:20:16 | 2015青ヶ島
 ネットで調べても出てこなかったので、自分なりに情報を収集してみました。わかりやすくQ&A形式にしてみました。

Q1.伊豆諸島、小笠原宛で同じ都内運賃で送れる業者は?
A1.日本郵便、クロネコヤマトの2社です。2社以外の業者は離島中継手数料約2000円上乗せされます。

Q2.青ヶ島、小笠原でも個別配達してくれるの?
A2.日本郵便、クロネコヤマトは各家庭まで配達されます。日本郵便は社員、クロネコヤマトは島の方に業務委託しています。
母島の郵便物は農協の方に委託しています。2社以外の業者は、港止まりになります。青ヶ島の場合は、池之沢にある倉庫まで運ばれ、島民の方が直接自分で受け取る方法です。

Q3.青ヶ島からのゆうパックは超速達なのに、逆に内地から青ヶ島宛はいつも綱渡り状態。早く届くときもあるし、なかなか難儀するときもあります。なぜですか?
A3.お荷物はほとんど、空輸ではなく、船のたちばな丸で輸送されます。青ヶ島発のお荷物は、午後の船に乗せ、八丈島で一泊。翌朝の「橘丸」に搭載し、青ヶ島の翌日の、19時40分には竹芝桟橋に着いてしまいます。そこから各地に配送されますので、超速達に変わりありません。
逆に青ヶ島宛だと、橘丸が8時40分に入港して、あおがしま丸が9時50分に出航するスケジュールならば、直行扱いになります。接続する便が悪ければ、そのお荷物は取り残されてしまいます。次の船まで待つか、運が良ければヘリのどちらかになります。一部だけ、故意にそぎ落としていく行為はいっさいしておりません。

Q4.取り残されたすべてのものをヘリに搭載できる?
A4.ヘリの搭乗人員、荷物の大きさや重さなどの兼ねあいもあり、すべてとは言えません。郵便局の裁量により、優先度を選別します。公平を期すため、「私の送った荷物をヘリに乗せて欲しい」といった申し出は対応いたしかねません。乗せてもらえるかどうかは天にお任せください。重たいものや、サイズの大きな荷物は船便になります。クロネコヤマトさんは、ヘリとの協定を結んでいないため、原則として船便になります。

Q5.郵便の手紙やハガキなどの配送方法は?
Q5.片手で持ち運べるような軽い書状のものは郵袋に入れ、飛行機とヘリ、空輸されます。(沖縄から青ヶ島まで翌日配達の実績あり)

Q6.冷蔵便で送れる業者は?
Q6.日本郵便のみになります。冷蔵コンテナを船に搭載します。

Q7.冷凍便は送れますか?
Q7.日本郵便は冷蔵のみ、クロネコヤマトはクールの協定を結んでいないため、冷凍便では送れません。ただいま、島民の方が冷凍でも使えるようにしたいという要望も出ております。

Q8.1週間や2週間の欠航続きが続いた場合のゆうパックはどうなりますか?
A8.100-1701(青ヶ島)宛の荷物が山積みになったとき、郵便局の裁量により、臨時郵便ヘリを要請します。朝の定期便の前に郵便専用ヘリが飛ぶこともあります。これは頻繁にあることではなく、物流がストップし、やむを得ないと判断された場合などなので、年に2、3回はあります。
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