カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

中年男性、中学生になる   遥かな町へ

2020-11-26 | 読書

遥かな町へ/谷口ジロー著(小学館)

 48歳の男が、関西への出張の帰りに、なぜか故郷の倉敷行きの列車に乗っていることに気づく。どうして自分がそうしたのか、覚えが無いのだ。故郷に降り立つと、以前住んでいた家も人手に渡っており、何もかも変わり果てている。そこでせっかくだから亡くなった母の墓を参ることにするが、そのまま記憶が亡くなり、いきなり14歳の自分にタイムスリップしてしまう。そこでは当然母親は生きており、その14の時の夏に失踪した父もいた。理由も分からないまま失踪した父だったが、過去を知っている今の自分なら、父の失踪を止めることができるのではないか。まだ、幼さの残る14歳という時に戻って、48歳の男は悩みながらも青春のひと時を取り戻すのだった。
 有名な漫画らしいが、そうと聞いて読むことにした。なるほど、これは傑作である。48歳の男が子供社会に混ざると、それなりにスーパーマンのようなことになる。当時は嫌だったはずの勉強は楽しいし、若い肉体に戻って体は軽くなり、スポーツだって頑張ってできるようになっている。大人びた行動に、クラスのマドンナだった女の子から好意を寄せられるようにもなっていく(実際に付き合ってしまう)。そういうことと同時に、謎に満ちた父の失踪の秘密も、探っていくことになるのだった。
 タイムスリップという手法は、ある意味ではありふれた物語になりがちだが、現在と過去の関係が、そのためにどうこうなるような話では無いようだ。しかし自分の経験した過去とは別の出来事が起こり、そうして何かを変えられるような期待を持つようになる。34年も前の過去であるから、細かい記憶はあいまいではあるが、しかし父が失踪したような大きな事件は当然覚えている。友人関係も微妙に変化はするが、それで大きな将来が変わってしまうものなのかは分かりえない。主人公は明らかに異質の存在のはずだが、その変化に対して、周りの大人も子供も、なんとなく遠回しに不気味にも思い、面白くも思っているのではないか(一部面白くない嫉妬は受けるが)。
 時々中学生である自分のことを忘れるわけだが、大人のようなふるまいをして羽目を外したりすると、ちゃんと大人に怒られることになる。一応子供だから、そういうことは受け入れる。でもまあ本当は大人になっているから、自分と同じかそれより年下に怒られている訳で、妙な心境なのではないか。今の時代なら多少不合理な理由で怒られる訳だが、子供のふりをして受け入れるというのはどういう気分だろうか。
 妙な感動もあって、なるほどなあ、という感慨もある。いろいろと悲しいものが含まれてもいるが、決して後味は悪くない。こういうことで行くと、パラレルに残された自分の人生が困るのではないかとは思ったけど、まあ、それはそれである。戻ってきても、いい人生になればいいのである。
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