カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

変で難解だけどそれなりに面白いです   泳ぐひと

2020-11-01 | 映画

泳ぐひと/フランク・ペリー監督

 もう50年以上前の作品。主演のバート・ランカスターが、最初から最後まで海パン一丁でいることでも有名で、でもそうだからといってエッチな作品なのではない(グラビア・アイドルではないし)。郊外にある恐らく高級住宅地が点在するところで、庭にプールのあるお宅を泳ぎながら伝い歩いて、自分の家まで帰ろう!って言いだして、実行するお話。本当にそれだけの話なんだけど、自宅に帰るまでのいくつものプールで泳ぐために、そのそれぞれのお宅での会話に妙なドラマがあるという、今となってはカルト映画として有名な作品。まずは観てもらってそのまま感想を述べるのも結構だけど、実際にその謎を理解できる人は少ないだろう。正直言って、何かの含意があるとは見て取れるものの、いったい何が言いたいのかはさっぱり分からない映画だった。だからつまらない作品だというのではなくて、不思議な味わいを経て、なんとなくその違和感がじわじわ来て、ラストもなかなかにショッキングだった。
 訳が分からなかったと先に言ったけれど、その解釈には僕なりに自信がないだけのことで、恐らくは当時のアメリカ社会の、金持ちや階級社会的なものと、没落した悲劇を描きたかったのではないかと思う。調子が良ければ水泳の姿とはいえ裸同然でいるからこそ、リッチで力強く、また調子のいい余裕もかえって伝わるのだけれど、もちろん無一文で裸だと、寒々とみじめなのだ。そのコントラストを強調するために、このような演出を選んだのだろう。
 ところで原作となったジョン・チーバーの短編も、ネット上で読むことができた(今の時代は素晴らしいですね。さらにあの村上春樹訳で本も出ているらしい)。これを読んでさらに驚いたが、割合その解釈は正しいのかもしれない。もっとも映画のように馬が出てくるわけではないし、会話などもまったく違う。少年も出てこないし、途中一緒にプール巡りをする女性もいない。しかし、基本的な路線は、原作の中にも見て取れた。なかなかに難解ながら、なるほど映画も素晴らしくなるわけである。
 ということで、ちょっと変な映画には違いないが、それなりに含みと余韻の残る文学的な作品といえるかもしれない。まったく変だけど、観てソンは無い筈です。
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