ジャッジ・裁かれる判事/デビット・ドブキン監督
母親の葬儀に駆けつけた敏腕弁護士の息子は、父親とは折り合いが悪いようだ。父は地元で長年判事を務め、いわば名士と目される人物だ。たいして関係が改善されないまま帰ろうとしていると、父の車に傷がある。さらに警察から連絡があり、ひき逃げの容疑がかけられる。肝心の父には持病の薬の作用なのか、記憶が無いという。地元の頼りない弁護士に任せることが出来ず、自ら弁護をすることになるのだが…。
息子は弁護士としては大変なやり手のようだが、女性への手癖は悪いようだし、感情も激しく、善悪の見境があいまいだ。現実主義と合理主義とさらに傲慢という感じだろうか。父親のことも地元のことも、いい思いなどは持っていない。しかしそれでも父親である。どうしても、弁護して無罪を勝ち取りたいと一心になっている。父親は真面目一徹で、さらに正義感の塊のような人物だ。事故については記憶が無いというが、どうも何か隠しているような感じがする。もちろんその謎はだんだんと解けていくことになるが、むしろ父親は罪を積極的に被ろうとしているのではないか。そうしてそれは何故なのか。
テンポよく、エピソードも面白く娯楽作として楽しめる。しかし物語はだんだんと親子の人間ドラマとして濃厚な展開を見せるようになっていく。
映画としての娯楽性を失うことなく、さらに単なる親子の甘ったるい愛情を描くということでもなく、しっかりとドラマを組み立てられている秀作である。道徳や倫理という問題から考えて、こういう物語で良いのかどうかは僕には分からないが、下手な説教を聞くよりも数倍も人間理解には役立つのではないか。これで傲慢なところがある息子の更生になるとは思えないが、親子の感情は計り知れないくらいに改善がもたらされたのではあるまいか。心が温かくなるような映画ではないけれど、そのような不条理を抱えているのが人間らしいということになるのであろう。そういう意味では正直な映画だし、真実が描けているフィクションだと思うのだった。