因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団民藝 夏の稽古場公演『ハンディマン』 

2019-08-02 | 舞台

ロナルド・ハーウッド作 渾大防一枝翻訳 西部守演出 公式サイトはこちら 
1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28,29,30,31,32,33,34,35,36,37,38 ,39,40) 劇団民藝稽古場スタジオM 4日終了 6月観劇の『闇にさらわれて』は、ナチスがまさに台頭せんとしていた1930年代のベルリンが舞台であった。今回は戦争が終わって50年後の物語である。

 当ブログ記載のロナルド・ハーウッド作品観劇の記録は次の通り。同じ民藝の『コラボレーション』(2014年10月)、加藤健一事務所公演『ドレッサー』(2018年3月)、同『Taking Sides~それぞれの旋律』(2019年5月)。

 クレシダ(笹本志穂)とジュリアン(大野裕生)夫婦はロンドンを離れた静かな街で暮らしているが、そこにはクレシダの父の代からロマン・コザチェンコ(杉本孝次)という老人がいる。大工仕事に料理、裁縫に至るまで器用にこなす、まさに題名の「ハンディマン」(便利屋)であり、公演チラシには「50年以上家族同然に過ごしてきた」とある。そこへ第二次世界大戦中、ロマンがユダヤ人大量虐殺に関与していたという嫌疑がかかる。いかにも切れ者の警部(みやざこ夏穂)や女性弁護士(いまむら小穂)が出入りしたり、裁判に召喚されたりと、穏やかな日々は次第にただならぬ事態となってゆく。

 当事者になるとはどういうことか。本人だけでなく、周辺の人々も否応なく巻き込み、自分でも気づかなかった(気づかずに済んでいた)暗部を突きつけられることの苦悩を描いた作品である。

 家事万能と言えば即座にテレビドラマの『家政婦のミタ』が想起してしまうが、本作のロマンは老人でもあり、万事のんびりした好々爺の風情である。しかし過去の事件について尋問が進むにつれ、彼がウクライナ人であること、戦時中に収容所にいたこと、コミュニストを嫌っていたことなどが、いささか無理やり明かされていく。嫌疑をかける警部たちは、最初からロマンをクロと決めつけているらしく、容赦なく彼を追い詰める。ロマンは、自分は収容所のコックであり、ユダヤ人を虐殺したのは別人だと懸命に訴えるのだが、それを裏付ける証拠や証人が存在しない。

 息づまるような論争劇であり、舞台からは翻訳、演出ともに劇団で担う熱気が伝わる。しかしながら目の前のロマンは何語で話しているのか、彼の母語は何語なのかという根本的なところで躓いた。警部の尋問に対し、彼は非常に拙いことばで対応する。その様子は、英語がうまくできない、つまり外国語で難しい内容を理解し、正確に答えることに困難を来たしていることに加え、いささか老人性認知症の様相にも見える。またロマンの証言を若い警部(保坂剛大)が言い換える場面(この箇所については不明点多し)があり、ロマンも警部も、こちらには同じ日本語が聞こえるのだが、この辺りにも本作の複雑な有り様を示すものがあるのではないか。

 ロマンのような善良そのものの人でさえ、戦争になれば暴力的な行動をとる、誰にでもその芽があることを示したいのか。それはロマンに限ったことではなく、クレシダはロマンを心から信頼し、大切に思うあまり、弁護人に暴言を吐き、ついには「ユダヤ人虐殺などなかった」とまで言う。そのクレシダを、弁護士は思わず平手打ちし、自分のなかの暴力の芽の存在に慄然とする。

 劇団民藝の財産演目でもある木下順二の『夏・南方のローマンス』をはじめて観劇したとき実際には手を下していないにも関わらず、戦犯として処刑される運命を描いた作品として、井上ひさしの『闇に咲く花』を思い起こすこと、曽野綾子の小説『地を潤すもの』について記した(同作2018年観劇記録)。『ハンディマン』は戦争中の罪が戦後に暴かれるという似た構造であるが、落としどころが異なる作品と見た。

 民藝の夏の稽古場公演は、若手劇団員の挑戦をベテランや中堅が受け止め、手強い作品にぶつかってゆく姿が清々しい。観客の誘導や靴用のビニール袋の受け渡し、飲み物の案内などに携わる俳優方の様子もきびきびとして気持ちが良く、毎年和光大学の表現学部芸術学科の学生による公演チラシ、応募作品のミニ展示など、手作りの温かさがあって、いつも楽しみにしている公演だ。できれば戯曲を読み、作品周辺の知識も備えた上で、もう一度向き合いたい舞台である。

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