因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

2016年6月の観劇と句会

2016-05-30 | お知らせ

 6月は話題の公演が目白押し、忙しくも楽しくなりそうです。
*オフィスコットーネプロデュース 瀬戸山美咲(ミナモザ)作・演出 『埒もなく汚れなく』
 2009年、事故で亡くなった劇作家の大竹野正典の人生を描く。瀬戸山作品の過去記事はこちら→  (1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24

*文学座公演 『何かいけないことをしましたでしょうか?という私たちのハナシ。』
 略して『何いけ』というそう(笑)。30年以上前の「イエスの方舟事件」(Wikipedia)がベースになっているとのこと。当時のマスコミの取り上げ方や世間の受けとめ方はあまりはっきりした記憶がない。後年ビートたけしが千石イエス役を演じたテレビドラマも最後まできちんとみていないと思う。今回の文学座の舞台に出演するのは女性だけである。彼女たちが「おっちゃん先生」と呼ぶ教祖は入院中の設定とのこと。

*くちびるの会第4回公演 山本タカ(1,2,3,4,5,6,7,8,9)作・演出 
『ケムリ少年、挿し絵の怪人』
 (1,2,3
 吉祥寺シアター進出の最新作は、江戸川乱歩の「少年探偵シリーズ」が原作とのこと。山本タカの作る舞台にはじめて出会ったのが2010年の晩秋、乱歩の「押絵と旅する男」、「芋虫」がベースの『覗絡繰-ノゾキカラクリ-』であった。あれから5年半、外部作品の演出、新ユニットの立ち上げなど、さまざまな体験を経た劇作家の現在と未来をしかと見届けたい。

*green flowers 『さい、なげられて』1,2,3,4,5,6
 劇作家イトキチの冠婚葬祭三部作の最終作品は、夫の四十九日法要をめぐる物語。「グリフラ」ことグリーンフラワーズの舞台を楽しみにしている知人友人がたくさんいて、観劇した人がほとんど例外なくグリフラファンになるという・・・!

九十九ジャンクション 第3回公演 (1,2
 『平和な時代に生まれて-終わりなき道の標たち-』 
 土屋理敬作品を続けて上演した九十九は、今回は「九十九ジャンクション新人発掘プロジェクト」として、新進劇作家の八屋亨の作品に取り組む。

*劇団民藝公演 『炭鉱の絵描きたち』
1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22

六月大歌舞伎
 今月は昼夜の二部ではなく、11時~、14時45分~、18時15分~の三部制で、『義経千本桜』の通し上演が行われる。

劇団ロ字ック 『荒川、神キラチューン』 (1,2,3,4,5,6,7
 山田佳奈率いるロ字ックが、東京芸術劇場に殴り込み、いや失礼。そんな感じがします。でもがんばれと心から。

以下追加です。
猫の会 『ありふれた話』2016 猫の会公演および、主宰の北村耕治が戯曲を書いた作品の記事はこちら→(1,2,3,4,5,6)旗揚げ10年を迎えた猫の会が、咋年夏初演された『ありふれた話』を大阪を皮切りに、東京、松本、仙台、石巻の5都市をめぐる初のツアーを行う。不可思議な不倫旅行の物語が全国を旅すると思うと、少し楽しい。
*楽園王創立25周年記念公演 清水邦夫作 長堀博士演出 『楽屋』
 2011年3月に、劇団創立20周年記念として公演を予定していたが、東日本大震災のため中止を余儀なくされた『楽屋』を、5年後のいま改めて客席に問いかけるもの。上演会場であるサブテレニアンの10周年記念月間でもある。

 句会の予定と兼題は次のとおり。
*本部句会 「青簾」(あおすだれ)、「柿の花」
*演劇人句会 「競べ馬」、「目高」
*金星句会 「鰻」、「茄子の花」
 この季節、「こんなに紫陽花があったのか」と驚くくらい、普通のおうちも病院などにも紫陽花が植えられていることに驚きます。葉っぱだけの状態ですと、これが何の花なのかあまり考えていないことに気づかされます。紫陽花は俳句に詠むのがむずかしいと聞きましたが、こんなにたくさん美しく咲いている様子を見ると、今年こそは素敵な句にしたいと思わずにいられません。

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劇団桃唄309 『風が吹いた、帰ろう』

2016-05-29 | 舞台

*長谷基弘戯曲・演出 公式サイトはこちら 座・高円寺1 29日で終了 長谷基弘作品の過去記事→(1,2,3
 瀬戸内海に浮かぶ大島は、明治時代後期より続くハンセン病の隔離療養施設のある島である。劇団と主宰の長谷は、2014年、2015年の二度、大島の青松園においてワークショップを行った。島の生活を体験し、元患者の方々との交流を通して、「これは劇にすべき、しかも急いで」と思ったという(公演リーフレットより)。東中野のRAFTで上演しているカフェ公演シリーズにおいても、中編作品を2本上演し、今後も新作を製作する予定があるとのこと。長谷は、「今回の劇では、『私たちのこと』を描こうとしました」と記す。みずからがハンセン病になったわけではなく、家族や親しい人に元患者がいるわけでもない。まったくかかわりがない(と思い込んでいただけ)人々が、何らかのきっかけや、思いもよらぬ出会いによって、島で暮らしていた人々、いまの島の様子に導かれる様子、それまでの生き方、心の向きを少しだけ変えようとするすがたを描いた2時間と少しの物語である。

 本作上演にあたっては、瀬戸内国際芸術祭とも深くかかわっており、作品の舞台となった大島でも長期プロジェクトが開催中だ(芸術祭のサイトでは、「ハンセン病回復者の国立療養施設がある島」と説明されている)。千秋楽の終演後にトークショーが行われ、同芸術祭の総合ディレクターである北川フラム氏が登壇された。舞台をみて安心し、喜んでおられた様子だ。

 舞台上手と下手には敷物や椅子が置かれ、出番のない俳優がそこで控えている。中央の広々とした演技エリアには何もない。登場人物は、島の療養所に暮らす患者(入所してから年老いるまで数十年間)、東京で生活する人々、シェークスピア劇を上演する劇団の人々と、いくつかにグループわけすることができる。島の療養所の場面では、まだ若いうちに夫や家族から引き離されて入所した女性が、患者である男性と心を通わせ結婚するも、その当時は夫婦寮がなかったこと、子どもを作らないよう施術されたことなどが、生々しく語られる。いっぽう東京グループには、社会にうまく適応できずにセラピーに通ったり、ひたすら楽に生きようとしていたり、島の人々とはまったくかかわりのなさそうな様相が描かれる。
 しかし偶然の出会いや、小さなきっかけがつながって、自分にはハンセン病のために戸籍から抜かれた祖母があり、そのために縁談が壊れたり、ほとんどナンパ目的で近づいた女性の影響で島を訪れたりなど、舞台の人々がハンセン病の島をめぐって少しずつつながり、交わっていく。

 老女となった元患者が、これまで体験したことを話す場面では、舞台にいる人々を、「あんた、この人の役ね」と配役したり、「もっとうなだれて」と演技指導などもして、さながらワークショップ風に進めていく。まさに演劇ならではの描写であった。このように演劇が人々をつなげていく。体験したことのない気持ちを想像し、声に出し、動いてみることが、その人の生き方を変えることもあり得るのだ。

 ただ劇の冒頭からつまづいたのは、俳優の演技のテンション、台詞の発語のしかた、からだの動きなどが、自分にはあまりにも元気がよすぎるというか、なぜこのような話しかたをするのか、ここまでからだを動かす必要があるのかがわからず、困惑せざるを得なかった点である。普通の話し方、動き方(という言い方も適当だが)ではだめなのか。開幕前に長谷氏が「劇中の音頭があるので、手拍子をしていただけると嬉しいです」と挨拶されたが、これも不要ではないか。客席が思わず手拍子をしたくなるような空気を作る。そのほうが大事だと思う。
 そのなかで、東京の出版社で働く男性を演じた國津篤志の自然で誠実な演じぶりが非常に好ましい印象であった。國津については、2014年の春カフェ『刀を研ぐひと』の質実な演技が思い出され、ぶれない姿勢に客席から改めて信頼を寄せるしだいである。

 ハンセン病を題材にした作品としてすぐに思い出されるのは松本清張の『砂の器』であり、遠藤周作の『わたしが・棄てた・女』である。いずれも映画化、テレビドラマ化されており、後者はミュージカルとしても上演されている。長谷基弘と桃唄309の『風が吹いた、帰ろう』は、ハンセン病の歴史と現状を踏まえつつ、今とこれからを生きる元患者と、わたしたちのことを舞台で描いたものだ。「私たちのこと」を描こうとした劇作家の願いは、明るく優しい舞台に結実した。そのことを客席からともに喜びたい。

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因幡屋通信53号完成

2016-05-28 | お知らせ

 おかげさまで因幡屋通信53号が完成し、本日設置先の劇場やギャラリーへ発送いたしました。皆さまのご理解とご協力、ご支援に心から感謝申し上げます。今回は以下のラインナップでお届けしております。リンクは観劇直後のブログ記事です。ご参考までに。

☆観客の役割と責任~Ring-bong第6回公演 山谷典子作 藤井ごう演出『名もなき遠き島より』
 物語のクライマックスで、自分でも予想しなかった感情が湧きおこりました。
☆再会の幸せ ある作品を改訂し、同じ劇団で再演すること、あるいはまったく別の座組み、演出で上演すること。最初の出会いで得られなかった手ごたえに恵まれた以下ふたつの舞台について。
 ・劇団フライングステージ第41回公演 関根信一作・演出 『新・こころ』
 ・clud企画 デビッド・ハロワー作 小田島恒志翻訳 荒井遼演出 『Blackbird』
☆俳優修業とは?~岡本健一の場合~
 俳優岡本健一が奈良岡朋子から受けた強烈なダメだしとは?
☆冬から秋のトピックとして、今年1月から4月に出会った舞台、映画について短くコメント。ほんとうに今年は観劇の当たり年かもしれません。

 今回は薄いグリーンです。劇場ロビーのチラシラック等でお見かけになりましたら、どうか手に取ってやってくださいませ。合わせて「えびす組劇場見聞録」は52号を重ねることができました。今回は、二月大歌舞伎より、『籠釣瓶~』と、思いがけず記憶のよみがえった2007年のサニーサイドシアター公演『籠釣瓶~』について記しました。こちらはクリーム色、どうぞよろしくお願いいたします。また通信や見聞録をロビーのチラシラックなどに設置していただける劇場やギャラリーなど、お心当たりがありましたら、ぜひお知らせくださいませ。

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劇団文化座公演146 『反応工程』

2016-05-25 | 舞台

*宮本研作 米山実演出 公式サイトはこちら 文化座アトリエ 29日まで 文化座公演の過去記事はこちら→1,2,3,4,5,6
 劇作家・宮本研の「戦後三部作」(他二作は『日本人民共和国』、『ザ・パイロット』)のうちのひとつ『反応工程』が、俳優座と文化座で連続上演される。俳優座公演の観劇記事はこちら
 初日の今夜は満席御礼。のみならず29日までの全日程完売の大盛況である。最前列の座席で少々心配だったが、座席から舞台まで多少距離があること、舞台の床がわりあい低めに設置してあることから、見上げる姿勢にならずに済んだ。開幕前の場内には、アルヴォ・ペルトの『鏡の中の鏡』が静かに流れ、現実から慌ただしく劇場に駆け込んだ観客の心を整えてくれる。これほど短期間で同じ作品をべつの劇団で見るのは初めてで、文化座の初日はその期待にじゅうぶん応えてくれるものであった。

 決してわかりやすい作品ではなく、それはまず『反応工程』という題名ににもあらわれている。はじめて公演チラシを見たとき、お芝居のタイトルとはにわかに認識できなかったほどである。舞台が石炭を原料にした染料工場であり、戦争末期のいまは、原料にさまざまなものを加えて「反応」させる「工程」を担っていることから、まさに題名とおりの内容である。しかし俳優座から今回の文化座の観劇を経て、この一見何の装飾もない素っ気ない題名が示唆するものについて考えた。

 反応工程の現場には、さまざまな立場の人が出入りする。勉強なかばで駆り出された動員学徒・田宮、影山。大正時代からこの工場で働いている叩き上げのベテラン工員・荒尾。昇進して管理職になった猿渡、訓示が好きで、いかにも上に弱そうな係長の牟田もいる。さらに見習い工の矢部、まだ中学生の木戸、さらに工員の娘、学徒の妹、憲兵も登場する。人物の力関係を把握するうえで少しわかりにくかったのが、監督教官という職責の清原助教授と、社会主義に傾倒している勤労課員の太宰だが、1945年の8月5日にはじまり、翌年3月に終わる物語は、70年の歳月を超えて当時の人々の生々しい息づかいを伝えるものである。

 動員学徒の影山が召集令状に従わず、すがたをくらましたことで、反応工程の現場は緊張が高まり、悲劇的な結末になだれ込む。変わり身早く、即座に「デモクラシー」を説く助教授や、労働組合に精を出す係長を、田宮は冷ややかに見つめる。彼に社会主義思想を教えた太宰は憑き物が落ちたように晴れやかな表情になり、見習い工の矢部は戦争中よりもいっそう生き生きと仕事と組合活動に取り組んでいる。田宮は変われない。大学進学をやめて、郷里で百姓をしているという。生き残ったうしろめたさ、世の中が激変したことへの戸惑い、意地もあろう。彼がこれからどのような戦後を生きていくのかを観客にさまざまに想像させて、舞台は終わる。「反応工程」とは薬品の化学変化だけではなく、人の心、生き方が、時代によってどのように反応し、変容するのか、あるいはしないのかという工程をも指すのではないだろうか。

 舞台は虚構であり、一夜限りのものだ。しかし今夜の舞台は、『反応工程』の人びとが生きた(あるいは生きられなかった)時間のさきに、いま客席にいる自分の人生があることを確信させるものであった。もし観劇を迷っている方がいらしたらぜひにと言いたいが、前述のように全日完売なのでしたね。残念であると同時に、この作品がここまで観客を集めていることがとても嬉しく、幸せな初日であった。

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俳優座公演№328『反応工程』

2016-05-25 | 舞台

*宮本研作 小笠原響演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋ホール 22日で終了 劇団公演の過去記事はこちら→1,2,3 25日からは劇団文化座でも同作品の上演がはじまる。
 1945年8月、敗戦が目前に迫った九州・大牟田の軍需指定工場が舞台だ。もともと三池炭鉱の石炭をもとに染料を作っていたが、いまでは石炭を化学変化させて、薬品や爆弾を製造する工程のひとつ、「反応工程」の現場になっている。学徒動員された若者たち、叩き上げのベテラン工員、その娘、監督教官や憲兵などが繰り広げる戦時下の青春の日々である。

 宮本研自身に学徒動員の体験があり、病気で郷里に帰されたがゆえに空襲を逃れたという。何人もの友人が命を落としたなかで、生き残ってしまったことへのうしろめたさはいかばかりかと想像する。創作のエネルギーとは、「これを多くの人に伝えたい、知ってほしい」というまっすぐな情熱はもちろんあるだろうが、ときには逆に「これだけは言いたくない」と封じている思いもあるはず。それを書き記すとは、どういうことか。

 ベテランから中堅、若手まで幅広い年齢の俳優が出演するが、実際に戦争を体験した者は、演出の小笠原響ふくめ、誰もいない。2014年1月18日付朝日新聞「第一次世界大戦の遠近法」④に、立教大学教授の生井英考氏が次のように述べている。「兵士は身体経験を通した記憶を証言できる。半面それは微視的で、『なぜ戦争が起きたか』という巨視的な歴史の再構成には向かない」と。
 観劇した日は、演出の小笠原と出演俳優が登壇するアフタートークが行われた。客席に質問や感想を求められ、5歳で敗戦を迎えたという男性から次のような感想があった。(少々記憶があいまいだが)戦争に反対し、平和を願う詩の朗読をしておられるとのこと。そのグループには90歳を超える方もあるが、「戦争についての詩は、あまりに身近すぎて取り上げたくない」と言われるのだそうだ。実際に体験した方の生の声には、有無を言わさぬ迫力と現実味がある。体験していないこと、知らないことは、絶対的である。しかし、そこを一歩飛び越えて、あのときの若者、叩き上げの労働者、脱走兵、その家族の気持ちを懸命に想像し、みずからの声とからだで表現することに、きっと実りはあるはずだ。それを感じ取るためには、客席のこちらもしっかりしなければならないけれども。

 実を言うと、今回の上演における俳優の演技、人物の造形が戯曲に対して適切であるのか、よくわからないのである。それぞれ自分の持ち場を誠実につとめ、よい舞台を届けたいという熱意は伝わってくるが、演技の熱量が強いあまり、表現しきれないところもあるのではないか。紀伊國屋ホールは、観客にとって決して見やすい劇場ではなく、後方座席になると俳優の表情の微妙な変化など、じゅうぶんに味わえない点もある。またもう少し抑制の効いた台詞をじっくり聞きたかったと思う。

 劇団では演劇と社会をつなぐ新しい動きを起こすべく、「俳優座『反応工程』を成功させる会」を結成した。映画監督の山田洋次氏、SEALDsの奥田愛基氏はじめ多くの賛同者が一堂に会するキックオフイベントや、金子兜太氏の選定による「平和の俳句」の募集も行った。28日には委員会の解散式が行われる。これは公演終了のねぎらいだけではなく、『反応工程』に取り組んだ俳優座の意志を再確認し、協力者への感謝とさらなる活動に向けて志をあらたにする機会と思われる。
 小笠原響の寄稿に、いま座組みで「若」と呼ばれている文字通り若手の俳優たちが「若」でなくなっても、新しい「若」たちとともに演劇に取り組んでほしいとの願いが記されている。
 客席に身を置く立場からも同感だ。俳優座のレパートリーのひとつとして、毎回本式の上演は無理でもリーディングや、稽古場公演などを通して、宮本研作品の上演、俳優の訓練の場として継承されんことを。

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