演劇の上演にはさまざまな困難がある。今回の公演までの紆余曲折は、当日リーフレット掲載の井上優教授の「ご挨拶」に詳しい。本プロジェクト初の本格地方公演を能登演劇堂で行う予定だったところを、1月1日能登半島地震に見阻まれた。ならば例年スタッフのワークショップを兼ねて実施してきたラボ公演をやろう、さて演目は?となったとき、旧知の劇作家・猪上混が2週間で書き上げたという本作を持って現れた…というから、実に不思議な巡り合わせである。
その作品とは、今年11月に予定されている第21回MSP『お気に召すまま』のまさに番外編。不幸ないきさつで殺人を犯してしまった女子高生が、その筋肉質の肉体を見込んだプロデューサーにスカウトされ、男性の覆面レスラーとして北陸のプロレス興行で活躍するという、一見荒唐無稽ではあるが、恋する女性が男装して相手を翻弄しつつ、遂に愛を勝ち得るという原作の基本的なところは押さえてあり、井上教授曰く、「世界観は生きている」のである。
スタジオ内は、プロレスのリングを思わせる四角い演技エリアを客席が両側から挟む形になっており、左右に設置された白い板に字幕やイラストが映写される。シェイクスピアの気配は全く感じられない現代の物語だが、思い切り振り切っているところが気持ちよい。ただ終盤の幕間劇の意図や効果については疑問が残る。
台詞のところどころに微妙な違和感があったり、場面転換のタイミングや間合い、次の場につなぐ呼吸、プロレスのアクションなど、あともうひと息ブラッシュアップされれば、客席の熱気も高まってもっと笑いが…と欲が出てしまうのは、それだけ今回の舞台が伸び伸びと奔放な魅力に溢れていたからだろう。
自分はまだ『お気に召すまま』の本式の上演を観劇したことがない。MSPインディーズによる唐十郎作『シェイクスピア幻想』PARTⅡの「君はギャニミード」(2018年2月)の記憶が鮮やかだ。そこに今回の番外編が新たに加わったことになる。この番外編は、本編への予習や助走を越えて、時に「暴走」となるかもしれず、それもまた観劇に向けての筋トレであり、旨みにもなりそうである。
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