因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

『CLEANSKINS/きれいな肌』

2007-04-21 | 舞台
*シャン・カーン作 小田島恒志訳 栗山民也演出 新国立劇場小劇場 公式サイトはこちら 公演は28日まで
 見逃したら大変な後悔をするところだった。それは本作が、新国立劇場の芸術監督である栗山民也が新進気鋭のパキスタン系イギリス人劇作家のシャン・カーンに委嘱して、これが世界初演の舞台であるというプロジェクトとしての特殊性、話題性を抜きにしても、母(銀粉蝶)とふたりの子どもたち(姉:中嶋朋子と弟:北村有起哉)の物語は、外国の一家族の問題とは思えなかった。翻訳戯曲の上演で外国人の役を日本人が演じるのをみると、どうしても違和感があるものだが、本作はこれがイギリスの話であるとか、娘がイスラム教徒であるなどということをいつのまにか考えなくなっていた。これは彼らだけの話ではない。

 だいぶくたびれてはいたもののそれなりに続いていた家族が、今度という今度はほんとうに崩壊してしまいそうなギリギリの様子がつぶさに描かれる。作者のシャン・カーンは観客に容易に先を読ませず、安易な希望も抱かせない。たった3人の家族なのに、心を許し合って共に生活することは不可能なのだろうか。ならば言葉も民族も宗教も違うものが理解しあうこと、世界が平和になることなど、どだい無理ではないか。

 終幕は、正直あっけない印象であった。自分はもう1シーンあると思っていたし、ストンと暗くなってカーテンコールになったときは「こ、ここで終わりか?!」と混乱した。お芝居の終わりであるという気構えが出来ていなかったからである。よれよれに傷ついた弟の姿が忘れられない。彼が立ち直るには時間がかかりそうだ。

 できればもう一度みたいし、本作が国内外のいろいろなカンパニーで上演されることを心から願う。劇の内容が変わるわけではないのだが、みる側の捉え方がそのときによって微妙に変化する作品ではないかと思う。幸運にも世界初演の舞台をみることができた今夜の自分は、終幕に微かに感じた薄明かりのような希望を信じたいと思っている。
 

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次回また・・・坂のはるまつり

2007-04-21 | インポート
 4月7日掲載した「急な坂スタジオ 坂のはるまつり」ですが、諸般の事情により伺えなくなりました。申しわけありません。とても残念です。少し風が強いけれど、何とか今日明日とお天気が続いてたくさんの方々が楽しい時間を過ごせますように。チェルフィッチュの公開稽古が拝見できなかったことは大変残念で(涙)、今後も続く宿題として心に覚えておきます。

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タイトル訂正いたしました

2007-04-20 | 舞台番外編
3月23日掲載のplay unit-fullfull公演のタイトルが『ふたりがみた風景』となっておりましたが、正しくは『ふたりが見た景色』です(汗)。本日訂正いたしました。ほんとうに申しわけありません。

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乞局第12回公演『媚励』(ビレ)

2007-04-15 | 舞台
*下西啓正作・演出 こまばアゴラ劇場 公式サイトはこちら 公演は15日で終了
 劇団初見。みようと思ったきっかけは・・・思い出せない(最近こういうパターンが多い)。公演チラシの色使いがとてもきれいで目をひいた。でも芝居のタイトルの意味も内容もまったく連想できず、そこが知りたかったからかもしれない。

 かつて資産家であった色麻(しこま)家は、一階に姉妹たち、二階に管理人が住み、三階を人に貸している。舞台は二階部分で、椅子とテーブルが置かれて、ちょっとしたテラス風。洗濯機もあり、物干し場も兼ねている。町の文化財的な存在であるらしい色麻家には「色麻保存会」なるものもあって、管理人はそこから派遣されたという。

 こういう設定が現実にあるのかどうかよくわからないが、登場人物たちにとっては日常。色麻家の長女(石橋志保/中野成樹+フランケンズ)は不眠症のヒステリー、三女(伊東沙保/ひょっとこ乱舞)酒乱気味で家主の務めを果たせず、家を捨てて外で暮らしている次女(五十嵐操)が頻繁に帰ってきては家を仕切っている。管理人(池田ヒロユキ/リュカ)は周囲からゲイと思われているが、近所の主婦(舘智子/タテヨコ企画)は彼にご執心である。

 ちょっと書き出しただけでも、相当に妙な人たちばかりが次々に現れては去り…という状態がいつ終わるともなく続く話なのである。昨年みたブラジルの『恋人たち』(そのときの記事)を思い出したが、あの作品には心中未遂を繰り返す一組の男女という核があって、その周囲の人々という形が描けたのだが、今回の舞台は何がどこに着地しようとしているのか、誰に焦点を絞ってみればいいのか、最後までわからなかった。

 ある人物に共感したり感情移入できるところがどこにもない。しかし最後まで飽きずに楽しめてしまった。客演陣には、偶然だが今年にはいってみた舞台に出演していた俳優さんが何人かいる。逆に乞局の俳優が外部出演している舞台もいくつかみた。そのときのイメージは時間がたっていないせいもあって、まだまだ鮮明である。驚いたのは皆そのときとは別人のような造形を見せており、「芸域」や「俳優の個性」というものに対する既成概念が、いい感じで壊されていくのである。

 会話の調子はとても自然で、「いかにも舞台」という感じはしない。冒頭長女とカウンセリングにきた医師(下西啓正)のやりとりから始まるのだが、まるで実際のカウンセリング現場から切り取ってきたような、あたかもドキュメンタリーのような自然な感じで、それが長女がヒステリーを起こしてめちゃくちゃになってしまう。そこが驚くほど芝居くさくないのである。あれほど長女が大声で叫んで暴れているのに。俳優が達者(という表現でいいのか?)であり、作者の筆が緻密であり、演出が巧みであることの証左なのだろうが、その手つきをあからさまに感じさせないところがすごいと思うのである。

 終わり方には正直不満が残ったが、変に結論めいたものがなくてよかったのかもしれない。お芝居は終わってもわたしたちの現実の生活は続いていく。それと同じように、あの色麻家とそこに関わる人々の日常もずっと続いているのだろうから。

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風琴工房code.23『紅の舞う丘』

2007-04-08 | 舞台
*詩森ろば作・演出 下北沢 ザ・スズナリ 公式サイトはこちら 公演は11日まで
 1980年代初頭、大企業を辞めて自ら化粧品会社を設立した女性と、彼女とともに汗を流した仲間たちの数年間を描いた物語。よい製品を作りたい、ほんとうの美しさを追求したいと闘う様子は、さながらプロジェクトXと朝の連続テレビ小説を足して二で割ったようである。冒頭、床の切り穴から谷本咲子(松岡洋子)と都築真知子(大崎由利子)が上がってくる。元はカメラのレンズ工場だったここで、新しい会社を作ろう!咲子のテンションは最初から高く、それに「もう、わけわかんない」と困惑する満知子も相当のハイテンション。次々に現れる仲間たちも同様で、うわ、これは参ったなとドン引き・・・と思ったが、一瞬も気の緩むことなく2時間見入ってしまった。なぜ?

 本作上演にあたって、いくつかの化粧品会社を取材したそうである。相当丹念な取材を行ったのであろう、作者の並々ならぬ熱意、それに応える俳優、スタッフの心意気が伝わってくる。それが強すぎて前述のハイテンションになったのであろうか。異質なキャラクターの人物造形もあわせて、いやこれはちょっとという気持ちは最後まで続いた。しかしそれを補ってあまりある何かが、この舞台には感じられたのだ。帰宅後夕食も後回しで、上演台本をガツガツと読む。

 これはもっとよく考えたい。今夜のところはここまで。

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