因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

因幡屋通信76号完成

2024-09-10 | お知らせ
 おかげさまで因幡屋通信最新号の76号が完成いたしました。当blogでも公開いたしますので、ぜひお運びくださいませ。リンクは観劇後のblog記事です。ご参考までに。

 長らく通信を設置していただいておりました愛媛県松山市の「シアターねこ」さまが8月31日を以て閉館されました。長年の活動に敬意を表するとともに、設置のご協力に改めて深く感謝申し上げます。そしてこのたび、北海道札幌市の「扇谷記念スタジオ シアターZOO」さまへの再設置、長野県上田市の「犀の角」さまへの新規設置が叶いました。ほんとうにありがとうございます。訪れる方々のお目に留まりますよう…。

通信はここから
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元日の能登半島地震
翌日の航空機炎上事故
新しい年は波乱の幕開けでした
1月から6月までの舞台、映画のトピックをお届けいたします 

【冬から春のトピック】
☆1月☆
 飯島晶子構成 @紀尾井小ホール
 石崎洋司「西行鼓が滝」、山本周五郎「鼓くらべ」を飯島晶子と小磯一斉の朗読、谷川賢作のピアノと堅田喜三代の小鼓で「奏でる」公演。朗読本編もさることながら、堅田が麻紐を解いて鼓を分解し、楽器の構造を解説して実演を披露する一幕は大変興味深く、「鼓くらべ」の終幕で「男舞」を打つ堅田に目も耳も釘づけ。清々しい芝居開きとなった。
 座頭の尾上松也はじめ、ここ数年同公演を牽引してきた俳優7人が、今回の公演を以て「卒業」する。コロナ禍の影響を受けた数年を経て、作り手受け手ともに感慨深く、今後の期待も高まる。
 中村歌昇は、同時解説イヤホンガイドの幕間トークにおいて「熊谷陣屋」の熊谷直実を「このお役を一生かけて演じていく」と決意を述べた。こちらもその歩みを心して見届けたい。
 夜の部終演後は、俳優方が(最後の演目「魚屋宗五郎」出演者はその拵えのまま)ロビーで能登半島地震の募金を呼び掛けており、観客は大盛り上がり。写真撮影や握手、会話をしないようにと案内するスタッフの懸命な様子にも胸が熱くなった。 
  
☆2月☆ 
朱語りコンサート*第1弾 @かふぇ&ほーるwith遊
 楽器の生演奏に乗せて文学作品を朗読する試み。釈亭あさ鯉の講談「赤穂義士伝 赤垣源蔵 徳利の別れ」、横田砂選の「ふたみば」(モーリス・ルヴェル)、主宰・神由紀子の「橋づくし」(三島由紀夫)が、小山美幸のキーボード演奏とともに披露された。25席の小さなホールから物語世界へいざなわれる至福のひととき。
*劇団文化座公演166 2024都 民芸術フェスティバル参加公演 
 火野葦平原作 佐々木愛企画 東憲司脚色 鵜山仁演出
『花と龍』@俳優座劇場
 歌謡曲、映画でおなじみの本作には「任侠」のイメージが色濃いが、故郷を飛び出し、「ゴンゾウ」と呼ばれる沖給仕として働く若者が、まっすぐな気性の娘と所帯を持ち、仲間たちと力を合わせてより良い職場、幸せな暮しを実現しようとする物語だ。若手、中堅、ベテランが総力を挙げて取り組んだ三時間の大作は、一杯道具の舞台美術(乗峯雅寛)、打楽器の生演奏(芳垣安洋、高良久美子)からも熱い息づかいが伝わり、客席を圧倒する。
猿若祭二月大歌舞伎 @歌舞伎座
 十八代世中村勘三郎十三回忌追悼興行と銘打ち、息子や孫、ゆかりの俳優たちが心を尽くして名舞台を披露する。「野崎村」お光の中村鶴松が身を引くすがたは切なく、「籠釣瓶花街酔醒」佐野次郎左衛門の中村勘九郎が狂気に変貌する一瞬に震撼。「連獅子」の子獅子の中村長三郎は、客席の熱狂的な拍手を受けて泰然自若。

☆3月☆
ライブ版『西瓜とゲートル』第2弾 2024年春 ひな祭り公演 桑原茂夫原作・脚本 天願大介演出 四家卯大音楽 月船さらら、外波山文明出演 山崎ハコ特別出@SPACE雑遊ギャラリーB1
 母が遺した手帳に綴られた戦中戦後の家族の記録を丹念に読み解き、取材や調査を重ねて深い愛情と客観的な視点を以て記した素晴らしいノンフィクションの舞台化である。新たなる戦後とささやかれる状況に断固抵抗する作者の気概に溢れるステージだ。  
*劇団フライングステージ第49回公演/春の劇場29 日本劇作家協会プログラム― 関根信一作・演出『こころ、心、ココロ 日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語』 @座・高円寺1
 第1部「名も無き時代」(1914年~1970年)は、2008年の『新・こころ』と、2016年再演の同作をさらに掘り下げ、10人の俳優が複数の人物を次々に演じ継ぐ。ふたりの学生が夏目漱石を訪ねる場面に始まり、関東大震災、太平洋戦争後、70年代までが描かれる。第2部「名付けること、名付けられること(1970年~2023年)」では、亡くなった劇作家が遺した第1部の上演台本をもとに、劇団員たちが作品の完成に取り組む。過去に上演された同劇団の作品から印象的なシーンもいくつかあり、エピローグとプロローグを合わせると、20編近い物語が連なっていく。 市井の人々のささやかな、しかし懸命に生きた証の物語は、小さな川が途切れずに流れ続け、やがて大河となって海へ注ぎ込む様相を思わせる。
*文学座3月アトリエの会 
 マックス・フリッシュ作 長田紫乃訳 西本由香演出 @信濃町/文学座アトリエ『アンドーラ 十二場からなる戯曲』
 平和で敬虔なキリスト教国であるアンドーラ。隣国「黒い国」ではユダヤ人の虐殺が行われている。 アンドリは「黒い国」で教師に救われ、彼とその妻、娘バブリーンと家族同様に暮していたが、バブリーンとの結婚を望んだことから、それまで保たれていた均衡が狂いはじめる。架空の国を舞台にした寓話的な作品であるが、昨年公開の映画『福田村事件』(森達也監督)が想起されるように、わたしたち自身が差別されること、差別すること、いずれの存在にもなりうることを示す。小石川桃子は男性のアンドリを演じて違和感なく、バブリーン役の渡邊真砂珠の終幕の狂乱の場、「黒い国」の謎の女性役の吉野実紗の、国内外問わず、さまざまな戯曲の人物の柔軟で的確な造形が心に残る。
*復帰50年企画・一般社団法人エーシーオー沖縄、名取事務所共同制作 内藤裕子作・演出『カタブイ、1995』@下北沢小劇場・B1
 沖縄本土復帰をめぐる物語『カタブイ、1972』(2021年上演)に続く3部作の第2弾。
 米兵による少女暴行事件が起こった年の物語は、前作と同じ、反戦地主の波平家の茶の間を舞台に展開する。日米安全保障条約や日米地位協定が沖縄の人々の暮しにどのような影響を及ぼすのかを丁寧に、容赦なく描く。前作で母親和子役の馬渡亜樹がその娘の恵を、和子を新井純が、和子の恋人の杉浦を内藤作品に多く出演の髙井康行が、それぞれ誠実に演じて違和感がない。
 3部作の最後は来年12月の『カタブイ、2025』。舞台と現実の時間が重なったとき、どんな世界が展開するのか。

【春から夏のトピック】
☆4月☆
*動物自殺倶楽部第3回公演 高木登作 小崎愛美里演出『夜会行』@下北沢/「劇」小劇場
 鵺的の初演から早や3年。かねてより高木が希望していた若手版、女性による演出の公演が実現した。 直前に出演者のひとりが体調不良で降板する困難に見舞われたが、アンダースタディによって無事に初日を迎えたことに敬意を表したい。レズビアン4人とクエスチョニングひとりが集うパーティが開かれた夜、それぞれが抱えた事情や心象が炙り出され、曝け出される。舞台美術の色彩や音響効果がさまざまに加わって、女性たちの心の様相をよりいっそう鮮やかに、痛ましく描く。3年前の初演で出会った女性たちは、違う部屋に新しい顔で登場した。再会を懐かしみつつ、依然として変わらない無知による差別や偏見に傷つきながら生きるすがたに心を打たれた。

☆5月☆
*唐組・第73回公演 唐十郎作 久保井研+唐十郎演出
 『泥人魚』 @新宿・花園神社
 神戸、岡山公演を終わり、東京公演の開幕直前、寺山修司と同じ5月4日に、座長の唐十郎が旅立った。一時代を築いた劇作家は、自らの人生までも劇的な展開の物語とし、忘れがたい演出を施したのである。多くの演劇賞に輝いた2003年の初演から配役を一新し、劇団員、客演陣が力を合わせた舞台は、終演後も長いこと拍手が鳴りやまない。「唐!」の大向こうも次々と、降るような喝采だ。 死してなお名を残すその影響は計り知れないが、大切なものを忘れず、自由にのびのびと創作が続くことを祈る。
*朱の会 Vol・7 愛の三重奏― 朗読シリーズ~矢代静一―『宮城野』 @アートスペース・プロット
 神由紀子構成・演出の表題作『宮城野』が圧巻の一幕。宮城野役の神、矢太郎役の髙井康行の火花を散らすような台詞の応酬、黒子が登場する演出も巧み。終幕は出演者総出の群衆シーンとなり、深い余韻を残す。さながら朱の会版「屋台崩し」のおもむき。

☆6月☆
*山本さくらパントマイム 第52回 公演 山本さくら作・演出・出演
 新作、再演合わせて6本が披露された。再演の「ウメさん」は今回が初見。可愛らしいが、やや素っ頓狂なウメさんお出かけの一幕だ。戸締りなどしっかり確認したはずが忘れ物をしてしまったり、高齢者の生活実態をリアルに見せる。道で出会ったハンサム氏に心躍らせ、彼が落した財布を拾ったあとの行動は犯罪すれすれだが、大変おもしろい。ぜひ「遊園地のウメさん」、「競艇場のウメさん」等々シリーズ化を。
 山本はカーテンコールで自身の老いを口にした。しかし心身の変化も魅力として、新しい物語が誕生し、観客もまた自身が老いる存在であることを受け止められるのではないだろうか。老いもひとつの希望であると思わされた一夜。

☆☆今回の一推し☆☆ 
初夏の新派祭 @三越劇場 久保田万太郎作 成瀬芳一演出
『螢』二場
 久保田万太郎が再婚したとき、仲人をつとめたのが判事・弁護士の三宅正太郎である。その三宅の随筆集『法官餘談』(1934年/新小説社刊 2007年/慧文社新訂版刊 万太郎は里見弴と並んで、序文を寄せている)の「或る素材」に、本作の元となった事件の詳細が記されており、これが滅法おもしろい。複雑な人間関係と心象の機微、それゆえの厄介な顛末まで、淡々とした筆致ながら、松本清張の短編小説のような暗いドラマ性を持つ。これが万太郎の手によって、美しくも悲しい一幕劇となった。さまざまなエピソードや人物の背景をぎりぎりまで削ぎ落した上で、詩情と余韻を感じさせる技は俳句の味わい。
 文学座の自主公演で何度か観劇した作品だが、おときとおしげを2役で見せる新派型はこれが初めてで、その演劇的効果、必然性については考察中。
 川口松太郎作 大場正昭演出 喜劇『お江戸みやげ』三場
 日頃は商売一筋、吝嗇で鳴らすお辻が江戸で芝居見物をして人気役者に一目惚れ。しかし彼には言い交した娘がおり、強欲な養母たちに阻まれている。お辻は彼を救わんと一世一代の大盤振る舞いをする。報いや見返りを一切求めず、与えることによってお辻が得た生涯の宝。それが「お江戸みやげ」である。しかし終幕のお辻が、悲しみを滲ませた複雑な表情であったことが気になっている。 のちのこと知りたや。
 お辻役に渡辺えりを迎え、相棒のおゆう役の波乃久里子と息の合ったやりとりを見せる。写真撮影OKのカーテンコールでは主な出演者がそれぞれウィットに富んだ挨拶で客席をなごませ、盛り上げる。この温かさと楽しさは新派ならでは。

★映画★
*井原西鶴原作「好色一代女」依田義賢脚色 
 溝口健二監督・構成 『西鶴一代女』(1952年)
 溝口健二と田中絹代コンビの最高傑作の呼び声も高い作品で、ヴェネチア映画祭で国際賞を受賞した。御所勤めをしていたお春(田中)は恋人とのあいだを裂かれ、周囲の思惑に翻弄された挙句、街娼に身を落す。これで最期かと何度も思わせながら生き延びるすがたは、この女は不死のさだめかと戦慄を覚えるほど。五所平之助監督の『黄色いからす』(1957年)で、田中は主人公の少年を見守るお隣のおばさんを演じた。彼女自身の過去や事情は語られないが、少年とその母にも優しいまなざしを注ぎ、さりげなく支えるすがたが心に残る。
 俳優業だけでなく、映画監督として『お吟さま』、『女ばかりの夜』など、圧倒的な男性社会において、女性を主人公にした作品6作を発表しており、「映画人・田中絹代」に遅ればせながら驚嘆。 
*クリストファー・ノーラン脚本・監督『オッペンハイマー』
「原爆の父」と呼ばれ、名声と同時に汚名を受けた物理学者オッペンハイマーの栄光と苦悩を描く3時間の大作。 過去と現在が交錯しながら、たくさんの人物の思惑がぶつかり合う構造や、煽るような音楽、音響は見る者を少なからず困惑させるが、キリアン・マーフィー演じるオッペンハイマーの視点に集中することで長尺を乗り切れる。 それにしても日本への原爆投下に対する罪悪感を吐露したオッペンハイマーに対するトルーマン大統領の冷淡な態度よ。
*ジョナサン・グレイザー脚本・監督『関心領域』
 アウシュヴィッツ強制収容所の隣の瀟洒な一軒家で優雅に暮らす所長のルドルフ・ヘスとその家族の暮しを淡々と描く。塀の向こうから聞こえる悲鳴や罵声、銃声は、リアルなはずなのにヘス一家にとっては完全に「よそ事」である絶妙な音量と音色だ。さまざまな媒体の批評やSNSの声から学び直すところ多々あり、あとを引く。
*早船ちよ原作 今村昌平・浦山桐郎脚本 浦山桐郎監督
『キューポラのある街』
 1962年公開。鋳物の街・埼玉県川口市を舞台に、鋳物職人を父に持つ少女ジュンとその家族、周囲の人々が懸命に生きるすがたを描いた吉永小百合の出世作。
 ジュン役の吉永は生き生きと魅了的。 その弟タカユキ役の市川好郎と朝鮮人の少年サンキチ役の森坂秀樹は、器用で小ぎれいな現代の子役たちに無い生活実感があって、その演技、造形は芸達者のひと言では到底言い表せず、二つの家族の交流と別れをいっそう切なく見せる。
 時代に取り残される焦燥から家族に当たり、酒に溺れる東野栄治郎の父親は、これがあの「水戸黄門」とは信じられない見事なだめっぷり。加藤武が演じる武骨な担任の野田先生もいい。
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