因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団うりんこ『わたしとわたし、ぼくとぼく』

2019-01-27 | 舞台

公式サイトはこちら 関根信一(劇団フライングステージ 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21作・演出  こまばアゴラ劇場 27日終了 
 久々に気持ちよく泣ける舞台を見た。健人は30歳の保育士だ。保護者会で一人の父親から「男の先生に、うちの娘のおむつを
替えてほしくない」と言われ、自分がゲイであることを言えず引きこもりに。ある日突然一人の少女が現れ、「世界を救ってほしい」と言う。少女に導かれるまま、健人は1997年にタイムリープ。10歳の自分と出会う。好きだったクラスメイトの少年が転校してしまってから、健人は元気がない。クラスの女子たちからは「何だか気持ち悪い」とからかわれ、孤立しがちな健人のそばには、仏頂面の美都里がいて、何かと健人をかばう。彼女は可愛い服を着て女の子らしくすることを願う母が苦手だ。

 映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』を思わせる構成だが、30歳の健人が10歳の自分といっしょに行動すること、健人のすがたが見えるのは、セクシュアリティだけでなく、何か屈託を抱えた人、悩んだり迷ったりしている人だけらしく、意外な人に見えるところや、傷ついた経験の辛さのあまり、健人自身が自分の過去の記憶を封印している部分が少なからずあること、10歳の自分を助けようと悪戦苦闘しているうちに、次第に思い出し、今の自分を見つめ直し、未来を力強く歩きだすまでを描いた75分である。

 大人の健人役の宮腰裕貴以外の俳優は、年齢も性別も考え方も異なる複数の役を演じ継ぐ。年齢的にかなり無理のある配役もあるが、あざとさや作りすぎ感がまったくないのは、この作品が観客の想像力を自然に引き出す魅力を持っているためだ。関根信一の劇作家・演出家としての手腕はもちろんだが、子どもに向けてLGBTを題材とした作品を観客に伝えたいという俳優諸氏はじめ、劇団の方々の熱意の力が大きい。

 現在は2017年の設定となっているが、理解のある人ばかりではない。前述の父親は、健人がゲイであることをカミングアウトしてなお、健人を厳しく一瞥する。歩み寄りの一言を残すのではないかと一瞬期待したが、彼はそのまま去っていった。残念だが、それでいい。父親の気持ちもまた、単なる無理解と断罪されるものではないと思うからだ。この役を子ども時代の健人と同じにいみひでおが演じることも重要であろう。

 同じく美都里役の(山内まどか)は、「うちにはママが二人いる」と告白する母役を演じる。同性パートナーと共に子育てをする苦悩を打ち明け、溶け出すように涙が溢れる。芝居の演技を超えた自然な涙である。前半では全身に鎧をまとい、他者を拒絶しているかのような美都里を演じていただけに、違う人物を演じながら、あのときの美都里の心もまた、温かな涙で柔らかく溶けていったのではないかと思わせる。

 東京公演大千秋楽のアフタトークゲストは、昨年一般社団法人fairを設立し、LGBTに関する情報発信、啓発キャンペーンを行っている松岡宗嗣氏である。劇中の健人とその母の関係に酷似した経験があるそうで、この母上というのがまた大変な実行力の持ち主であられるとのこと。

 生きづらいと思っているひと、ひとりで悩みを抱えている人。また傍らの人が苦しんでいることに気づきながら、どうしていいかわからない人、まったく知らないひと。いろいろな人がいる。一人ひとり、その魂は「オーダーメイド」なのだ。

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日本のラジオ『ショウジョジゴク』

2019-01-22 | 舞台

屋代秀樹作・演出 夢野久作『少女地獄』原作(青空文庫で読めます 公式サイトはこちら 新宿眼科画廊 22日終了1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12
 既成の小説などをベースに、独自の切り口で舞台を作り上げる劇作家は少なくない。観劇する側にとっても、観劇前に予備知識として「あの小説」という認識が安心感にもなる。しかし屋代秀樹の場合、油断は禁物だ。

 ただでさえ狭い演技スペースを客席が両側から挟む形をとり、数脚の椅子を俳優が並べ替えては、産婦人科の診察室、バスの車内など複数の空間になる。原作は、最初は別々の3つの物語だったのが、次第に繋がり絡み合っていく様相が描かれている。屋代は原作を丹念に読み込み、咀嚼してじゅうぶんに自分の中に落とし込んだ上で、原作に縛られることなく自由に、しかしオリジナルの魅力を損なうことなく新しい作品として構築した。

 また当日パンフレットの充実ぶり、というのか、舞台上演に加えてさらにここまでエネルギーを注力するのは大変なことではなかろうか、いや飄々と、もしかすると半分はふざけながら、それでも相当真剣に書き記したようにも思える…と矛盾に満ちた印象を抱かせるところが、これまでの日本のラジオの舞台に増して、『ショウジョジゴク』の魅力である。

 劇団構成員、客演含め、出演俳優全員が屋代の作劇の意図を理解して受け止め、的確な演技として表現していることに対して、空恐ろしいような心持になるのである。本心をあからさまに見せない人物が何人もおり、観客は誰に焦点を合わせてよいのか戸惑う。バスの運転手(末安陸)が纏う薄気味悪さ。女たちに対しても乱暴な話し方をし、優しくもない。しかし彼は確実に女性を虜にすると思わせる魅力がある。彼によって次々に消されていく女車掌たちをひとりで演じ継ぐ館山サリが見せる瑞々しいがゆえに痛々しい表情や、登場するたびに違う車掌という設定のために違う名を名乗るその声に滲む悲しみなど、淡々と進行しながら胸が締めつけられるように抒情的な一瞬も併せ持つ。

 原作に凭れず、といって過度に自分を主張することもしない。それは屋代秀樹の作劇の特徴でもあり、そこに登場する人々の佇まいでもある。ある人が別の人の印象を語る。こと細かに見ているようで、それはあくまで憶測や伝聞に過ぎず、その人のほんとうの心はわからないのである。夢野久作の原作から、カタカナの『ショウジョジゴク』に変容し、観客を翻弄し、夜の新宿の街を彷徨わせてしまう。今度はどんな劇作家の何の作品を取り上げるのか。まったく想像できないところもまた、日本のラジオの持ち味なのである。

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劇団唐ゼミ第28回公演『ジョン・シルバー』&特別公演『続ジョン・シルバー』

2019-01-19 | 舞台

*唐十郎作 中野敦之演出 公式サイトはこちら 横浜・伊勢佐木バル333 20日終了 
 1月なかばになってようやくの芝居はじめは、これも遅ればせながら唐ゼミ観劇デヴューと相成った。唐十郎初期の連作『ジョン・シルバー』&『続ジョン・シルバー』2本立て公演だ。関内駅から地下道を抜け、賑やかな商店街の入り口のビルの急な階段を下りた地下の空間は、まるで穴倉のようだ。足元も手元も暗いなか、コーヒーのサービスもあり、唐組の紅テントや新宿梁山泊の芝居砦満点星と似た匂いもあるが、どこかぐっと親しみやすい空気もあり、はじめての劇団でありながら、自然に溶け込めそうな予感である。
 主宰や演出家が開演前に挨拶をするのは珍しくはないが、唐ゼミの中野敦之が行うそれは、話しぶりといい内容といい、群を抜いている。役者顔負けの声量とよき滑舌(しかし決してうるさくない)で来場の御礼と舞台の見どころ等々を的確に紹介して(手短なのがよい)客席を和ませ笑わせる。そして「お待たせいたしました。開演です」と鮮やかに幕を開ける手並みのみごとなこと!中野さんは、こういう方だったのか…。

 タイトルロールの「ジョン・シルバー」は戦時中に満州で片足を失った。戦後は東京で妻の小春と浅草で銭湯を営んでいたが、突如として失踪。小春は夫を探す旅を続けるが、彼女を見初めた紳士に説得され、次第に心が揺らぐ。そこに聞こえてくるのは、「ジョン・シルバーの歌」だ。劇団状況劇場による本作の初演は65年、その後『続ジョン・シルバー』、『愛の乞食』、『あれからのジョン・シルバー』へと連なっていく。

 これまで唐組の舞台に客演されていた幾人かの唐ゼミの俳優さんが、ホームグラウンドで堂々と演じているすがたは新鮮で、頼もしい。

 カーテンコールには中野が再び登場し、「続のほうがおもしろいです」と宣伝されるものだから、見ないわけにはゆかない。一週間後、『続ジョン・シルバー』観劇となった。この日は昼間に『ジョン・シルバー』が上演され、夕刻より『続~』であったため、観客の中には昼夜通しの方も多かったようだ。前説の中野の第一声は、「お帰りなさい」であり、「ウチの役者は夜のほうがいいです」と絶妙のメッセージ。そして始まった続編は、中野の前説がほんとうであることを実感するものであった。男性俳優が演じる「緑のおばさん」の長台詞にはじまり、そこにボーイが現れる。ト書きがすごい。「正常と思えば思えなくないようなボーイがゆるやかに現れる」。そしてボーイを演じる熊野晋也が、ほんとうにその通りの微妙な空気を纏っているのである。また竹屋役の重村大介は、『ジョン・シルバー』ではリヤカーを引く小男と、一点の曇りもなく、当然のように入ってくるときの笑顔といったら、「無敵」ということばが思い浮かぶ。

 タイトルロールの「ジョン・シルバー」は不気味な歌声が聞こえるだけで、最後まで姿を現さない。舞台の人々は彼を待ち、翻弄され、それでも待ち続ける。これはベケットの『ゴドーを待ちながら』の構造を思わせ、何作続いても終わることのない連続性を持つ。最初期の『ジョン・シルバー』ものが、新宿ピット・インや草月ホールなど、テント以外の場所で上演されていることも興味深い。

 以来何かというと、「ジョン・シルバー」の歌が耳から離れない。わたしはきっとまたあの場所へ連れ戻される予感がする。そういうえば中野敦之はカーテンコールのとき、「唐ゼミは去年『あれからのジョン・シルバー』を上演しているので、もしかすると地獄の三部作連続上演があるかも」と恐ろしいことを。受けて立つしかないではないか。

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劇団肋骨蜜柑同好会 第10.5回公演『つぎとまります・匣』

2019-01-18 | 舞台

*フジタタイセイ脚本・演出 公式サイトはこちら グリーンフェスタ2019参加作品1,2,3,4,5
 佐藤佐吉賞2012優秀脚本賞、佐藤佐吉演劇祭2014カンフェティ賞を受賞した傑作二人芝居を、4年半ぶりに上演した。登場するのは、ゴミ箱を被った男と、そうめんを食べる女だ。今回は松竹梅の「完全トリプルキャスト」→
松(室田渓人/森かなみ)、竹(藤本悠希/依田玲奈)、梅(木村みちる/フジタタイセイ)の豪華版だ…と書いてきて、当日リーフレットを見直すと、梅バージョンはゴミ箱を被った男が木村みちるで、フジタタイセイがそうめんを食べる女と書かれている。男女逆転の配役だったらしい。恐る恐る劇団公式サイトをのぞいてみると、メイクをした可愛らしいフジタ氏の写真が。自分は竹の回を観劇したが、梅の回も、いやそうなったら松の回も見ておけば…と今になって欲が出ている。

 舞台上手にデスクが置かれ、バイトをしながら小説を書いている男がいる。デスクの後ろにバス停の表示があり、机や椅子、ペットボトルやそうめん流しのセットなどが雑多に置かれ、そこで配役名の通り、そうめんを食べる女がいる。

 二人がどういう話をして、どんな物語が展開したかももちろんおもしろいのだが、唐突にバス停の表示があり、そこへやってくる人、すでに居座っている人とのやりとりは、電信柱とベンチが置かれた別役実の作品を思わせるし、男は頭からゴミ箱を被ってバスを待っているが、女が何を待っているかがわからないところはベケットの『ゴドーを待ちながら』の変形のようであるし、特に作家志望の男について、何かになりたい、何かを成し遂げたいと願ってはいるものの、気の毒なようだが適正や才能、運気もなさそうな人物設定は、既視感のあるものだ。

 それをぶっとばすのが、「わたしは女優なの」と主張する女の言い分である。テレビにも映画にも演劇にも出たことはない。けれど女優なのだと。男のほうがそのあたりの常識はあって、ふたりの会話は噛み合わない。すると女はおもむろに舞台後方の台に立つ。照明が明るく降り注ぎ、荘厳な交響曲が響き渡るなか、女は「わたしは女優なの!」と叫ぶ。

 男は小説家になりたいと願っているが、まだ途上の身である。だから自分は小説家であると胸を張って言えない。なのにこの女は何も演じていないのに、照明を音楽を一心に浴びて、「わたしは女優」と主張する。「わたしは女優」。チェーホフの『かもめ』のニーナの台詞だが、もう既成の作品はどこかへ行ってしまった。

 今後再演の可能性もあるであろうし、自分もそれを望んでいるので、シュールな結末は書かずにおこう。これは、不条理と見せて実は緻密に構成されたフジタタイセイ流のメロドラマ、孤独な魂をもつ男女の出会いと別れの物語なのだ。

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因幡屋2019年1月の観劇と句会

2019-01-04 | お知らせ

 明けましておめでとうございます。本年も因幡屋をご贔屓のほど。上演時期集中しており、予定が確定しないのが心苦しいのですが、未確定のものも含め、観劇予定よりお知らせいたします。

劇団唐ゼミ『ジョン・シルバー』&『続ジョン・シルバー』2本立て公演。
 遅ればせながら、ようやく「唐ゼミ観劇デヴュー」。

*ミュージカルカンパニーOZmate The Legend of Oni〜大江山鬼伝説〜
 結成から早や四半世紀、「本物のミュージカルのその先へ」の心意気で、兵庫県に拠点を置く女性だけのミュージカル劇団が、2016年ニューヨーク国際演劇祭参加作品を引っ下げて凱旋公演を行う。

劇団肋骨蜜柑同好会 第10.5回公演『つぎとまります・匣』1,2,3,4,5
 2012年、2014年と好評を得た二人芝居を、4年半ぶりに上演、しかも今回は「完全トリプルキャスト」→松竹梅の組み合わせである。

日本のラジオ 『ショウジョジゴク』1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12
 原作は夢野久作『少女地獄』。 

劇団うりんこ 関根信一(劇団フライングステージ作・演出1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21) 
『わたしとわたし、ぼくとぼく』

空間ベクトル『許容差M』山谷重実作 演出は、studio salt(こちらにも情報ページあり)を退団した山ノ井史。

アマヤドリ2019年新作本公演『天国への登り方』 
 作・演出の広田淳一が父上を見送った体験から生まれた作品とのこと。誰もがこれから行く道である。本作を何度でも観劇できる「フリーパス」もあり。

 1月は歌舞伎座、新橋演舞場、国立劇場、浅草公会堂と四座で初芝居が行われるのだが、予約に出遅れて一月まだ予定なし。お正月はやっぱり歌舞伎と思うのだけれど。
一月
 俳句の予定は以下の通り。いつも怒涛、ずっと怒涛です。
*かさゝぎ俳句勉強会
「初荷」「松納め」「左義長」…一度も使ったことがないものばかり。
*十六夜句会は、昨年同様、極(きわみ)句会との合同句会となる。「寒の入」「狸」。
*演劇人句会「早梅」「読初」詠み込みは「マリ」
*金星句会「獅子舞」「寒雀」

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