因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

2008年因幡屋演劇賞

2008-12-29 | お知らせ
 このあいだ新春浅草歌舞伎に出かけたと思っていたら、もう1年です。感謝と喜びを込めて、今年の因幡屋演劇賞は次の皆さまに。

*演劇集団円公演 土屋理敬作 森新太郎演出『田中さんの青空』
*shelf公演 イプセン作 矢野靖人構成・演出『Little Eyolfーちいさなエイヨルフ』
*劇団掘出者の活動 田川啓介作・演出『チカクニイテトオク』『ハート』
*シス・カンパニー公演 イプセン作 デヴィッド・ルヴォー演出『人形の家』黒いカットソーと白いパンツで現代に生きる女性として宮沢りえが颯爽と客席の階段を駆け下りてきたカーテンコールが忘れられない。
*内田慈 『顔よ』『城塞』『リズム三兄妹』で演じた女たち どうがどうで、どうだからこうなのだと言えない。ただもう釘付け。来年のポツドール公演『愛の渦』に行かないわけには。
*麻生0児 スタジオソルト公演『中嶋正人』(椎名泉水作・演出)での教誨師役 登場人物のなかでは「おいしい役どころ」だと思うが、これをあざとくなく演じるのは難しいことだと思う。死刑囚に乞われて『ヘイ ジュード』をつい熱唱してしまうところ、大好きなスウィーツのことを夢中で話すところ、思い出すと心が温かくなる。この作品の先をもっと見たいと思う。死刑囚の心が変化する様子を、職務に悩む中嶋正人の心象を。

 昨年以上に、今年は新しい舞台との出会いがありました。ありがとうございます。坂本龍一セレクションのグレン・グールドのピアノ曲集を繰り返し聴きながら、さまざまな場面を思い出します。自分の筆の拙さに歯がゆい思いをすることが幾度となくありましたが、それも自分には幸せなことでした。来年も因幡屋通信、因幡屋ぶろぐをよろしくお願いいたします。よいお年を…。

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コロブチカ『Proof』

2008-12-28 | 舞台
*デイビッド・オバーン脚本 谷賢一(DULL-COLORED POP)翻訳 黒澤世莉(時間堂)演出 公式サイトはこちら 王子小劇場 29日まで
「コロブチカ」とは、柿喰う客の所属俳優であるコロが「やりたい演劇を待っているのではなく、やりたい演劇は自分で企画すればいいんじゃないか」と気づいて立ち上げた企画団体とのこと。旗揚げ公演に『Proof』という手堅くも手強い戯曲を選んだとは、その心意気にまず拍手である。
 本作は6月にハイリンドの公演をみたのが記憶に新しい。そのときと同じような印象を感じる箇所が多かったが、今回気になったのは登場人物の女性の言葉づかいであった。舞台に登場する女性が「~だよ」と言った途端に耳が騒ぐのである。「~よ」「~だわ」という女言葉でないことに違和感があったのだ。「~だよ」なんて、男言葉というより「中性言葉」とでも言おうか、日常生活では何とも思わないのに、自分でも不思議な感覚である。

 キャサリンを演じたコロの表情が目をひいた。冒頭は顔色が悪く髪も乱れているが、ハル(小谷真一)と心が通い合うようになると、みるみる美しく、瑞々しい表情になっていく。と同時に神経がピリピリして痛ましく見える場面もあって、ふとこの人が演じるエレクトラやマクベス夫人をみたいと思った。
 
 1年で『Proof』を2度も見られるとは予想外であったが、「斬新な演出」「意外な表現方法」というものが出来にくい作品ではないかと思う。きっちり丁寧に作れば相当高レベルの舞台に仕上がるだろう。しかし自分たちの持ち味、自分たちの読み方を大きく打ち出そうとした場合、うまく言えないが戯曲に拒否されそうな感じがする。ハイリンドの公演をみたときに、「猛烈に戯曲が読みたい」と書いておきながらそれぎりになっていた。年明けからひとつひとつ宿題をやり遂げましょう。映画版もみることにする。今日みた舞台は今日だけのものではなく、以前から続き、これからもどこかに繋がっていくのだから。

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東京デスロック『その人を知らず』

2008-12-27 | 舞台

*三好十郎作 多田淳之介演出 公式サイトはこちら こまばアゴラ劇場 1月5日まで
 考えてみると自分は今回が初めての東京デスロックの公演で、なのにそれが「東京公演休止最終東京公演」とは。よくよく出遅れる質(たち)であるが、何とも。

 キリスト教徒である片倉友吉(夏目慎也)は、聖書の教え「殺すなかれ」を守り抜こうと徴兵を拒否したために憲兵隊に連行される。残された家族も非国民と呼ばれ、さまざまな迫害を受ける。しかし戦後、今度は反戦の英雄として迎えられる。

 2009年1月1日0時付で、三好十郎作品の著作権保護期間を終了し、公共化される。何と12月31日は午後11時に開演し、上演中に著作権が切れるというちょっとしたわくわくもの。東京デスロックの東京最終公演であると同時に、三好十郎著作公共化記念特別公演なのであった。
 題名の「その人を知らず」は、新約聖書で十二使徒のひとりペテロが、「あなたもイエスの仲間だろう」と問われて「そんな人のことは知らない」と3度否認した場面による。師であるイエスを見捨て、信仰があることを隠して我が身を守ろうとしたペテロは自分を恥じて激しく泣く。友吉は「知らない」と言わなかった人である。戦争中と戦後で周囲の人々は生き方や考え方をがらりと変えたが、彼は生き方がぶれなかった。しかし彼に対して尊敬や崇拝ではない、苛立ちや軽い憎悪のような気持ちを感じてしまう自分がいるのだった。

 初日は休憩を挟んでたっぷり3時間の上演となった。友吉と彼を信仰に導いた牧師とその妹以外は、出演俳優は複数の役柄を演じる。衣裳や扮装は変らず、男性の役を女優が演じたりもするが、あまり混乱しない。具体的なモノをほとんど排した象徴的な演出が効果的に思われた箇所もあるが、劇中にJポップを流したり、マイクが降りて来たりなど、意味や意図が掴めない点もあって、3時間の観劇はいろいろな面で鍛えられた。本作がいわゆる新劇系の劇団のきっちりリアリズムの手法で作られていたら、それはそれで辛いところがあるだろう。

 この舞台をどう捉えるか、それをどう表現するかは難しく、観劇からずっと迷いが続いている。戯曲への敬意と心意気はじゅうぶんに伝わってきたが、前述のように受け止めきれない部分も多い。自分の宿題もどうやら年越しになりそうである。

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参々々『泣かないで温水』

2008-12-20 | 舞台
*公式サイトはこちら 江古田ストアハウス 23日まで
 参々々は「さざん」と読む。現役の日大演劇学部の学生である橋本清、芦田鷹山、酒匂ささの3人で構成され、全員が脚本、演出、時々出演するユニットだそうだ。HPを読むと、高校時代から演劇制作に携わっていたり、映画の自主制作をしていたり、既に旺盛な創作活動をしていることに驚くが、自分たちのユニットを立ち上げて、自分の作品を上演するという夢を実現させた喜びは大きいことだろう。公演はAバージョンが『ムセイオン』(酒匂)&『ふたつ、みっつ、ひとつ』(芦田)、Bバージョンが『夜ばかり満てる』(橋本)&『may kind to you』(酒匂)の交互上演という盛りだくさんなもの。自分はBバージョンを観劇した。☆公演はあと3日あります。このあたりからご注意を☆
『夜ばかり満てる』この詩的な題名と開幕前から床いっぱいに脱ぎ捨てられた夥しい衣服に、どんな話が始まるかと身を乗り出したのだが、作者が伝えようとしていることを充分に受け止められなかった。登場人物の配置、それぞれの背景や過去、複数の物語の軸がどう交わり、どう絡んでいくか、またそれを俳優にどう表現させるかは、劇作家それぞれに手法があるし、予定調和を求める必要はないのだが、迷いが迷いのまま舞台に散見した印象だったのが残念であった。

『may kind to you』には、「冥界より愛を込めて」のサブタイトルがついている。休憩時間に当日リーフレットを何気なく読むうちに、ちょっと慌てた。本作の設定や流れがほぼ全部記されていたのである。あららどうしよう?と思ううちに読み終わってしまった。しかし不思議なことに話を知っても舞台をみる楽しさはなくならなかった。謎解きやサスペンスの要素で観客を惹きつけるよりも、夫をなくしたばかりの妻のところへ、死んだはずの夫が子どもを作ろうと戻って来てしまい、そこで交わされる現実にはありえないが、生活感と現実味のある会話の温かみやおかしさ、悲しみを、作者は伝えたかったのかもしれない。
 
 夫役の赤星武(きゃべ。)は劇団掘出者の舞台に客演したのをみたことがある。小柄で童顔のせいか子どもっぽい役柄が似合うなという印象だったが、今回は年上の妻(高久美夏)にやり込められながらも、夫らしい優しさや愛情を精一杯伝えようとしているところに好ましい感じがした。

 この世とあの世の人が同じ場にいて対話すること、向こうとこちらが交錯するという設定は、舞台においては珍しくない。うっかりすると「設定負け」する危うさもある。しかし本作は夫婦の対話を自然に描いており、あの世からこの世へ脱走した人を連れ戻すサービス業者?閻魔(酒匂自身が演じた)も、あざとくなく程の良いスパイスになっている。しかし細部をもっと整えて、もう一歩踏み込んだ作品になる可能性があるのではないか。
 
 学生時代、演劇が好きだという気持ちをどう表現してよいかがわからないところから前へ進めなかったことは、今でも少し残念である。頭が悪くて固かったし、心も柔軟ではなかった。しかしそれでもなお、演劇が好きという気持ちがいまだ消えずに続いていること、拙いながらその気持ちを表現する手段があること、そして今日のように若い世代の舞台との出会いが与えられていることを、もっと感謝したい。自分の力だけで志を保つことはできないのだから。
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ブラジル『軋み』

2008-12-13 | 舞台
*ブラジリィー・アン・山田脚本・演出 公式サイトはこちら 新宿シアタートップス 14日まで

☆困った、これも幕開けから重要情報満載で、うっかりしたことが書けない…と思いながら帰宅後改めて公演チラシをみると、漫画家(桑原裕子/KAKUTA)の夫(櫻井智也/MCR)が冒頭場面を説明する独り言が書かれているではないか。自分は奇跡的にこれを読まずに開幕を迎えた。いや、読んだとしてもほとんど想像のつかない展開だったから、あまり関係はないのだろうか?一応このあたりからご注意ください☆
 2006年冬の『恋人たち』から、ブラジリィー・アン・山田は自分にとって外せない劇作家になった。しかし『恋人たち』の印象が強すぎたためか、あれを越える作品にはまだめぐり会えていない。理由のひとつは、舞台で殺しの場面がいささか多すぎることだ。「苦笑系ホラー」「苦笑系喜劇」の旨味が、殺人描写によって感じ取れなくなるのである。

 今回の『軋み』は簡単に言ってしまうと、殺人を隠蔽しようとした者が、あれこれあったのちに自首を決意する話である。夫婦の問題、人気漫画家と編集者の思惑、アシスタントと雇い主である漫画家の力関係など、マンションの一室で、登場人物たちの言動は混乱を極める。台詞のやりとりは全編ぶっ飛ばすような勢いで、あいだに顔をだす謎の男中川智明の絶妙なこと。話の要旨だけを書くと単純なサスペンスもののようだが、描かれているのは「犯人は誰か」というサスペンスではなく、殺してしまった人間が七転八倒するさま、事件をきっかけに本音を曝け出す人々の様相である。

 苦い結末だが、これもある意味ハッピーエンドである。偶然だが本作も昼間みた『空ソラの定義』も、主人公は身ごもっていた。子供が生まれてからの彼らのことを知りたいと思う。
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