因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団民藝公演『熊楠の家』

2017-06-15 | 舞台

*小幡欣治作 丹野郁弓演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 26日まで1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28
 在野の碩学として名高い南方熊楠の後半生を豊かに描き、第19回菊田一夫演劇賞特別賞を受賞した作品が22年ぶりに再演される。折しも熊楠生誕150周年。

 ベテラン、中堅、若手総勢25名の俳優による大座組である。熊楠役の千葉茂則はほぼ出ずっぱり。夥しい専門用語を、発音、イントネーションともにむずかしい紀州の方言で語る。文字通り大奮闘である。思想、言動ともに「ぶっとばし気味」の熊楠を、中地美佐子演じる妻の松枝が支えて、舞台に安定感を生む。人物のなかには、熊楠との関係が非常に深いにも関わらず、ほんのわずかの登場で以後まったく顔を見せない方もある。しかし本作は、たとえ出番が少なくとも、劇の本筋に強くかかわらない位置であっても、全員が心を注がなければ成立しない舞台であると思う。初日の舞台では、珍しい話を仕入れては松枝に披露しつつ、すかさず「卵もうひとつ」と商売上手な行商人役の大黒谷まい、牢獄の看守でありながら、熊楠への畏怖の念を溢れさせた相良英作、一見がさつな振る舞いに見えて、あるじの気持ちや南方家の在り方を的確に把握している女中役の望月香奈が印象に残る。いつか本作がみたび上演される日が来たとき、若手俳優が今度はどの役を務めるのか、夢が抱ける好ましさであった。

 学者として、あるいは神社の合祀政策に反対する運動家としての熊楠は力強く、生気に満ちている。しかし脳を患う息子・熊弥(大中耀洋)に対峙する父親の顔は悲痛である。熊楠は摂政(のちの昭和天皇)に粘菌の標本の献上と進講をする栄誉に恵まれるのだが、それには摂政が息子と同じ年ごろの研究者であることが大きく影響している。当時天皇は現人神であったから、息子のように親しく感じるには無理がある。しかしそれでも「もし息子が健康であったなら」という切ない夢を、違うかたちで叶えることができたのではないか。慣れないフロックコートの洋装で、献上の粘菌を入れた森永キャラメルの大箱を捧げ持ち、ぎくしゃくした足取りで出発する熊楠の心持ちを「理解する」よりも、「察しよう」と心を寄せたくなる終幕であった。

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