因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ミュージカル『ミー&マイガール』

2006-06-26 | 舞台
*L・アーサー・ローズ&ダグラス・ファーバー作詞・脚本 ノエル・ゲイ作曲 スティーブン・フライ改訂 丹野郁弓翻訳 山田和也演出 帝国劇場

 終演後の気持ち→困りました・・・

 1937年にロンドンで初演、1646回のロングランを記録、1986年にはブロードウェイでリバイバル上演。時代と国を越えて人の心に訴えるものがあったからこそ、たくさんの人に愛され続け、日本でも宝塚版、2003年の東宝版と上演されてきたのだろう。単純に理屈抜きで明るく楽しいだけではない、何かがあると期待しつつ劇場に向かった。
 
 ロンドンの下町育ちの青年ビル(井上芳雄)が、実は名門伯爵家の跡取りであることがわかった。広大なお屋敷に連れてこられ、遺言執行人のマリア公爵夫人(涼風真世)とジョン卿(村井国夫)の特訓を受け、立派な跡取りにふさわしい教養と品行を身につけねばならなくなる。ビルには将来を誓った恋人のサリー(笹本玲奈)がいるが、身分違いのために仲を引き裂かれそうになる。二人の愛の行方やいかに?・・・・という物語である。
 主人公ビルの造形にまず疑問を感じた。いかにものびのびとした下町のあんちゃん風であるが、やはり血は争えないことがあざとくなく、さりげなく伝わるところ、厳しい特訓を受けて次第に学び、変化し、成長していく様子がみたいのだが、そういう場面がありそうでないのである。彼に手を焼きながらも控えめに愛情を感じていたマリアの心情が、ラスト近くのふたりの抱擁場面に少し表現されていたけれども。一応物語はハッピーエンドだが、果たしてあの終わり方でいいのだろうか?

 開演前にロビーの大階段で指揮者と楽隊、数人の俳優さんによる、劇中の「ランベスウォーク」の振付指導パフォーマンスがある。観客を舞台に巻き込み、一体化させようという演出意図であろう。一幕のラストではまだまだ盛り上がらなかったが、カーテンコールでは客席ほぼ総立ち。ステージには歌詞が書かれた大きなボードが降りてくるので、因幡屋もちゃんと歌って踊れました。出演者はどんどん客席に降りてきて雰囲気を盛り上げる、その努力は涙ぐましいほどであるが、もう少しスマートにできなかっただろうか?一緒に歌えなくても、踊れなくてもステージの俳優さんを見ながら手拍子するだけで自分は充分楽しい。自然にそうしたくなるような勢いのある舞台が見たいのである。因幡屋の席の周囲が偶然中学生の団体客ではじめはちょっと心配だったが、彼らはとてもお行儀よく、逆に言えば残念ながら大いに楽しんでいるようには見えなかった。

 今回の舞台で、井上芳雄が歌だけでなくダンスにも堪能なことがよくわかった。からだの動きがきれいなので、ポーズを取ると実にきれいに決まる。しかしもっと彼の歌を聞きたかった。抜群の歌唱力にダンスの腕前もあり、すっきりとした容姿とさわやかで清潔感のある雰囲気。彼が持っている多くのプラス面が、この作品にどこまで活かされているのだろうか? 
 ランベスウォークは楽しかったが、帰宅の足は重くなった。困りました。

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劇団昴『億萬長者夫人』

2006-06-26 | 舞台
*福田恆存作 菊池准演出 三百人劇場
 まるで昼ドラのような題名だが、67年に初演された福田恆存の喜劇である。「バーナード・ショウによる」と角書きがついており、ショウの戯曲を基に書かれたもの。父親の莫大な財産を受け継いだ弥生(一柳みる)は才色兼備で空手4段、しかし女らしさがないのが欠点である。音楽家の瀧(田中正彦)と結婚したが、彼は才能に乏しい上に愛人宅に入り浸り。弁護士(水野龍司)に「夫には1円の財産も渡さない」という遺言状の作成を依頼しにきた弥生のもとに、夫が愛人を伴って現れ、そこに弥生の愛人もやってきて大騒ぎになる。
 
 時代を現代に置き換え、「コンビニ」という台詞、舞台にはパソコン、弥生の夫にヨン様風の格好をさせたりしているが、その意図が不明で効果をあげているかどうかは疑問であるし、ここまでしてケータイが全く出てこないのは逆に不自然である。上演台本を買って、帰りの電車で一気読みする。金か愛か、ほんとうの幸せは何か、何が男を男として、女を女として生かすのか。テーマは全く古びておらず、喜劇とはいっても相当に重たい内容で、台詞のひとつひとつが容赦なくぶつかってきて、「あなたはどう思う?」と問いかけてくるかのようだ。台本に手を入れずに、真っ向勝負でみたかったと思う。

 さらに驚いたのは弥生の年齢が28歳であることだ。演じる一柳さんは確かにあでやかで美しく、億萬長者夫人の風格を感じさせるが、どう拝見しても28歳には見えず、そうすると弥生の苦悩(性的欲求不満、男性観、父への偏愛)の色合いや深刻さがずいぶん変わってしまう。弥生は瀧と結婚して3年だというではないか。たった3年で、しかもまだ28歳なのに?

 弥生には美貌と才知、財力があって、ないのはただひとつ「女らしさ」だという。では女らしさとは何だろうか?
 文学座の『女の一生』で、愛のない結婚生活に倦んだ夫から「おまえには女として必要なものが欠けている」と言われたヒロインの布引けいのことを思い出した。女らしさとは容貌の美しさでも和服を着こなす粋でもなく、相手を大切に慈しむまごころのことだと思う。女としてというより、人間として必要なものであろう。「女を本当の女にしてくれるのは、誰でもない、男なのよ、本当の男なのよ。」終幕の弥生の台詞は痛々しい。この台詞をたとえば松たか子や、思いきって仲間由紀恵で聞いてみたくなり、深夜に台本を読み直している。
 

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『女王の教室 エピソード1,2』

2006-06-21 | テレビドラマ
*遊川和彦脚本 日本テレビ
 昨年夏に連続ドラマとして放送され、物議をかもした作品の2夜連続スペシャル版。3月放送分の録画をやっと見る。「エピソード1 堕天使」「エピソード2 悪魔降臨」とおどろおどろしいサブタイトル。阿久津真矢(天海祐希)がなぜあのような冷酷無比の鬼教師になったかが描かれている。まだ二十代の真矢ははじめて6年生の担任になるが、優しすぎて児童になめられ、父兄には誤解され、他の教師には「熱心すぎる」と疎まれ、あげく信じていた女子児童に虐待の濡れ衣を着せられて挫折。教師をやめて結婚し、生まれた子供に一心に愛を注ぐが、愛のあまり子供を追いつめてしまう。その子供を水の事故でなくし、夫とも別れる。再び教壇に立つが、新しい学校では、クラスに君臨するいじめっ子との命がけの闘いが待っていた。何とも壮絶なストーリーである。

 本作は同じ学校と教師を描いていても、金八先生やヤンキー先生のように、まっすぐな情熱と愛情を描いたものではない。また教師と学校を材料にしたキワモノでもない。阿久津真矢という教師のキャラクターが一筋縄ではいかず、かといって「ほとんど漫画だ。ありえない」とあっさり片付けることも許されないような、大変な迫力を持っていることに圧倒される。ほとんど不愉快に近い気持ちを抱きながら、一度見始めたら途中で逃げられないのだ。

 エピソード1、2それぞれ中心になる児童がいる。1では池内愛(後藤果萌)で、笑顔の可愛い優等生だが、真矢の愛情を独占しようと虐待されたと嘘をつく。愛情の求め方が「これはレズビアンか?」と思わせる箇所もあって、寒気がするほどであった。2では一見優等生の宮内英二(森田直幸)が、実はサディストと言ってもいいくらいの陰湿ないじめっ子で、真矢は「なぜ人を殺してはいけないんですか?」と問いかける彼と、文字通り命がけで闘うことになる。この児童二人の造形がこれでもかというくらい屈折して陰湿で、また演じる子役がうまいのなんの。こういう役を体験して、これからの俳優人生に、いや実人生に悪い影響はないのだろうか、と本気で心配になった。
それに比べて、元教え子の神田和美(志田未来)と真鍋由介(松川尚瑠輝)の演技には少々疑問が残る。

6月21日朝日新聞夕刊に加藤周一の随筆が掲載されていた。「私が小学生だった時」というタイトルである。冒頭の一文に思わず目が引き寄せられた。「どういう教育をすれば、どういう人間ができるかは、誰にもよくわからないということである。」

真矢のような教師がいてほしいとは思えないし、かといって断罪するところまで心が決まらない。ただ真矢には再び笑顔を取り戻してほしいと思う。こんな壮絶な体験をしてもなお「教師をやめない」と固い決意をもつのなら、子供たちと共に、もっと豊かな教師人生を送ってほしいと願うからである。現実にはありえないような極端キャラにも関わらず、阿久津真矢はわたしの心に住みついたらしい。

 

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劇団文化座公演『鈴が通る』

2006-06-19 | 舞台
*三好十郎作 小林裕演出 三百人劇場
 幕が下りて、祈ったこと→ともしびよ、母の行く道を照らせ

 本作は劇団と縁の深い劇作家三好十郎が51年にラジオドラマとして書いた作品を舞台化したもので、1時間半足らずの短い劇だが、力強さに圧倒されると同時に、土の匂いのするような温かさに包まれる体験をした。
 敗戦から5年たったある村。戦死したはずの息子がシベリアで捕虜になっていると知った老女そめ(佐々木愛)は、毎月26日になると村役場へ出かけ「早く息子を返してほしい」と懇願する。孫のお守りに精を出すしっかり者だが、この日だけは何かに憑かれたかのように同じ話を繰り返し、周囲からは「シベリアばあさん」「シベリア惚け」と笑われ、迷惑がられる。
 舞台の中央に大きな木が立っており、開演が告げられいったん舞台が暗くなると、木の向こう側に2人の人影が見える。木の周囲が回り舞台になっていて、人影が手前まで回ってくると、老女のそめが家族らしい若い女に着物の着付けを手伝ってもらっていることがわかる。かけ声と共に勢いよく正面にからだを向けて、きっとした眼差しでこちらを見据えたそめの顔つきに、思わず身が引き締まる。粗末ながらもきっちりと身支度を整え、並々ならぬ決意で出かけようとする気合いが、背中の曲がった小さなからだに漲っているのがわかる。
 そめは着物に結わえた鈴を鳴らしながら一心不乱に歩いて行く。そめの役場通いは村の人々のあいだでも有名になっており、「あのばあさまの鈴が聞こえるということは、今日は26日か」といった具合である。
 のみならずそめが鳴らす鈴の音は、それを聞く人々の心にさまざまな思いを呼び起こす。
 佐々木愛によるそめが舞台の核である。そめは岸壁の母的な深刻一辺倒ではない。懸命な姿に胸が痛むが、どこか微笑ましくユーモアすら滲ませる。前半は思い詰めた中にもどこか浮き立つような雰囲気があり、「今度こそは願いが叶う」という希望を感じさせる。それが村役場でほとんど嘲笑に近い目に合い、重い足取りで帰路につく後半はみるのが気の毒になるほどである。
 しかしその帰り道でそめは夫をなくして路頭に迷った若い未亡人に自分の弁当を与え、いたずら少年に再会する。 この少年(劇団東俳の立石親良くん)とのからみがなかなかおもしろい。少年は昼間ばあさまを通せんぼして、まんまとお金をせしめるが、帰り道でお金を返そうとする。ばあさまがなぜ歩き続けているのかを知り、子供心に何か感じたのであろう。「このつぎは息子に会えるよ」と言うが、別れ際は昼間と同じく「馬鹿、気違い」と憎まれ口をたたく。そめはにっこり笑って「いいお子だ」と返す。ばあさまはこの子がほんとうに言いたいことをわかっているのだ。少年はなおもそめのあとをついてくる。心配した姪に迎えられる姿に安心したかのように、少年は初めてそめに笑顔を向けて大きく手を振る。
 姪の赤ん坊を背負ったそめは、さっきとは別人のようなしっかりした様子で家路につく。するとそめの周囲に、小さな明かりをもった人々が静かに集まってくる。人々の顔は見えないが、今日1日、そめの鳴らす鈴の音を聞いて心を動かされた人々の心がともしびのように、そめの足元を照らしていることを示したのであろう。
 今月も息子は帰ってこなかった。しかしひたすら歩く姿によって、そめは周囲の人々に希望や慰めを与えていくのである。親孝行をしたいという気持ちであったり、不正な米の売買を思いとどまらせるぎりぎりの決意であったり、つれあいへのいたわりであったり、失意の底から立ち上がる力であったり。
 何かに憑かれたような、狂気さえ感じさせる面と、未亡人や少年と接するときの温かく情愛のこもった優しさの両面をあますところなく演じて、佐々木愛は実に見事であった。

 どうか小さなともしびを絶やすな。
 ともしびよ、母の行く道を照らし続けよ。

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『純情きらり』~寺島しのぶと西島秀俊

2006-06-17 | テレビドラマ
*NHK朝の連続テレビ小説 浅野妙子脚本
 このところ主人公の桜子(宮崎あおい)よりも、姉の笛子(寺島しのぶ)のことが気になって真剣にみる日が続いた。
小さな頃から優等生で、今は女学校の教師である。母亡き後は主婦として家事を切り盛りし、父亡き後は文字通り一家の大黒柱である。しっかり者だが少々頭が固くて融通がきかず、奔放な桜子とは喧嘩が絶えない。そんな笛子が恋をした。相手は無頼の画家杉冬吾(西島秀俊)である。冬吾は朴訥を絵に描いたような男性で、周囲の思惑など関係なく心の赴くままに行動する。絵に関しては一歩も譲らず。女性には大層もてる。生真面目な笛子とは水と油なのだが、この二人が出会って心を通わせていく過程が実にきめ細やかに描かれていて、目が離せない。
 笛子が冬吾に出会ってどんどん変化していく様子を、寺島しのぶがとても丁寧に演じていて、舞台とも映画とも違う新しい魅力を感じさせる。桜子の書いた偽手紙に激怒して東京の下宿に乗り込んできて、「ずっと怒っていました」と冬吾に泣きべそをみせる場面など、いい表情をするなぁと思わず見とれたほどである。特に今週金曜日放送の回後半、喫茶マルセイユ前の通りで、笛子が心のうちを冬吾にぶつけ、冬吾が飾り気のない言葉と態度で包み込む場面には涙とまらず。笛子が素直になれてよかった。それを冬吾さんが受け止めてくれてよかった。冬吾さん、当分旅に出ないで、ちゃんと笛子さんのそばにいてください、頼みますよ....と、現実とドラマのボーダーラインがあやうくなっている。笛子と冬吾がわたしの日常の感覚のなかで、生きた人間として動き始めているということだろう。

 さて西島秀俊の素朴な東北弁を聞くうちに突如ひらめいた。井上ひさしの『イーハトーボの劇列車』の主人公宮澤賢治を西島くんでどうだろうか?!

 

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