因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

NHK土曜ドラマ『こんにちは、母さん』第1回

2007-05-27 | テレビドラマ
*永井愛作 岡崎栄演出 土曜午後9時より 公式サイトはこちら
 2001年春初演の舞台の記憶は、今でも生き生きと蘇る。あの日以来、新国立劇場に通うのが楽しみになったのだ。劇場だけでなく、そこに行くまでの道のりや周辺の風景までもが一変した。たくさん笑って、終幕では自分でもびっくりするくらい涙が止まらなかった。(そのときのえびす組劇場見聞録の記事)。

 テレビ版は作者の永井愛みずからの脚色で、母親の加藤治子、息子の平田満、それに中国人留学生の小川萌子は舞台と同じだが、母の恋人役の児玉清をはじめ、いしだあゆみ、渡辺えり子、段田安則、竹下景子と豪華キャスト。また舞台では台詞で説明されるだけで登場しないご近所の方々にも絶妙な配役がなされている。たとえば、店のテレビを一日中みているというメリンス屋のカズちゃんに徳井優。すごくはまっている!

 舞台をみていて、「いかにも説明台詞だな」と思うことがある。もしこれが映像ならもっとすっきりした表現になるのにと。昨夜放送の第1回をみて、これと逆というか、少々違和感をもつ場面があった。父親は既に亡くなっており、登場しない。人物の台詞によって描かれる。が、その台詞のあとに少しぼかした感じの映像で父親(きたろう)が出てくるのである。息子の勉強机を運んだり、息子を殴ったり。台詞だけで語られる父親が、具体的なイメージを持つことには長短あるだろう。何か二重に説明されているような、妙な具合であった。舞台中継を録画したビデオは何度みても飽きないし、戯曲も繰り返し読んだ。舞台の呼吸が自分に染みついてしまったのだろう、大勢の人と時間と空間を共有して楽しんだ作品をテレビでみることに対する居心地の悪さもある。

 しかし最も嬉しいのは、『こんにちは、母さん』を、空間は違うがもっと大勢の人と楽しめるということだ。実家の家族、しばらく会っていない友人。見終わったあといろいろ話したいし、どんなことを感じたかを聞きたいと思う。テレビ版にはテレビ版のよさがきっとあるだろう。第1回めから早くも思い入れ過多の兆し?いや、やはり『こんにちは、母さん』が大好きなのですよ。

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新規設置先:まつもと市民芸術館&神奈川県立青少年センター演劇資料室

2007-05-26 | お知らせ
 因幡屋通信26号より、次の2カ所に新規設置いただけることになりました。ほんとうにありがとうございます!
 ぶろぐのプロフィールも、その旨更新いたしました。
まつもと市民芸術館
神奈川県立青少年センター 演劇資料室
まつもと市民芸術館は26号欄外に新規設置先として掲載させていただきました。いつの季節も美しい町だろうと想像しております。是非一度訪れたいと願っています。神奈川県立青少年センターの2階にあります演劇資料室は、先日第6回かながわ戯曲最優秀作品・ドラマリーディング公演『廻罠(わたみ)』に参りました折り、突然の申し出にも関わらず、ご快諾いただきました。設置先掲載は間に合いませんでしたので、次号にはきちんと。演劇雑誌や戯曲の貸し出しもある魅力的なスペースです。このあいだNYLON100℃公演で楽しんだ「岸田國士戯曲集」もありました!訪れた方がひとりでも通信をお手に取ってくださることを願っております。入って右側にチラシラックがあります。それからもうひとつ!これまで世田谷パブリックシアターにはずっと設置していただいておりますが、今号より同劇場のチケットセンターにも設置が叶いました。お立ち寄りの際は是非ご覧下さいませ。

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因幡屋通信26号完成

2007-05-24 | お知らせ
 因幡屋通信26号が完成いたしました。今回のお題は以下の通り。いずれもブログの記事をベースにしております。
 発送作業はこれからですが(汗!)今月中にはお届けできるでしょう。設置先劇場ロビーやチラシラックでクリーム色の通信がありましたら、是非手に取ってお読みくださいませ!
*「100分の3の物語 」:風琴工房公演『紅の舞う丘』について(ぶろぐの記事)
*「読まれなかった手紙のこと」:新国立劇場公演『CLEANSKINS/きれいな肌』について(ぶろぐの記事)

 えびす組劇場見聞録25号には「新しい劇空間を求めて~渋谷ルデコ通いの日々」と題しまして、石神井童貞少年團公演『女のいろあや戯画』(ぶろぐの記事)、とくお組公演『TOWER OF LOVE』(ぶろぐの記事)、play unit-fullfull公演『ふたりの見た景色』(ぶろぐの記事)について書きました。こちらは薄いグリーンです。既に発送済み!えびす組ホームページはこちらです。

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studio salt『7』:2回め

2007-05-23 | 舞台
 どうしてももう一度みたくなって、初日(その日の記事)から一週間後の今日、再び相鉄本多劇場へ。同じ芝居を2回みることはときどきある。しかし複数のプレオーダーで「チケットが取れてしまったから」というケースが多く、「みたい!」という強い気持ちにかられることは、実は珍しいのである。

 強く感じたのは、客席の空気が変化していたことだ。もちろんお客さまは毎日違うのだから、日によって反応が異なるのは当然のことなのだが、屈託ない笑いの多かった初日に比べて、今夜は静かだった。舞台で起こっていることを、息を詰めて見守っているような雰囲気だったのである。

 終演後、しみじみと優しい心持ちで家路につく。自分の心も初日とは変わっていたのだ。当日リーフレットに作・演出の椎名泉水が「書く作業というのは、結局自分を曝すこと。」という書き出しで、自身が過去に携わっていた職業についての思いを記している。本作の内容ズバリ同じではないが、精神的にきつい仕事であり、その経験を劇作に繋げることに向かって悩み苦しんでいることが窺われる。しかしその思いが劇作家個人の自己救済や自己実現に終始するのではなく、『7』の舞台をみた多くの人にさまざまな思いを抱かせたと思う。初日の舞台をみて、「(今回の新作は)働くことの意味を否応なく突きつける」と書いた。しかし、今夜は少し違う気持ちだ。問いかけ、突きつけるだけではなく、観客の心に沸き起こった思いを受けとめる温かさが、『7』にはある。初日は自分は舞台からいろいろなものを受け取った。しかし今夜は舞台のほうに、自分の心を受けとめてもらえた。そんな気持ちになれたのである。

 舞台は生きものだ。同時に観客の心も生きて変化していく。ひとつの舞台からさまざまに移ろう自分の心を感じ取れたこと。『7』が与えてくれた最大のものであろう。公演は24日まで。

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NYLON100℃『犬は鎖につなぐべからず』~岸田國士一幕劇コレクション~

2007-05-21 | 舞台
*岸田國士作 ケラリーノ・サンドロヴィッチ潤色・構成・演出 豆千代和装監修 井手茂太振付 青山円形劇場 公式サイトはこちら 6月3日まで
 岸田國士の7つの短編を、ひとつの町内に起こる一連の出来事として構成した舞台なのだという。そんなことできるのかな?と思ったが、いや見事なものでした。ナイロンによる岸田國士の世界(としか言いようのない)のおもしろさよ。そうか、こういうやり方があったのか!

 岸田國士作品は、一昨年秋に新国立劇場小劇場で上演された『屋上庭園・動員挿話』の記憶が鮮やかである。書かれたのは大正や昭和初期なのだが、古びた話にはまったく思えず、夫婦、友人、あるじと奉公人などの会話には、人の心が通い合うことの温かみと同時に、通い合うからこその悲しみが感じられた。どちらかと言うと後者の方が強いだろうか。人は自分だけでは生きていけない。しかし他者と触れ合うことは喜びよりも悲しみをもたらすこともある。それでも人は人を求めてやまない。終演後は誰かと話したいような、でもきっと話は弾まず、気まずい空気になりそうな、複雑な心境であった。自分はそういうのが結構好きだけれども。

 ナイロンのカーテンコールは拍手が鳴り止まず、アンコールもあった。作者のケラも出て来て嬉しくなり、一生懸命拍手した。劇場は生き生きした空気でいっぱいだ。本作は現代風にアレンジした舞台ではない。相当なおふざけ場面もあるのだが、決して茶化しているわけではないのである。作品に対する敬意と、自分たちの舞台を作るという心意気に溢れている。 出演俳優は客演も含め、和装の着こなし、所作、台詞、いずれも達者で、よく稽古の入っていることが感じらる。自分の演じる役、作品、舞台ぜんたいへのきちんとした理解がないと、こうはできないだろう。特に印象に残ったのは『驟雨』の松永玲子。『驟雨』と『ここに弟あり』の廣川三憲、『隣の花』と『紙風船』のみのすけ。

小粋な装丁のパンフレットは、これからゆっくり読もう。 そして猛烈に岸田國士が読みたくなった。できれば明日は図書館にダッシュできますよう!


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