因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

因幡屋2月の課題

2009-01-31 | お知らせ
 2月にして早くも迷っているのが、毎月の課題を演劇関連(劇評関連)に限定するのか、それとも日常生活も含めて課するのかということである。1月の「時間を決めて書く」は観劇本数が少なかったこともあって、何とかクリアできた。しかしみた舞台すべてについて書けたわけではなく、ハイリンド公演『血のつながり』は未だに書きかけのままである。旗揚げ公演からずっとみてきた劇団だ。ここではずしてしまうのは悔しい、というか申しわけない。どうしてだろう、書くのにためらいがあるのは。まずはその気持ちから逃げないことだ。
 というわけで2月の演劇的課題は「ハイリンドの劇評を書く」とします。
*庭劇団ペニノ『ちっちゃなエイヨルフ』2007年の『野鴨』に続くタニノクロウ演出によるイプセン作品。
あひるなんちゃら『フェブリー』ようやく初見になります。
*桃園会『電波猿の夜』深津篤史の演出は、新国立劇場小劇場での岸田國士『動員挿話』が心に残る。劇団の公演をみるのはこれが初めて。
劇団掘出者(1,2)『誰』早くも新作。
JAM SESSION『女の平和』ギリシャ悲劇を60分で駆け抜ける!のだという。短いお芝居好きです。
横濱・リーディング・コレクション『三島由紀夫を読む!』2006年冬に偶然足を運んだ『福田恆存を読む!』にはじまり、岸田國士以外はすべてみることができた。自分のリーディング体験のスタートとなったシリーズも今回がファイナル。
中野成樹+フランケンズ『44マクベス』
これらに加えて東京乾電池の月末劇場にも何とか足を運びたく。

 カレンダーを新しい月にするのをよく忘れる。さっさとめくってしまうと、最後の1日をないがしろにするようだし、そうしているうちに月が明けて、何日かそのまま過ぎてしてしまい、今度は新しい月の初めの数日に対して申しわけない思いになるのである。2月の日常的課題は月並みだが「1日を大切に生きる」とします。この1日はこの日しかない。生きることを許された時間だ。それをできるだけ健やかに自分にも周囲にも気持ちよく過ごしたい。
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toi presents 4th『四色の色鉛筆があれば』

2009-01-27 | 舞台
*柴幸男作・演出 公式サイトはこちら シアタートラム 28日まで
 サスペンデッズの『片手の鳴る音』に続く、シアタートラムネクストジェネレーションvol.1の第2弾である。toiの舞台は昨年6月の『あゆみ』以来。みるみる空席が埋まり、両サイドの通路も立ち見がでる盛況となった。今日の舞台は4本の短い作品が続けて上演され、短編演劇集といった味わい。3本めの『反復かつ連続』と4本めの『純粋記憶再生装置』が心に残った。
『反復かつ連続』何かの評論のようなタイトルだが、舞台をみているとまさにその通りであることがわかる。出演は内山ちひろだけなのだが、いわゆる一人芝居の趣きはほとんどないと言ってよい。ある家族の朝食の風景が、繰り返し描かれているのだが、その手法というのがちょっと他でみたことがないくらい変っているのである。最初にうちを出て行くのはおそらく小学生だろうか(ランドセルを背負うような所作があったので)、顔を洗ってご飯を食べ、身支度をして出て行くまでの流れが終わると、内山は再び舞台上手に戻り、今度は姉が同じように朝の支度をする様子を演じる。姉の演技に、前場での弟(としておこう)の台詞がかぶり、また次に出てくる姉たち、最後は家族の世話を焼く母親が登場し、家族全員の慌ただしい朝の風景が重層的に描かれるのである。
 前場に登場した家族たちの台詞は音声として録音されたものが流されるわけだが、しゃべっているのは結局内山ひとりだけだ。衣裳も変えず同じ声で、特に人物の演じ分けを意識しているようにもみえない。なのにまさしく家族の会話に聞こえるのである。台詞のタイミングは寸分違わず絶妙、特に『ズームイン朝』のテーマ曲を皆がそれぞれ楽器を担当するように歌い出す場面のおもしろさは他に類をみない。呆気にとられながら、柔らかく静かで温かいものが感じられた。いや、こういう舞台をみたのは初めてだ。

 4本めの『純粋記憶再生装置』は、愛の末期にある男女が、楽しかったころの思い出をたどる話である。俳優は男女2人ずつ、合計4人が登場し、動作だけだったり、話している人物のうしろで同じ台詞を口だけ動かしたり、過去の彼らと現在の彼らがめまぐるしく変化する。ふと映画『ふたりの5つの分かれ路』を思い出した。少し手法に走っているようにも思えたが、それでも舞台ぜんたいの印象を損ねるものではない。人の心、人と人のつながりを描くには、ほんとうにいろいろな方法がある。それが目新しさだけを狙っているのであればあざとく感じられるだろうが、柴幸男の舞台には手法の披露に陥らない姿勢があって、それが好ましく、次の舞台が楽しみになった。

 劇団の成長を計るのは、より大きな劇場で公演をすること、すなわちより多くの観客を動員することがひとつの重要なポイントであるが、決してそれだけではないと思う。サスペンデッズ、toiともに日頃の公演とは随分違った客層に対峙することによって、いろいろ戸惑いや試行錯誤があったことだろう。どちらも客席の反応は上々であった。世田谷パブリックシアター友の会の方は、「もっと世田谷を盛り上げたい」とおっしゃていたが、自分は、今回初めて両劇団の舞台をみたお客さんが、今度は下北沢のOFFOFF劇場やこまばアゴラ劇場に足を運ぶようになったら、もっと楽しいと思う。劇団が精進する意識を強く持つだけでなく、観客が行動を起こすきっかけとして、今回の試みが広く繋がっていくことを願っている。
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4x1h project Play#2『ソヴァージュばあさん/月並みなはなし」

2009-01-25 | 舞台
 黒澤世莉(時間堂)の『月並みなはなし』を中屋敷法仁(柿喰う客)が演出し、もう1本は モーパッサンの原作を谷賢一(DULL-COLORED POP)が脚色し、黒澤世莉が演出した『ソヴァージュばあさん』。公式サイトはこちら 新宿シアターミラクル 公演は30日まで。『ソヴァージュばあさん』から受け取ったものについて書き記したい。
 普仏戦争の末期、フランスの小さな村にプロシア軍が進駐し、3人の兵隊が「ソヴァージュばあさん」と呼ばれる老婆のうちに寝泊まりをすることになる。兵隊のうちの1人はフランス語が話せるが、あとの2人はほとんど身振り手振りのとんちんかんなやりとりになる。ばあさんの息子は戦争に行ったまま行方知れずだ。言葉によるコミュニケーションが取れない敵国の兵士と、彼らに占領された老婆の奇妙な共同生活の様子が描かれる。背景には白樺を思わせる木が数本少し見えるくらいで、あとは壁である。これはどういう映像技術によるものなのかわからないが、話が進むうちに、壁に少しずつ老婆の家の様子がフリーハンドの絵が描かれていくように映し出されていくのである。木製のテーブル、そこに置かれた鍋のようなもの、殺風景な舞台から次第に人物の体温が感じられてくる。描かれる絵は、兵士と老婆の関係が少しずつ変化し、つながりが生まれていることを示すのだろう。

 大掛かりな装置も衣裳や化粧もしない、これ以上簡略にはできないくらいのシンプルな舞台から、くすんだ色調のヨーロッパ映画をみているような不思議な気持ちにさせられる。いつのまにか物語に引き込まれ、いろいろな風景が自然にみえてくる。演出の手腕や俳優の演技力をみせようとするあざとさがないところが好ましい。

 戦争中というのに、どこかのどかで微笑ましい物語は、終幕になって一転する。人はたとえそれが敵国人であっても温かく優しくすることができるが、同時に恐ろしく悲しいこともしてしまうのである。悲しく重く、やりきれない話だ。客席の自分は、そこで起こったことをすべて受け入れ、人々の心を受け止めるしかできないことを深く悲しむ。わずか40分の作品が投げかけるものは深く重く、物語の世界に対して無力である自分を思うと悲しいが、そういう気持ちにさせてくれるのは、演劇の力である。それが信じられるから、自分はこれからも生きていけるのだ。
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サスペンデッズvol.6『片手の鳴る音』

2009-01-24 | 舞台
*早船聡作・演出 公式サイトはこちら シアタートラム 25日まで
「シアタートラム ネクストジェネレーションvol.1」と銘打って、世田谷パブリックシアターが若い演劇人の発掘と育成の場として実施した公演。30を越える公募の中から3つのカンパニーが選ばれた。選考にはパブリックシアター「友の会」の方々も加わったそうである。公演がどういう主旨で行われているかをあまり知らずに見に行ったのだが、若い才能を発見した新鮮な驚きと、それを励ます温かい気持ちや劇場をもっと楽しい場所にしたいという願い、そして選ばれた劇団側の喜びの両方が伝わってくる気持ちのよい舞台であった。
 サスペンデッズの舞台はこれが2度めになる。昨夏の公演についてはあまりはっきりした印象を持てなかった。本作は再演になるそうで、初演より大きな劇場での舞台作りには苦労があったようである。海辺の町の理髪店が舞台だが、ステージ上手と奥に船の帆を思わせる大きな布があり、室内と外の境界線を曖昧にみせている。人物の出入りも観客に見せる作りになっていて、これが効果的であったかは長短あるだろう。舞台ぜんたいが海に浮かんだ船のような抽象的な作りだが、その中には理髪店の椅子や小道具など、具体的なものがたくさん置かれている。天井が高く幅もたっぷりある劇場の空間を活かしながら、戯曲の世界と演出のバランスをとるのは難しいものなのだなと思った。

 母についての物語である。登場人物それぞれに母に対する思いがある。母を知らずに育ち、ひたすら母を求める者、母の愛情を持て余し、そこから成長していこうとする者。自らが母になり、迷いや過ちを繰り返しながら必死に我が子を育てる者、母に愛されなかった体験から、自分が母になることに激しく悩む者。それぞれの人物の背景や現実はちょっとどうかと思われるほど複雑多様である。しかし作り過ぎ、盛り込み過ぎにみえない。ごく日常的なやりとりの、ちょっとした一言や表情や仕草で少しずつ見せていく手法に対して俳優が辛抱強く応えているから
だと思う。

 ちょっと困惑したのは台詞が聞き取れない箇所が結構多かった点である。通常の公演に比べて広い舞台空間のせいだったのだろうか。また住居である二階の階段から一階の理髪店に降りてくるとき、登場人物の多くが靴下のまま床におりて、場合によってはそのまま店内を歩いて靴を履く動作があることだった。しょっちゅう掃除はしていても髪の毛の落ちている床の上を靴下で歩いたりはしないと思うのだが。

 さて次週のtoi公演にも俄然食指が掻き立てられてしまった。当日券予約のシステムを使って頑張ってみようか。
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因幡屋通信31号完成

2009-01-18 | お知らせ
 おかげさまで因幡屋通信31号とえびす組劇場見聞録30号が完成し、設置先各劇場宛に発送いたしました。今回より新たに王子小劇場さんにも設置していただけることになりました。ありがとうございます。ベースになったブログの記事をリンクしておきますね。
【因幡屋通信31号:カラーはイエロー】
*「志は高く 言葉は深く」劇団掘出者公演『ハート』より
*「みんなメリークリスマス」俳優座劇場プロデュース公演『空(ソラ)の定義』より
【えびす組劇場見聞録30号:カラーはライトグリーン】
*「不器用な芸達者たち」ブラジル公演『軋み』より
 どちらもよろしくお願いいたします。
 新宿シアタートップスさんへのお届けはこれが最後になります。創刊当初から設置していただき、ほんとうにお世話になりました。ありがとうございました。自分の「ラスト公演」はおそらくポツドールになるでしょう。劇場までの道のりも、客席での時間も大事に過ごしたいと思います。

 
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