因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

講演会「文学座の80年と今」

2018-11-01 | 舞台番外編

*公式サイトはこちら 11月1日(木)17時~18時 共立女子大学神田一ツ橋キャンパス本館B101 共立女子大学・短期大学総合文化研究所主催 文学座、共立女子大学文芸学部OGネットワーク協力
 先月27日から同大学本館ロビーで「戦後新劇と文学座」と題したポスター・資料展示が行われており(8日で終了)、その関連イベントとして講演会が開催された。演劇評論家の大笹吉雄氏が文学座の歴史、『女の一生』と長らく主役の布引けい役を務めた杉村春子のことを語り、後半は2016年から4人めのけい役をつとめる文学座の山本郁子氏が登壇した。

 文学座創立までの動き、どのような作品と経緯を経て、杉村春子の芸質が具体的にどのようなものであり、それによって『女の一生』が上演され続けてきたこと等など、いろいろな媒体で執筆もされ、発言もされていることであるが、今さらながら、一切のメモ、資料を見ることなくよどみなく語る大笹氏の講義に圧倒される。杉村春子先生、やはりあなたは、只者ではありませんでした。

 山本郁子氏は『女の一生』東京公演を終えたばかり。もっといろいろな話を伺いたかったが、時間が押して十分でなかったのは残念であったが、まさに今充実のときを迎えようとしている俳優が発する力強く、清々しい「気」は、こちらの心も晴れやかにする。こちらの想像の及ばない重圧があり、さまざまな試行錯誤があるだろうが、山本郁子の布引けいを確立してほしいと願っている。同時に、けい役はもちろんのこと、これからできるだけ多くの俳優に『女の一生』の舞台を担ってほしいと思うのである。

 大笹氏によれば、これほど長きに渡る『女の一生』の上演は、歌舞伎、新派とも柔軟に共演した杉村春子の持つ芸の幅が成し得たこと。この芸風を継承するのは非常に難しいことであり、伝統芸能ではないのだから、特定の俳優の芸を受け継ぐのは必須ではないとも考えられる。最初はなぞる、真似ることに始まっても、最終的には、その作品に必要であり、適した演技に到達すること、それも共演者とのバランスを考えた上で、そしてその俳優個人の個性が活かされれば最高であろう。100人を超える俳優が所属する大所帯で、一人ひとりが十分な活躍の場を持つことは非常に困難であるが、そこに「アングラ演劇」が活かされる可能性はあるのだろうか。終盤の質疑応答で、ひそかにわたしが聞きたかったことである。

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ナショナル・シアター・ライブ5周年シンポジウム

2018-07-21 | 舞台番外編

公式サイトはこちら 青山学院大学本多記念国際会議場 721

 ナショナル・シアター・ライブ(以下NT・ライブ)とは、ロイヤル・ナショナル・シアター(略称ナショナル・シアター 以下NT)によるプロジェクトで、イギリスでの数々の名舞台を収録し、世界の映画館で上映するというものだ。2009年、ヘレン・ミレン主演の『フェードル』にはじまり、40ヶ国で上映されている。舞台本編だけでなく、魅力的な前説が観客の期待を否応なく高め、舞台と同じくインターミッション(休憩時間)があり、そこにも気の利いた工夫が凝らされている。カメラワークは緻密かつ大胆。「映画館の観客がベストシートで演劇を見ているかのような感覚で楽しめるものを」をモットーに、舞台の天井からのショットがあるなど、舞台と客席の息づかいまでもが、より臨場感をもって多角的に伝わってくるのである。演劇の本場イギリスならではのプロジェクトと言えよう。

 日本では2014年、ダニー・ボイル演出の『フランケンシュタイン』が初お目見えして5周年を迎えたことからシンポジウムが開催された。以下プログラムごとの印象である。

*第一部 NT・ライブ 映像放映
 NT は、50周年を迎えた2013年に記念イベントを収録したDVDを作成、このたび日本語字幕付きでNBCユニバーサル・エンターテイメントより発売されることになった。半世紀におよぶ全36場面のうちから厳選した4シーンが上映された。青山学院教授の狩野良規氏は、Tシャツにジーンズの黒子スタイルが実に自然で軽やか。手短で簡潔な前説をされ、気持ちの良い導入となった。

*第二部 NT・ライブの裏話を聞く
 登壇者は、NT・ライブの配給会社である「カルチャヴィル」代表の中村未知子氏、演劇ライターの兵藤あおみ氏。

 観客にとって、映画の配給会社についての実感は乏しいが、一筋縄ではゆかない業界の事情や、大手シネコンの上映をめぐる話など、この場がなければ知ることができない話をお聞きし、配給会社なくして映画が上映されることはなく、必須の存在であることが実感できた。中村さんは「自分は演劇についてはあまり詳しくない」と言っておられたが、演劇に対してニュートラルな感覚の持ち主とお見受けした。先入観なくひとつの作品を捉えることができ、演劇ライターとして情報とフットワーク、人脈を持つ兵藤さんと、まことによいコンビであると思われた。

*第三部 NT・ライブの回顧と展望
 第二部のお二人に加え、東京大学大学院教授の河合祥一郎氏、劇作家・演出家の青木豪氏、映像翻訳家の柏木しょうこ氏が登壇した。二部、三部通して、聞き手は明治大学准教授の井上優氏がつとめた。自分にはいまだに劇団グリング(2014年解散)の青木さんのイメージが強いのだが、この数年間でみるみる活動の幅が広がり、いまや劇団四季公演『恋に落ちたシェイクスピア』の作・演出を手掛けておられる。ロンドンへの留学経験もあり、現場の演出家として、またひとりの観客としてNT・ライブを多く鑑賞し、わかりやすいことばでその魅力を発言しておられた。

 今回のシンポジウムを最も盛り上げたのは、柏木さんであろう。まず驚いたのは、NT・ライブの字幕は言語に関わらず、NTがすべて管理していることだ。先方の字幕が的確でない場合も少なからずあり、柏木さんは「字幕監修」という立場でNT・ライブに関わっておられる。欧米国と日本での「字幕文化」の違い、舞台作品(つまり戯曲)を映像で見せることのむずかしさ、字幕を移すタイミング(箱切り?)には、翻訳者の個性が出るなど、自身が俳優経験をもち、作・演出を手掛けたこともある柏木さんならではのお話に、身を乗り出して聞き入った。

 河合祥一郎氏の話のなかでは、ハロルド・ピンターの『誰もいない国』について、「ピンターの戯曲には全部が書かれていない。俳優の演技が書かれていないところを埋めていく。NT・ライブの本作を見ていると、その様子がわかる」、シェイクスピアの『お気に召すまま』で、「女性であるロザリンドを男性俳優が演じ、物語の最後に「もしわたしが女だったら」と明かす場面のドラマティックアイロニーが素晴らしい」など、見逃したことが悔やまれる。いちばん勇気づけられたのは、「舞台が面白くないのは作り手のせいであり、ご自分が悪いのではないですよ」の一言であった。

  実は自分はNT・ライブのよい観客ではない。2015年『スカイライト』に足を運んだきりである。この作品は、佐藤正隆事務所(現・佐藤正隆シアター・カンパニー)公演、パルコ劇場版のテレビ放映を見たものの、確かな手ごたえが得られず、本場の舞台を見ようと勇んで出かけた。ところが言葉にしがたい違和感と距離感があり、次の新しい作品を見るアクションにはつながっていない。もっとも大きな理由は、向こうの舞台についていけなかったこと、向こうの観客のリアクションが理解できなかったことである。自分の体験した日本の『スカイライト』に、笑える箇所はまったくといってよいほどなかったと記憶する。それがNT・ライブでは何度も笑いが起こるのである。字幕翻訳の台詞を読み、俳優の演技を見ても、似たような感覚は抱けなかったのだ。

 さらにNT・ライブを全く知らない方への説明が存外むずかしいことに困惑しており、このブログ記事ですら、非常に下手な説明を長々と書いているようで難儀している。おそらくその理由は、「舞台は生であることがもっとも重要であり、生命である。それを映像化して提供するのは二次利用であり、もっと言えば一種の邪道ではないか」という圧力(どこの誰からというのではなく、自分で作ってしまった圧力かもしれない)や呪縛(同じく)が、口を重くし、言葉を拙くさせるのだろう。
 しかしながら配給会社、ジャーナリスト、映像翻訳、演劇研究者と、演劇や映画に携わる方々がそれぞれの立場で「この舞台の素晴らしさを伝えたい」「もっと多くの人と、この作品を味わいたい」という情熱をエネルギーに知恵を絞り、人脈を駆使し、労苦を重ねて実現にこじつけ、継続されていることがわかった今、新たな気持ちでNT・ライブに再び足を運ぼうと思う。

 今回のシンポジウムは、インタネットによる申し込みが始まった初日から応募者続々だったとのこと。広いホールはほぼ満席で、興味深く刺激的な話が次々に披露される様子に客席の反応も上々、2度の休憩をはさんで3時間半の長丁場が、ほんとうにあっという間であった。これだけ盛況であるのは、演劇も映画も情報が集中している東京であればこそであろう。自分がそういう環境に置かれていることは大変な恵みであり、感謝して享受しつつ、これをもっと広く知らしめることが重要であり、どうすればよいかと考えると、猛暑のためばかりでなく、軽く眩暈を覚えるのである。

  NT・ライブを地方で展開することは非常に困難で、中村さんは「地方に人はいないんじゃないかと」との発言に場内は笑いに包まれたが、地方出身者の自分はまったく笑えなかった。地方にも人はいる。ただ触れる機会、知らされるきっかけが少なすぎるのだ。何かひとつ投げかけられれば、そこから広がる可能性はあるはず。中村さんはツイッターなど、SNSにおける観客の意見にも目を配っておられるとのことだから、「この町で何とか」「こんな人材がいる」といった情報から、NT・ライブのより充実した展開が実現するのではないか。

 日本ではシネマ歌舞伎、あるいは劇団新感線のライブビューイングなどが、「映画館で見る演劇」として認知されている。NT・ライブも今後よりいっそう広がっていくことが望まれる。しかしそこに、生の舞台を見ることへの強い欲求が希薄にならないよう、通常の映像作品を見るように気軽に足を運びつつも、そこからよりよい舞台に出会うことへの欲求を確かに抱けるよう、観客側も意識を強く持ちたい。前述の『誰もいない国』についての河合さんのお話を聞くと、NT・ライブを見たい気持ちと同時に、戯曲をもっと読み込み、自分の脳内で俳優の演技を立ち上げるなど、決して簡単ではなさそうだが、それだけに新たな楽しみを体験できる希望がわいてくるのである。

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演劇評論家 扇田昭彦さん逝く

2015-05-24 | 舞台番外編

 2012年12月に十八代目中村勘三郎が急逝して以来、早すぎる旅立ちや、どうにも納得できないお別れが続くように感じる。翌2013年2月には十二代目団十郎、そして今年2月には十代目坂東三津五郎である。これからいよいよ芸の花を咲かせようかと思っていたところに、突然「持っていかれ」てしまい、呆然として涙も出ない。年齢がじゅうぶんならいいかというと必ずしもそうではなくて、たとえば今年4月には、中村屋を四世代にわたって支えつづけた中村小山三が94歳で先代、先々代のところへ逝ってしまった。たしかに長生きをされ、最後まで現役を貫いた大往生である。しかし、「小山三さんは、ずっといてくださる」という思い込みがあって、いなくなることが想像できなかった。無意識に考えないようにしていたのであろう。

 そして5月22日、演劇評論家の扇田昭彦さんが悪性リンパ腫で急逝された。今月中旬まで原稿を執筆しておられたが、体調不良で入院して一週間で逝ってしまわれた。信じられない、嘘でしょう。まだ74歳だというのに。

 50代60代の歌舞伎の立役者が何人も亡くなったり病気休養することがつづいて、少々無理をしても歌舞伎をみておかねばという危機感を抱くようになった。役者も生身の人間であり、「毎月やっているから」と思っていると、ほんとうに見られなくなってしまうからである。
 演劇評論家の場合、とくに扇田さんのように半世紀にわたって第一線で活躍されている人にはたくさんの著書がある。買っておいて「これはしっかり読み込んだぞ」と自信をもてるものは一冊もないから、これから一生懸命読めばいいのだが、それでも残念なのは、もう扇田さんの文章が読めないことだ。それに尽きる。専門用語をたくさん用いたり、学者のような言いまわしをせず、わかりやすい文章を書く方だった。朝日新聞という大看板であるから、その重責もあり、表現における枷、窮屈なこともあったかと察するが、扇田さんの場合、その立場を賢明に利用された(あくまでもいい意味で、ですよ念のため)と考えられる。
 朝日新聞にアングラ劇や前衛劇、小劇場の芝居の劇評が出ていることは、現場の演劇人はもちろん、観客や、あまり演劇に縁がない人であっても興味を惹かれるものであったろう。

 批評において、自分の視点をどこに置くかは非常にむずかしい問題だ。単純な好き嫌い、向き不向きではなく、とは言っても批評家も人間なのだから主観を完全に消しさることはできない。そこを好みの問題に陥らないよう、客観的な分析と考察を重ねて読み手が納得できるように導いていくニュートラルな視点が必要だ。しかしあまりに冷静に分析されるとものたりない気持ちになるのもたしかであり、扇田さんの文章には、ときおりご自身の心の動きが率直に記されていることがあった。

 たとえば今はもうない白水社の「新劇」1986年8月号は、美内すずえの演劇漫画の傑作『ガラスの仮面』の特集号であった。扇田さんは「ありうべき演劇と求めて」と題する『ガラスの仮面』論を寄稿されている。林真理子氏のエッセイがきっかけでこの漫画を読みはじめ、「あまりのおもしろさにやめられなくなり、原稿執筆を中断して、ついに二晩徹夜して」一気に読んでしまったこと、つづきの巻を買うために書店へ走り、品切れと知って、「大事な宝物を不意に目の前でとりあげられた子どものように頭に血がのぼって」、何店舗も渡り歩いたとのこと。
 またリブロポート刊『現代演劇の航海』に収録の劇評には、榊原郁恵の出世作となった『ピーターパン』が7年間の上演を経てさよなら公演を迎えたとき、「あきらめきれない!」と「メロドラマの登場人物じみた台詞を口走りかねない」ほどつらかったこと、星のきらめく夜空から、榊原郁恵のピーターパンが、ダーリング家に飛び込んでくるとき、「私の心は高揚し、目からは決まって涙がこぼれそうになる」と吐露しておられる。あの扇田さんが泣くんだな・・・。そう思うとほほ笑ましくもあり、扇田さんをここまで泣かせる『ピーターパン』の魅力をもっと知りたくなる。
 わたしはこの二つの文章がとても好きで、実を言うと自分が書くことに煮つまったとき、読みかえすことが多いものであった。目の前の舞台をどう感じたのか、まずはそれを正直に恐れずことばにしてみよう。そう思い直してまた舞台とことばに向き合ってきたのである。

 扇田昭彦さんがこの世にいないことがまだ信じられず、納得もできないが、舞台を見る、考える、書くことをあきらめないでこれからも続けていく。ときどき、いやしばしば?扇田さんの『ガラスの仮面』論や『ピーターパン』論を読みかえしながら。

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「加藤武 語りの世界」

2015-01-29 | 舞台番外編

*公式サイトはこちら 1月17日のみ 日本橋亭
主催者である宮岡博英事務所は、2005年より「加藤武の宮本武蔵」と銘打ち、吉川英治の「宮本武蔵」朗読独演会を行ってきた。今回はその『宮本武蔵』と小山内薫の『息子』の二本立てだ。前者はこれまでの公演で語られなかった箇所が披露されるとのこと。「お江戸日本橋亭」の小さな会場は満員札止めの大盛況。椅子席につけず、桟敷席に座った。舞台がこんなに近いとは・・・。

 まずは今回のゲスト・落語家の桂三木男による一席。猿に似たご面相であることから、「猿」が禁句のこわいおかみさんをうっかり怒らせてしまった。どうすればご機嫌をなだめ、お小遣いがもらえるか。ない知恵を絞ったあげく、とんだ「猿知恵」となる顛末。

 つづいて加藤武が登場し、小山内薫『息子』を語る。
 手に台本を持つ朗読ではなく、いわゆる「無本」の語りである。
 当日リーフレットによれば、この一幕ものは歌舞伎でもたびたび上演され、戦前戦後の学生演劇でも人気演目であったとのこと。とはいえ、3人の登場人物をひとりで語るにはさまざまな困難があり、工夫が必要であったと思われる。大雪の日に突然小屋に飛び込んできた見知らぬ男と、火の番の老爺の会話が中心の短い物語だ。この男がお尋ね者であり、かつて出奔した息子であるらしいことなど、はじめてみる(聞く)ものであっても話の筋はわりあい読めるものだ。
 「朗読が読書会になっちゃあいけない」というポリシーで、あくまでも芝居の一環(公演チラシより)というのが、加藤武の心意気であるとおり、座ったままの姿勢がときに窮屈に感じられるほど、からだの動きも加わっての熱い語りであった。

 中入り後はもうひとりのゲスト・三味線のお囃子・岡田まいによる音曲の一幕。
 これが軽やかで非常に楽しかった。
 岡田さんは日ごろは都内数か所の寄席で、舞台の袖から落語家の出囃子、落語の中に出てくるさまざまな音曲を弾いておられるとのこと。まだ若く、しかもこんなに美しい女性がお客さまに顔を見せないとはもったいない話である。
 さて岡田さんはお客さまの前で語るのはあまり慣れておられないようだったが、そこがかえって好ましく、それが謡いの「梅は咲いたか」になると一遍、艶やかな声になるところがいっそう魅力的だ。
 また出囃子の曲は噺家によってすべて決まっており、「たとえば林家三平師匠はこれ、木久蔵師匠はこれ」と、いくつか例をあげて披露された。なかには亡くなった先人があまりに偉大であるため、同じ曲を使う人がいないなどのエピソードも語られ、不勉強の門外漢は聞き入ることしきり。さらに今度は客席からリクエストを募り、「志ん生」、「志ん朝」(ここの記憶はあいまい。お許しあれ)とつぎつぎにあがる声に即座に対応し、あざやかに弾いてくださる。

 すごいのは岡田まいさんだけではない。この日の太鼓は前半に登場した桂三木男で、三味線と同じく、どの師匠の何の出囃子であってもすぐさま調子を合わせ、小粋な響きを聴かせるのである。
 最後の曲は「かっぽれ」(これなら知っている!)で、「ついさっき決まったのですが」と、なんと加藤武が太鼓を演奏することに。出囃子の太鼓というものに、ピアノやヴァイオリンのような「楽譜」があるのかどうかはわからないが、決まったリズムで叩けばいいというものではなく、三味線と呼吸を合わせ、ほんの少しのタイミングもはずさず、ぴたりと収めねばならない。そうとうな年季が必要ではなかろうか。
 小気味よく、うきうきするようなか「かっぽれ」のあとは、いよいよ「宮本武蔵」である。

 吉川英治の「宮本武蔵」の「二天の巻」より、『魔の眷属』の一段。これは武蔵と鎖鎌の名手・宍戸梅軒の対決の場である。
 小説であるから地の文と台詞の部分があるのだが、内容が内容だけに、加藤武の語りは前半の『息子』よりも数段熱く、全編がダイナミックに躍動しながら客席に押し寄せるかのような迫力である。かといって過剰な演技とは感じられない。十年以上前に放送されたNHK大河ドラマ『武蔵』で、市川新之助(現・海老蔵)の武蔵と、吉田栄作が演じた梅軒の一騎打ちを思い出しつつ、しまいにはそれもどこかに消し飛んで、加藤武の語りに前のめりで聞き入った。

 これは語る俳優はもちろんのことだが、吉川英治の「宮本武蔵」じたいにそうとうな熱量があると思われる。これほど熱く力強い声と演技がぶつかってきてもびくともしない。
 逆に言えば、語る者はここまで気合を込めねば文章に負けてしまうのだ。
 昨今さまざまな形式のドラマリーディングが行われるなか、「加藤武 語りの世界」は極めてシンプルなつくりである。演出家がみずからの視点で読み込み、新しい切り口を示すといった色合いは影をひそめ、原作と役者があるのみ。潔く、あっぱれである。
 今年の春で86歳になる加藤武は、 かつての雄姿を思い起こすと、さまざまな面で衰えが感じられるのは否めない。しかしこの方にはなんというか、「おれはぜったいにがんばるぞ」という若手顔負けの懸命な熱意が溢れており、しかもそれが暑苦しく押しつけがましいものではなく、ユーモラスな愛嬌を醸し出し、加藤武しか持てない魅力に通じているのだ。
 必死のご本人には失礼かもしれないけれど。

 松はとうに過ぎたが、小ぢんまりした寄席で落語と三味線、語りをたっぷりと味わい、お正月らしい心持ちになれた。落語をもっと知りたいと思うのだが、寄席にはなかなか足を運べない。今回の会がきっかけになって、つぎの一歩に踏み出せますように。 

 

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文学座公演『女の一生』プレ・イベント

2015-01-26 | 舞台番外編

*文学座、早稲田大学演劇博物館共催。1月14日18時30分~早稲田大学大隈講堂小講堂
 3月に三越劇場で行われる文学座公演『女の一生』上演ににさきがけて行われた。事前予約申し込みなしのイベントだが、小講堂はほとんどの座席が埋まり、なかなかの盛況である。

 第一部は、主人公布引けい役平淑恵と、堤栄二役上川路啓志による同作品の朗読だ。俳優お二人は台本をもって椅子にかけ、けいと栄治の場面に限って読み合わせを行う。第一幕第一場、焼け跡となった堤家でけいと栄治が再会する場面にはじまって、若いふたりの最初の出会い、中年になってからの再会と訣別、そしてふたたび最初の場面にもどって老境のふたりが穏やかにほほえみあって幕となる。今回演出を担当する鵜山仁も登壇し、読み合わせの途中でト書きを読んだり、かんたんな状況説明をしつつ、ダイジェスト版『女の一生』を導く。
 衣裳もかつらもつけず、椅子にかけたままの朗読である。しかし台詞のひとつひとつが粒だってこちらの耳に、心に響いてくる。上演のたびに清新な心持ちになれる大好きな演目だから、台詞を覚えてしまっている場面もあって、しかし「知っている台詞や場面をまたみている」という気持ちはまったくない。どうしてこんなにぐいぐいと惹きつけられるのだろう。

 休憩をはさんで第二部は、演劇評論家の大笹吉雄氏と演出家の鵜山仁氏をパネリストに、本作についてのシンポジウムが行われた。司会は早稲田大学教授で同大学演劇博物館副館長の児玉竜一氏。
 日本の演劇界の歴史における『女の一生』の特殊性を、その成立の発端から敗戦の数カ月前に行われた初演時の状況、劇作家森本薫のこと、杉村春子の俳優としての特殊性などがさまざまな方面から解説され、とてもメモ書きが追いつかなかった。『女の一生』を、そして杉村春子のことを語る大笹氏の熱いこと熱いこと・・・。

 シンポジウム終盤では、さきほど朗読を行った平淑恵にもマイクが渡され、杉村春子から布引けい役を受け継いだ1996年当時の思い出が語られた。文学座大看板であり、『女の一生』と言えば杉村春子しかないほどの当たり役が、まだ存命中に後輩に引き継がれることを知ったときは非常に驚いた。そして自分がまだ現役のうちに、この役を後輩に譲った杉村春子の潔さ、懐の深さに感服した。しかし長年のファンにとってはただごとではなかったらしく、杉村さんの自宅には、「どうしてあなたが演じないのだ?」という電話が鳴りつづけ、杉村さんは「電話線を抜いちゃった」とのこと。

 いまでこそ笑い話だが、これは本作のありかたを象徴するできごとではないだろうか。というか大問題であると思う。
 自分は文学座の内部の事情についてはまったく知るものではなく、以下の記述は作り手側ではなく、受け手、観客について考えたことである。

 何十年も演じつづけてきた杉村春子の「けい」がみたい。初々しい娘時代から堤家の女主人となり、夫や娘にも背かれて孤立し、それでも必死で家と仕事を守り抜く。主人公のすがたに劇団を背負ってきた杉村春子の人生がだぶり、有無を言わさぬ迫力、円熟の極みを堪能したい。その気持ちはよくわかる。しかしそこを一歩堪えて、若手の舞台を受けとめることも必要ではないか。
 杉村春子と比較するのではなく、いま演じているその人の生身のすがたから、将来の伸びしろを想像するのである。そのなかで、「こんな布引けいがみたい」、「この作品のこういった別の面を知りたい」という夢も生まれるはずだ。
 作品を受け継ぐのは作り手の劇団や演出家、俳優たちだけではない。観客もまた、この複雑で一筋縄ではゆかない過程を背負い、70年の長きにわたって上演されてきた『女の一生』を、観客の立場から継承するのである。

 大笹氏は、「にもかかわらず」ということばを何度も使われた。『女の一生』は、当時の国策によって書かされた作品であり、森本薫が書きたくて書いたものではない。にもかかわらず、これほどの長寿作品となった。また主人公の布引けいは、非常に癖があり、傲慢なところもあって、いわゆる「愛されるヒロイン」ではない。にもかかわらず、多くの観客が本作を支持した。ひとりの人物の少女から老年までを同じ俳優が演じることも、近代戯曲ではあまりない。にもかかわらず、新劇の老舗劇団である文学座の財産演目となった。

 自分にも、本作に対するいろいろな「にもかかわらず」がある。自分は杉村春子の熱心なファンでは決してない。にもかかわらず、『女の一生』が好きでたまらない。布引けいのことも、実をいうと共感できるところがあまりない。にもかかわらず、この女性の一挙手一投足から目が離せないのだ。
 『女の一生』をみるのは、作品じたいがもつさまざまな「にもかかわらず」をひとつひとつ検証することであり、自分の心にもある「にもかかわらず」から目を逸らさず、その理由を根気よく考えつづけることなのである。

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